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石田明生

Author:石田明生
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ディケンズの旅行記を読む
 今、ディケンズの旅行記『イタリアのおもかげPictures from Italy』(伊東弘之・下笠徳次・隅元貞広訳 岩波文庫)を読んでいる。
 ディケンズ一行は、イタリアは陸路ジェノヴァから入り、ピサ、シエナなど各地見学してついに教皇領のローマにやって来た。四半世紀前に私もディケンズ同様家族連れで、ローマから北に旅行したことがあった。そのために共通の町や名所旧跡を作者はどう描き、どんな感想を抱いたか興味深く読み進めている。
 そんな時、次のような文に出会った。

ベルベリーニ宮殿(パラッツォ・ベルベリーニ)にあるベアトリーチェ・ディ・チェンチ91の肖像画は、忘れることがほとんど不可能な絵である。(p.287)・・・[カッコ内はルビ、91は上付き]

 実は、ディケンズのこの絵に関する美しい感想は読み手を飽きさせることなく、このあと一ページに及ぶ。が、筆者が問題としたいのは、まず第一に「ベルベリーニ」というルビの発音だ。イタリア語ではBarberiniと綴るが、全くイタリア語を知らない筆者でもこれを「バルベリーニ」と読むことぐらいはわかる。ところで英語では「ベルベリーニ」と発音するのだろうか。それともそれに近い発音なのだろうか。訳者の意図が全くわからない。


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文学雑感 | 17:04:33 | Trackback(0) | Comments(0)
ジョセフィン・ベーカーのパンテオン入り
 先月末11月30日に、歌手ジョセフィン・ベーカーがパンテオン(注1)に合祀されることが決まった。翌日ネットでこのニュースを知ったが、我が家にとどく12月1日の毎日新聞朝刊にはそのニュースはなかった。これは、我が家が都市圏のボーダーに位置するゆえだろうか。毎日新聞12月1日のネット版にはしっかり載っているのだが。さては夕刊にまわされたか。夕刊を取っていない我が家ではどうしようもない。

パンテオン合祀
パンテオン

(注1)パリの学生街「カルティエ・ラタン(ラテン区)」にある新古典主義の建物(上の写真)
ウキペディア「パンテオン」の項を参照

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%B3_(%E3%83%91%E3%83%AA)

 それとも、ジョセフィン・ベーカーという人物の知名度もパンテオンへの合祀という重大性も日本では全くといっていいほど認知されていないから、ニュースとしては欄外扱いになるのだろうか。第一に、日本にはパンテオン合祀のような、特定の人物に対する特別なオマージュは存在していない。国葬という言葉も儀式もあるが、戦後では国葬は吉田茂くらいだろうか、要するにほとんどないに等しい。
 対してフランスでは国葬対象者は、作曲家のサンサーンスや作家のコレット、歌手のアズナブールや政治家のレオン・ブルムなど国家貢献のジャンルを問わず、様々な人物に渡る。そして、その国葬以上にオマージュの度合いの高いのが、つまり最高峰のオマージュがパンテオン合祀だ。様々なジャンルの対象者がいるが、作家ではヴィクトル・ユゴー、アレクサンドル・デュマ、エミール・ゾラ、サン=テグジュペリ、哲学者・思想家ではヴォルテール、ジャン=ジャック・ルソーなどがいる。

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雑感 | 06:48:13 | Trackback(0) | Comments(0)
反アマゾンの歌
 前回、アメリカの通販会社アマゾンのことを取り上げたが、フランスには「反アマゾン」の歌まであるのがおもしろい。この度発見した。先月誕生したばかりだから当然だ。
 大会社アマゾンは、世界遺産Pont du GardのあるGard県で、その世界遺産から5キロ足らずの場所にゴミ焼却場を建設しようとした。そこで地元民やLes amis de la Terre (英語でFriends of Earth → FoE)が反対運動をして訴訟を起こした。結果、先月10日に勝利の判決が出たのだ。それを受けて早速(か用意していたのか)、我が敬愛するフランスの歌手HK(Kaddour Hadadi)は歯に衣着せぬ言葉を駆使して、先月その歌を発表した。そういうわけだから、アマゾンはアマゾンでも本屋部門のアマゾンではない。が、おもしろい。
 タイトルは«À ma zone»(俺の居場所に)、発音上は「アマゾン」となる。
注: 皮肉なことに、HKのCDもアマゾンで販売されている! 今のところは。

https://www.youtube.com/watch?v=CJ47ZltL4VA


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ポップ・フランセ | 21:55:23 | Trackback(0) | Comments(0)
読書は国の優先事項・・・マクロン大統領
 昨日、朝刊(毎日新聞)の「金言」という、2ページ目の右端にあるコラムで知ったのだが、フランスのマクロン大統領は、本をインターネットで販売する業者に、「最低送料を課す法律」を作ったそうだ。もちろん小さな書店の保護が狙いだ。すでに、書物の無料配達を禁じていたのだが、アマゾンなどは最低料金が決められていなかったので、1centime(約1円)にしてほぼ無料にしていたからだ。
 前にここで、友人の古書店の閉店について駄文(注)を書いたときに言ったことだが、書店や古書店が次々になくなっていくことの危機は本好きのものならだれでも感じていることだ。フランスの大統領は「読書は国家の優先事項である」と語ったと、この「金言」に書かれている。日本政界の指導者からこんな言葉が出てくるだろうか。本屋であれ、図書館であれ、書物に囲まれた空間に一度も身を置くこともなく生涯を送る人がこれからますます増えるのだろうか。ずらりと並んだ書物の背中の文字を次々と読んで、何かを感じると一冊を手に取る、そんな贅沢な喜びはいつか消えてしまうのだろうか。
 スペインの、バルセロナの作家カルロス・ルイス・サフォンの小説に登場する心温まる本屋、梶井基次郎がそっと檸檬を置いていった書店京都丸善、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』に登場する修道院の書庫、サルトルの『嘔吐』に出てくるABC順に本を読む奇妙な青年のいる図書館・・・印象に残る、小説の舞台となった書店や図書館が目の前に浮かぶ。すべて傑作だ。
 アマゾンのようなネット販売の書店はこれからどんな図書空間を読者に提供してくれるのだろうか。日本のアマゾンで古本を買おうとしたとき、一冊1円の本があってびっくりしたことを覚えている。が、送料は300円前後だったような気がする。この場合、送料はとるが、本の値段は1円にされているのだろうか。もしそうなら・・・そしてフランスでも同様のことが起こるなら、フランス大統領の改革も真に成功するかどうかわからない。なにしろ、相手はアマゾンだから。

(注) 「ある古書店の店じまい」 http://scipion.blog60.fc2.com/blog-entry-839.html#more

雑感 | 16:43:24 | Trackback(0) | Comments(0)
『「木」から辿る人類史』を読む
 今、イギリスの生物学者が書いた人類史の本を読み終えた。
 『「木」から辿る人類史・・・ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る』(ローランド・エノス 水谷淳訳 NHK出版)は、ひと月前に、毎日新聞の書評(養老孟司評)を読んですぐ図書館に予約の申し込みをした本だ。それでも、2人待ちだった。一週間前に借りることができたのはラッキーだった。もちろん返却の延長は不可となっている。新聞の書評で扱われた本は大体そうだが、早い者勝ちのような現象が起きる。かくいう僕もそんな反応している一人だ。この歳になると、「所有」ということになんのこだわりも持たなくなってしまう。そうでなくとも、本の置き場がもうほとんどないのだ(置き場の拡張は妻との争いの原因となる)。本の所有にフェティッシュな感情もなくなったし、息子が我が読書の履歴である図書を引き継いでくれるかもしれないという幻想はとっくの昔になくなっている(彼には彼の嗜好がある)。
 さてこの人類史の本だが、著者の主張のポイントは・・・人類史が石器・青銅器・鉄器という昔ながらの流れの中でしかほとんど語られてこなかったことへの不満から来ているようだ・・・その流れの中で常に中心的役割を果たしたのが「木」だったということであり、樹上生活から地上生活に移って四足歩行から二足歩行に移ったのではなく、樹上生活の中でヒトは二足歩行を獲得したと言っていることだ。

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書評 | 11:26:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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