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石田明生

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聖女ジュヌヴィエーヴのメダル(5)
◇カタラウヌムの戦い

 アッティラはパリ占領を諦めて、東へと転進しました。彼はシャンパーニュの平原に野営地を設置したのです・・・その野営地の遺跡は現在も残っています。«アッティラの野営地»と呼ばれ、シャロン・シュル・マルヌ近郊にあります・・・。彼はそこから出撃して、近在の村や町を頻繁に略奪しました。
 アエティウスはその略奪行為に終止符を打ち、アッティラをガリヤから追い出そうと決心しました。そのために、彼は国のいたるところに駐屯しているレギオン部隊を集結させ、フランク族のメロヴェ王とヴィジゴット族のテオドリック王に助勢を求めました。
 四百五十一年六月二十二日、この三軍は、アエティウスの指揮のもと、フン族と一戦を交えるために集結しました。フン族も陣地から出撃して、カタラウヌムの野で会戦は起こりました。
 この戦いを描き切ることは不可能です。双方の部隊は、比類ない凶暴性の虜となってぶつかり合いました。蛮族どもが獅子奮迅のごとく戦ったことは認めねばなりません。しかし、フランク族やヴィジゴット族の兵やローマのレギオン兵達は、フン族が犯した罪を目の当たりにしていので、呵責なき憎悪で煮え繰り返っていました。彼らは、アッティラの哀れな犠牲者達の復讐に燃えていたのです。
 殺戮によって戦場を流れる小川が血の急流に変じたとは年代記作者の謂です。
 テオドリックは戦闘の最中で命を失いました。が、夜になると、アッティラは潰走しました。荷や車を打ち捨て、何千という死者や負傷者を大地に残したまま、ライン川の方面へと敗残兵とともに落ち延びました。

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翻訳 | 08:35:49 | Trackback(0) | Comments(0)
聖女ジュヌヴィエーヴのメダル(4)
抵抗の町(3)

 彼女は台座の足元で立ち止まり、話しました。耳をそばだてた聴衆の真ん中で話しました。最初総督の方を向き、それから徐々に群衆の方に向き直りました。
 「閣下」彼女は言いました。「あなたの言葉は主人の言葉でも、大都市の司令官の言葉でもありません。あなたはこの町を、神様の法も人の法も踏みにじり、女や子供を虐殺する異教徒に、防御しようともせず、譲ろうとお考えか。ローマ軍の指揮者たるあなたが。分別も経験もおありになるあなたが、どうして残酷な野蛮人どもは降伏すれば武装を解くと想像できるのですか ? いつから、狼は子羊を襲わなくなったのですか。子羊が犬のように鋭い牙を見せないからですか?」
 最初はおずおずと、それからだんだん高まる「そうだ、そうだ !」の声が群衆の中を伝播していきました。ジュヌヴィエーヴの声は以前よりも強くなり、口調はよりはっきりし出しました。目に見えないある存在によって、言葉が彼女に吹き込まれているようでした。
 「あなたは言いました。疲れ切った男達ばかりで編成された出来損ないのレギオンしかないと。でも、あなたのレギオン兵達は、臆病者扱いされるという侮辱に甘んじるでしょうか ? いつからローマ人達は、数で優勢な敵を前にすると武器を捨てるようになったのでしょうか。この人たちが・・・彼女はパリ中の群衆を指さしました・・・自分たちの家庭や妻子を守るためだとしても、戦いを拒むとお思いですか ? あなたの宮殿に武器があります。それをみんなに配りなさい。この穏やかな市民達が、町の敵を前にしたら大胆極まりない兵士になることをあなたは見ることでしょう !」

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翻訳 | 08:18:56 | Trackback(0) | Comments(0)
聖女ジュヌヴィエーヴのメダル(3)
抵抗の町(2)

 翌日、町は不安を抱えたまま目を覚ましました。人々は、町中から郊外から、四方八方からやって来て情報を知りたがりました。普段住民たちの集会場になっている聖母マリア教会堂前の広場、そこは総督の宮殿の向かいでもありましたが、その広場はやがて町中の住民でいっぱいになりました。
 露店は閉められ、酒場も空っぽでした。どの人の顔も苦渋に満ちていました。たまたまレギオン隊の兵士が広場を通りかかると、みんなは彼を質問ぜめにしました。された方はのらりくらりと返事をしていましたが、密かに味わっている恐怖を分かち合う市民に対してやせ我慢の強がりをしようなどとは思いもよらないことでした。
 住民たちの中には、夜のうちに町に入って来た戦場からの避難民がいましたが、彼らは、目撃したことを語って、パリの住民たちを完全に慄い上がらせてしまいました。
 「馬匹どもは血の海の中を歩いてんだ ! 騎兵どもは雄叫びをあげながら略奪してやがるが、あの声は罰当たりを言っているにちげえねえ。」

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翻訳 | 05:19:12 | Trackback(0) | Comments(0)
『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』(2)
◇ 抵抗の町(1)

 「どうだった ?」十人隊の隊長カルカスが家に入ると、一緒にいた、というより暖炉の周りにうずくまっていた四人が声をそろえて尋ねました。
 隊長はすぐに答えませんでした。二月の刺すような北風が吹きさらしだった通りからやって来ると、この天井の低い部屋の空気が彼には心地よい温さに感じられました。木屑を貧乏たらしく少しくべただけの火は暖房と言うには程遠かったにも関わらずです。火は徐々に暗くなりましたが、それでも闇夜の中でただひとつ灯りの役割はしていました。
 その晩、隣組の三人は助祭のシモンの家に集まっていました。その粗末な家は、ユピテル・ナウティクス神殿の跡地に建立された聖母マリアの教会堂と、聖堂付き司祭のテオドール師の重々しい家との間に隠れています。その場にはもう一人、すでに三十路ではありましたが美しい未婚の娘ジュヌヴィエーヴがいました。このシモンの姪は、父が森で不慮の事故で亡くなった後、親戚の家に身を寄せていたのです。彼女は、わずかなながら父の遺産を売却したので、叔父の助祭に全面的に頼ることなく生活することができました。叔父が受け取る、教会堂の維持管理や典礼指導の報酬はたかが知れておりました。
 ジュヌヴィエーヴは、持参金はないしつまらない木こりの出にもかかわらず、何人もの資産家の子弟から結婚の申し込みをされました。人伝では、美男子で若い富裕なあるローマの騎士が彼女に夢中になったそうです。ある晩、彼は、助祭シモンの家の戸口で、彼女に結婚したい旨宣言しました。

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翻訳 | 07:37:16 | Trackback(0) | Comments(0)
『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』
 パリの物語の第二弾は、『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』です。やはり長いので何回かに分けて掲載します。

1. 羊飼いの娘、ジュヌヴィエーヴ

 「こっちよ、フィデル。静かにしていてよ。いけない犬ね !」
 でも、フィデルは不安げでイライラして、でたらめに羊たちをしつこく追い回していました。一方、羊は羊でまた、不安に煽られているかのように、メエメエ鳴いて、互いに身を寄せ合うばかり、小さな花が点々と咲いた柔らかな草を食もうとさえしませんでした。しかもその花々でさえ、何か大惨事でも予感しているかのように、身を縮めていたのです。
 この羊の群れの番をしている羊飼いの小娘は、四つ脚をした自分の家来がみんな、今日はどうして変なのか不思議でたまりません。八歳になったばかりのジュヌヴィエーヴは、今までと同様、ヴァレリアヌス山の麓に広がるサン・クルーの丘に羊の群れを連れて来て、草を食わせていました。ここは彼女の家からたっぷり四分の一里ほどのところです。
 この群れは、正確に言うと十匹の子羊を含めて、二十三匹ほどの群れでした。これは実直な木こりであるジュヌヴィエーヴの父親の財産のほとんどでした。父親は、遠くまで広がる、抜け出るのに何日も何日もかかるほど大きな森で働いていました。母親は三年前に亡くなっていたので、ジュヌヴィエーヴはちょっとした家事仕事をしたり、大好きな動物たちの世話をして父親を手伝っていました。

(注) ヴァレリアヌス山: パリのすぐ西にある小高い山、現在ヴァレリアン山と呼ばれる。

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翻訳 | 15:47:46 | Trackback(0) | Comments(0)
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