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石田明生

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聖女ジュヌヴィエーヴのメダル(3)
抵抗の町(2)

 翌日、町は不安を抱えたまま目を覚ましました。人々は、町中から郊外から、四方八方からやって来て情報を知りたがりました。普段住民たちの集会場になっている聖母マリア教会堂前の広場、そこは総督の宮殿の向かいでもありましたが、その広場はやがて町中の住民でいっぱいになりました。
 露店は閉められ、酒場も空っぽでした。どの人の顔も苦渋に満ちていました。たまたまレギオン隊の兵士が広場を通りかかると、みんなは彼を質問ぜめにしました。された方はのらりくらりと返事をしていましたが、密かに味わっている恐怖を分かち合う市民に対してやせ我慢の強がりをしようなどとは思いもよらないことでした。
 住民たちの中には、夜のうちに町に入って来た戦場からの避難民がいましたが、彼らは、目撃したことを語って、パリの住民たちを完全に慄い上がらせてしまいました。
 「馬匹どもは血の海の中を歩いてんだ ! 騎兵どもは雄叫びをあげながら略奪してやがるが、あの声は罰当たりを言っているにちげえねえ。」

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翻訳 | 05:19:12 | Trackback(0) | Comments(0)
『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』(2)
◇ 抵抗の町(1)

 「どうだった ?」十人隊の隊長カルカスが家に入ると、一緒にいた、というより暖炉の周りにうずくまっていた四人が声をそろえて尋ねました。
 隊長はすぐに答えませんでした。二月の刺すような北風が吹きさらしだった通りからやって来ると、この天井の低い部屋の空気が彼には心地よい温さに感じられました。木屑を貧乏たらしく少しくべただけの火は暖房と言うには程遠かったにも関わらずです。火は徐々に暗くなりましたが、それでも闇夜の中でただひとつ灯りの役割はしていました。
 その晩、隣組の三人は助祭のシモンの家に集まっていました。その粗末な家は、ユピテル・ナウティクス神殿の跡地に建立された聖母マリアの教会堂と、聖堂付き司祭のテオドール師の重々しい家との間に隠れています。その場にはもう一人、すでに三十路ではありましたが美しい未婚の娘ジュヌヴィエーヴがいました。このシモンの姪は、父が森で不慮の事故で亡くなった後、親戚の家に身を寄せていたのです。彼女は、わずかなながら父の遺産を売却したので、叔父の助祭に全面的に頼ることなく生活することができました。叔父が受け取る、教会堂の維持管理や典礼指導の報酬はたかが知れておりました。
 ジュヌヴィエーヴは、持参金はないしつまらない木こりの出にもかかわらず、何人もの資産家の子弟から結婚の申し込みをされました。人伝では、美男子で若い富裕なあるローマの騎士が彼女に夢中になったそうです。ある晩、彼は、助祭シモンの家の戸口で、彼女に結婚したい旨宣言しました。

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翻訳 | 07:37:16 | Trackback(0) | Comments(0)
『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』
 パリの物語の第二弾は、『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』です。やはり長いので何回かに分けて掲載します。

1. 羊飼いの娘、ジュヌヴィエーヴ

 「こっちよ、フィデル。静かにしていてよ。いけない犬ね !」
 でも、フィデルは不安げでイライラして、でたらめに羊たちをしつこく追い回していました。一方、羊は羊でまた、不安に煽られているかのように、メエメエ鳴いて、互いに身を寄せ合うばかり、小さな花が点々と咲いた柔らかな草を食もうとさえしませんでした。しかもその花々でさえ、何か大惨事でも予感しているかのように、身を縮めていたのです。
 この羊の群れの番をしている羊飼いの小娘は、四つ脚をした自分の家来がみんな、今日はどうして変なのか不思議でたまりません。八歳になったばかりのジュヌヴィエーヴは、今までと同様、ヴァレリアヌス山の麓に広がるサン・クルーの丘に羊の群れを連れて来て、草を食わせていました。ここは彼女の家からたっぷり四分の一里ほどのところです。
 この群れは、正確に言うと十匹の子羊を含めて、二十三匹ほどの群れでした。これは実直な木こりであるジュヌヴィエーヴの父親の財産のほとんどでした。父親は、遠くまで広がる、抜け出るのに何日も何日もかかるほど大きな森で働いていました。母親は三年前に亡くなっていたので、ジュヌヴィエーヴはちょっとした家事仕事をしたり、大好きな動物たちの世話をして父親を手伝っていました。

(注) ヴァレリアヌス山: パリのすぐ西にある小高い山、現在ヴァレリアン山と呼ばれる。

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翻訳 | 15:47:46 | Trackback(0) | Comments(0)
『サン・ドゥニの首を切った男』(3)
 衛兵たちが、鎖に繋がれた三人の男を、牢代わりとなっていた神殿から外に出した。最初に出てきた二人は民衆によく知られていた。町の名士だったのだ。一人はリスビウスと言って、もとの総督で、みんなの尊敬を享受していた。彼は地位にふさわしい豪華な衣をまとっていた。
 続いて、富裕な商人のクレスピドゥスがやってきた。ルテティアには立派な住居を、セーヌ左岸には豪華な別荘を所有していた。彼はその善意と寛大さで有名だった。常に貧しい人たちに援助の手を差し伸べる用意があり、苦境に陥った人たちのために人助けをしていた。その好人物の姿を目にすると、群衆からざわめきの声が上がった。彼は緋色の縁取りのある見事なトーガを着ていた。元老院の地位にあったからだ。
 三人目は老人だった。背筋のまっすぐな、痩せこけて白いあご髭の老人だった。長い麻のチュニカを着て、指には一つだけ指輪が光っていた。
 「ディオニシウス司教様だ」誰かが囁くと、何人かの女たちが「ディオニシウス司教様」と小声で繰り返した。

(注)ディオニシウスはドゥニのラテン語読み

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翻訳 | 15:17:24 | Trackback(0) | Comments(0)
『サン・ドゥニの首を切った男』(2)
2.

 彼がメルクリウス神を祀る神殿が厳かに立つ目指す丘のてっぺんに到着すると、すでにたいていの場所が占領されていた。が、彼の友人、熊使いのベッラが自分の隣の草地の一角を彼のために確保しておいてくれた。チュバルデュスはそれですっかり上機嫌になった。そこは、神殿に登る階段のちょうど一段目で、申し分がなかった。細民と関わり合いたくない上客たちがよく佇むところだったからだ。煩わされることなく、その人たちは彼の芸を見ていられるし、芸が終われば必ずや彼の広げたマントにセステルス銅貨を投げ込んでくれるだろう。あるご婦人などは、彼の芸にだけでなく彼の押し出しにのぼせ上り、一ドゥニエ銀貨を投げ入れたことがあったほどだ。


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翻訳 | 17:48:05 | Trackback(0) | Comments(0)
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