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石田明生

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カーリング
 今、冬季オリンピックたけなわだ。特に昨日(2/14)は、銀メダル銅メダル二つずつとり、日本も鼻息が荒くなってきた。そんな中、たまたま男子カーリングをテレビで何分間か見た。カーリング好きな人には申し訳ないが、カーリングは、やはりオリンピック種目としてはつまらないと思った。はっきり言って、スピード感や高揚感、力強さや身体的(アスレチックな)美しさが少しも感じられない。
 この競技はオリンピック標語「より速く、より高く、より強く」のどれにも当てはまらない。第一にこれは競技と言えるのだろうか。ゲームといったほうがよいのではないか。事実、カーリングは「氷上のチェス」と呼ばれることがあるらしい。以前、夏季オリンピックにペタンクやボーリングを入れよう、という提案があったが、入らなかった。実際入らなくてよかった。どちらのスポーツもカーリング同様、前記の標語に当てはまらないからだ。
 夏季では野球を種目に入れようかどうかがいつも問題になる。スピーディーな部分も力強さもあるのにだ。私見では、この競技は攻めてる側と守っている側がはっきりわかれているので、攻めている側のベンチ風景があまりにだらしなさすぎることに問題があるのではないかと思う。これは他の競技には見られない。ただし、野球の問題点はむしろ球場の確保とかプロ野球(とりわけ大リーグ)との関係とか他の要素があるにはあるのだが・・・

 昨日は、スノーボード、ノルディック、スピードスケート、アイスホッケーなどなど迫力満点の競技を見たから、こんな感想になってしまったのかもしれない。

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雑感 | 08:16:34 | Trackback(0) | Comments(0)
鴎外『うたかたの記』を読む
 先日、学校に行くのに、車内で読む文庫本がなかったので、「鴎外選集」の第1巻を手に取った。これは、新書版と同様の大きさなので持ち運びには便利だ。実は、かつて老後用にと思い、漱石、鴎外、龍之介の全集(鴎外は選集)を揃えておいたのだ。当時彼ら三巨匠の作品は齢を重ねた後で読むと、またそれぞれの味があるに違いないと思ったからだ。そのための作家としては、ドストエフスキーとトルストイ、またカフカの全集も揃えてある。これら高価な本は全て大学院時代に受け取った奨学金で買ったものだ。今思うと、前者の日本作家の全集についてはそうでもないが、後者のロシア作家については、若干後悔の気味がある。今では、新たな翻訳が出てきたからだ(特にドストエフスキーについては)。
 というわけで、龍之介と漱石の全集は大判なので車内持ち込みには適していない。そこで鴎外にした。有名な『うたかたの記』を通勤中に読み出したが、やはり鴎外に対する読書姿勢というか味わい方というか、要するに読みの視線が若い頃と全く違うことに驚いた。まずはとっつきにくかった文語体の文章がかくも美しかったのかと感動した。また、そこに出てくるなじみのない単語の意味(もちろん、あとで辞書を引いた)も興味深かった。例えば、これは『うたかたの記』ではなく、また文語体でもないが同収録の短編『大発見』に出てくる単語「椋鳥」の場合がそうだ。「ムクドリ」は、我が家の周りにもやたら繁殖して、その鳴き声はうるさいほどなのだが、鴎外の作品ではこのような表現となる。

<僕が洋行した時のことである。僕は椋鳥として輸出せられて、伯林の真中に放された。>(p.146)

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雑感 | 11:15:14 | Trackback(0) | Comments(0)
France Gall の死
 今年に入って、フランチ・ポッポス界から訃報が入った。フランス・ギャルの死だ。
 フランス・ギャルはシルヴィー・ヴァルタンとともに、最初に知ったフランスの歌手だった(次にアダモだったかな)。彼女が歌った『夢見るシャンソン人形』はシルヴィー・ヴァルタンの『アイドルを探せ』とともに、フランス語の美しさを味わった初めての体験だった。それまでは、アメリカのフォークソングを下手なギターでこれまた下手な英語で毎日歌っていたのだから、フランス語の響きに驚いたとしても不思議ではない。
 高校時代はフランス文学に凝りだしていた頃だから、ビゼーやドビュッシーなど音楽の教科書に出てくるようなクラシックの作曲家くらいしか知らなかった僕にとって、フレンチ・ポップスの存在はまさに刮目に値した。フランス・ギャルはまさにそういう存在だった。そして皮肉にも、ここに挙げた三人の歌手で最も若かったと思われるギャルが最初に身罷った。
 彼女は若くして夫のミシェル・ベルジェを亡くし、その後最愛の娘ポーリーヌを失うという最も過酷で悲しい人生を歩んだ。が同時に、マクロン大統領がこの度声明で述べたように「他者のために働く人生の模範」となるような人道支援にも力を入れていた。
 ブログ「カストール爺の生活と意見」の中からの知識だが、ギャルのセネガル体験は極めて示唆的だ。

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雑感 | 15:59:39 | Trackback(0) | Comments(0)
上野から日暮里まで
 新年二日目は、年始の恒例になりつつある、上野公園散歩にでかけた。抜けるような青空の下、まずは東照宮でお参りをして、東京国立博物館に向かう。
 昨年は博物館の中で、アメリカ大使のケネディーさんを見かけた。たぶん、大統領がトランプになり、大使解任が決まり、帰国しなければならなかったので、日本の伝統文化に親しんでおきたかったのだろう。
 今年は、家を出たのが遅くなり、時間がなかったので、美術品見学をパスして、近くの黒田清輝邸に向かった。中を見学できなくとも建物だけでも見ながら谷中の墓地に行こうとしたら、なんと、なんと開いているではないか。というわけで、作品を見ることができた。特別展ということで、普段見ることのできない『湖畔』や『知・感・情』まで鑑賞できた。。

黒田清輝『湖畔』 『知・感・情』
この二作は1900年のパリ万博に出品した、と説明書きにあった。



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日常スケッチ | 23:29:19 | Trackback(0) | Comments(0)
Johnny Hallyday の死
 先々週、Johnny Hallyday が亡くなった。その告別式の様子は、YouTube で見ることができた。見ていて、彼の大衆的偉大さ、人気、人望、様々な彼のプラス部分が浮き上がった。というのも、僕個人としては彼のことを、彼の歌を真剣に取り上げて論じようと思ったことがなかったからだ。なぜだろう。おそらくは、彼の大衆性、むせ返るような大衆性のせいだろう。どこかで、「恥ずかしさ」があったのだろう。
 この度の、国葬のような告別式を見て、そんな戸惑いは吹き飛んでしまった。フランスという国が、その強烈な大衆性を文化としてしっかり受け止めていることに感動したのだ。お高くとまらない文化、入れ墨をし、マイクに聴衆にがなりたて、「愛してる」「愛してる」と叫ぶ男をフランスは最大級の敬意をもって遇した。
 式は、凱旋門からシャンゼリゼ通りを通ってやってきたご遺体を、マドレーヌ教会で迎え、マクロン大統領の追悼演説でもって始まった。驚いたことに、現大統領夫妻、前大統領夫妻(厳密には夫妻ではないかもしれない)、前々大統領夫妻も列席していた。絶対に日本では考えられないことだ。もっとも、ジョニー・アリディーほど持続的に人気のある歌手が存在しているかどうかということもあるが。

https://www.youtube.com/watch?v=-DNFn7IdqK0


 そういえば、偉人の霊廟パンテオンに、ユゴーやゾラがいるのはもちろんだが、最近『三銃士』のデュマが入った。同じ時代の偉大な作家バルザックを差し置いてだ。ここにも、フランスの大衆性好みを見て取ることができるのではないか。えっ! ジョニーのパンテオン入り? まさかそこまでは。

雑感 | 09:43:32 | Trackback(0) | Comments(1)
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