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石田明生

Author:石田明生
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古希を迎えた翌日
 誕生日の翌日11月3日、神楽坂にあるフランス料理のミシュラン一つ星の店『Lugdunum Bouchon Lyonnais』で、息子が古希を祝ってくれました。
 店内に入ると、耳に Mylène Farmer の曲が入って来ました。日本の店で彼女の曲を聞いたのは初めてです。が、それではフランスではよく聞くのかと言われると、やはりないと答えざるを得ません。フランスの店では、あまりBGMはないからです。このレストランでも、トイレに入って Mylène と気付いたのであって、店内ではかすかにしか聞こえません。
  コース料理は息子が選んでいたので、こちらは完全な受け身です。飲み物だけは僕が選びました。牛肉料理があるというので、Côte du Rôhne にしました。それほど高価な葡萄酒ではありませんが、肉料理にはとても相性がよいのです。Carafe を2杯飲んだので、3人で合計1リットル飲んだことになります。

Bouchon Lyonnais Carafe と verre
店の外観         おしゃれな carafe


金目鯛 和牛のロースト
金目鯛          和牛のロースト

 びっくりしたのはデザートの時でした。大きなお皿に火のついたろうそくが一本載っているではないですか。火を吹き消せという。長く生きて来て初めての体験です。吹き消しますと、周り中から「Bon anniversaire!!!」の合唱が聞こえました。恥ずかしいやら、なにやら・・・汗タラタラ。

Bon anniversaire
右上には70歳とフランス人の手で(多分)書かれています。

 おかげで、心に残る古希記念となりました。Merci beaucoup, mon fils. ここまで元気にしてくれる僕の体にも感謝感謝。

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日常スケッチ | 15:21:22 | Trackback(0) | Comments(0)
結局、水羊羹は???
 結局水羊羹は、3度目にメールで尋ねたところ、やっとわかりました。Kさんでした。以前、このメンバーの会が料亭ではなく個人宅で行われたときには、必ず大ご馳走を料理して持って来てくださる、心やさしき女性です(料理の腕も抜群)。それなら納得、早速いただきました。Kさん、ありがとう。失念して申し訳ありませんでした。さすがにKさんのお選びになった一品(福井県久保田の水羊かん)、美味しい水羊羹でした。
 帰りの電車内で誰かの土産を失敬したのではなかったので、ホッとしています。これが痴漢事件だったなら、いくら否定してもダメでしょう。記憶を失うのは怖いものです。
 «飲み過ぎに注意!»と、いつも肝に銘じているつもりですが、美味しいとついつい、杯を傾けてしまいます。猛省!!!

日常スケッチ | 14:37:33 | Trackback(0) | Comments(0)
古希を迎えた日
 古希を迎えた11月2日(金)には、昔の教え子たち(といっても皆60歳近くになっているが)と同僚の教師(元も含む)合計7名で新宿の小料理屋『咲くら』という店で、3時間飲み放題のコースで、祝っていただいた。宴会は18時からだったので、ちょうど隣の映画館(武蔵野館)で映画を観てからにしました。映画はおあつらえ向きの16時から18時まででした。
 題名は邦題『運命は踊る』(イスラエルのサミュエル・マオズ監督)だが、原題は Foxtrot という踊りの名前になっています。ダンスに関しては全くの無知ですので、ネットで調べたところ、Foxtrot は4分の4拍子の踊りだそうで、映画の中でも前へ前へ、右へ右へと掛け声をかけて踊りの真似事をしていました。この踊りのミソは、どうやらまた元の位置に戻るところらしい。

 家族の元に徴兵任務中にあった息子戦死の一報が入る。一人息子の死は、母親にとっても父親にとっても天地がひっくり返ったようなショックであった。厳密な意味での戦争状態にはないイスラエルの徴兵たちにとって戦死は多分稀なことなのだろう。両親はなかなか息子の死を受け入れることができない。軍関係者には息子の遺体と対面するまで、死を拒絶すると断言する。 

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日常スケッチ | 09:49:33 | Trackback(0) | Comments(0)
日光旅行4
 いろは坂を下りきると少々平坦になる、とその辺りに東照宮近くのパス停がある。時刻はちょうど昼食時間だったので、参詣前に近くの食堂に入り、湯葉蕎麦定食なるものを食べた。隣の食堂は満席だったのに(だったので入った)、隣の食堂は僕たち二人だけという、なんとも心もとない店だった。が、もとより湯葉に関して舌が肥えているはずもなく、こんなものかと思いながらいただいた。
 さて、いよいよ東照宮だ。細い階段を上るとすぐに参道に出た。その参道をまっすぐ行くと東照宮だ。ずいぶん昔に来て以来だったので、どんな感じがするか興味津々だったが、残念ながら、凡庸のひと言になってしまった。年輪を経て、奈良や京都の仏教(神道)芸術をなんども鑑賞し、フランス旅行で彼の地の彫刻や壁画作品に馴染んでしまった現在、東照宮の木彫の浮き彫り作品や鳴き龍などの天井画からは芸術的な魂が伝わってこないのだ。こちらの感性が鈍ってきたのかもしれない。が、左甚五郎作と言われる「眠り猫」など、どう見ても、芸術家の仕事というよりも腕の良い職人仕事としか思えない。運慶や快慶の技とは天地の差がありそうだ。
 と、まあこんなことを感じたが、せっかく東照宮にきたので、修理が終わった陽明門の前で夫婦の記念写真を近くの方に撮ってもらった。

陽明門
よくもまあ、元気に生きてきたものだ。何十年かぶりの陽明門


国内旅行 | 15:50:17 | Trackback(0) | Comments(0)
日光旅行3
 ところでこの中禅寺湖は、この度初めて知ったが、江戸時代までは、魚が一匹もいなかったということだ。現在マス釣り等盛んに行われているが、明治時代になって放流されたらしい。満々と水をたたえたこの豊かな湖に魚が一匹もいなかったとは・・・なんと不思議な湖だろう。何千年も何万年も、水を豊かに湛えながら、名もないままに、いや名前を付けられたかもしれない千年以上も、水中を泳ぎ回る魚がいなかったとは・・・。つまり、江戸時代の終わりまで、湖近くで人の営みは皆無だったということだろうか。それとも時たま湖に来る漁師たちは、水を飲んでも魚に関心がなかったのだろうか。澄んだ水に目を凝らしても、あるいは釣りの真似事をしても、魚がいないという現実を受け止めて、死んだような湖を無意識のうちにも受け入れていたのだろうか。
 考えてみれば、中禅寺湖の水は、男体山を代表とする戦場ヶ原の周りの山から降り、戦場ヶ原の湿地帯を通って湖に至るのだから、魚がいないのは至極当然だ。途中魚が入る余地がないではないか。勝道上人が開山した中禅寺の僧たちは、もし常駐していたとして、魚を食べたいとは思わなかったのだろうか。何匹かの魚を湖に放そうとは考えなかったのだろうか。

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国内旅行 | 18:35:25 | Trackback(0) | Comments(0)
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