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石田明生

Author:石田明生
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あきれかえった原発の作業員たちの環境
 あきれかえったものだ。みのもんたの朝ズバを見ていたら、聞き間違えではないかと思えるほど、本当にあきれかえってしまった。
 原発で事故を収束させようと奮闘している作業員の環境のことだ。話によると、ビスケットや乾パン、缶詰などで一日の食事をまかなっているとか。しかも、一日二食がやっとらしい。
 この劣悪な環境を聞いただけでもあきれかえってしまうが、耳を疑ったのは、みのもんたが「なんで、もっと水や食料をとらないんでしょうね?」と質問して帰ってきたレポーターの答えだ。
 「作業員の方達はあまり飲んだり食べたりしないようにしているそうです。というのも、トイレのほうが、汲み取りにいけないために、満杯になっているそうなので・・・」
 残念ながら、みのもんたはどうして汲み取りができないか、追求してくれなかった。だけではなく、激しく怒ってくれなかった。怒るべきではないのか。命をかけて、作業している人たちのためにも、怒髪天をついて怒るべきではないのか。それとも、あまりの滑稽さで、ゲラゲラ笑うべきか。
 世界中の耳目を集めている、今世紀最大の原子力発電所の事故処理をしている作業員の人たちが、トイレの汲み取りが頻繁に来られないために、あまり飲み食いしないようにしているなんて・・・まさに、絶句してしまう。

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その他 | 11:13:44 | Trackback(0) | Comments(0)
高校野球・・・奇妙きてれつな試合
 昨日は久しぶりに甲子園球場の高校野球をテレビ観戦した。我が郷土代表が試合をするとなると、普段無関心を装っていても、やはり応援したくなるのが人情というものだ。
 その試合、浦和学院高校と鹿児島実業高校の第二試合は、前評判通り、追いつ追われつの好ゲームとなって、試合修了まで目がはなせなくなってしまった。8回裏の時点で浦学は2点のハンディーを背負い、ここで相手に追加点をとられたならだめ押し点となり、負けが決定的になる。やっと2アウトになったとはいえ、ランナーは2・3塁でしかも打席にもっとも怖い強打者が立っている。その時信じられないようなことが起こった。
 ピッチャーはおそらく渾身の力を込めて、ストレートを投げたに違いない。打者もまたさすが強打者の噂に違わず、バットの真芯でボールをとらえ、強烈なライナー性の打球をレフトに放った。だれでも、二人のランナーがホームを駆け抜けて、2点追加だと思ったことだろう。とその時、なんとレフトは猛烈なダッシュを見せて、その打球を地面すれすれで捕球したのだ。もちろん大ファインプレーだ。そして、3塁側球審は、確かめるようにひと呼吸置いて、アウトを宣告した。甲子園球場に溜め息が、そして歓声が流れた。テレビ観戦の我々(息子と二人)も、「やったー、これで次の回がおもしろいぞ」と、大喜び・・・しようとしていたら、テレビ画面に司会者と解説者の称賛の声が流れつつ、そのファインプレーのビデオリプレーが現れた。すると・・・


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日常スケッチ | 15:37:17 | Trackback(0) | Comments(0)
地震から二週間
 最初から危惧されたことだが、大地震・津波の犠牲者の数は日を追うごとに増え続けている。もうどれだけの数になるのか、考えるだに恐ろしい。
 その上、原子力発電所からの放射線漏れが新たな重大事となってきた。先日の雨のせいだろうか、首都圏の水道水まで危険が叫ばれ出したからだ。先ほどテレビのニュースで、思わず吹き出すような場面があった。というのは、水道水の安全度をアピールしようと、石原都知事が水をぐいっと飲んで「うん、大丈夫だ!」と叫んだからだ。知事がいくら大丈夫と言っても安心できないではないか。問題は、赤ちゃんのこれから二十年後だ。もちろん僕にも関係ない。年配者に、十年、二十年単位で起こるかもしれない癌の発症率を云々しても仕方ないだろう。
 そういう意味で、廃棄処分される可哀想なほうれん草など葉もの野菜を、僕が欲しいくらいだ。いや、僕一人でいただいては申し訳ないから、養老院などに回してもらってはいかがだろうか。この提案、不謹慎?

雑感 | 13:41:13 | Trackback(0) | Comments(0)
ゾラを読み、藤村を思う。
 『パスカル博士』(ゾラ作)を読んだ。この小説は、膨大なルーゴン=マカール叢書の最後、まさに掉尾を飾る完結編とも言うべき一巻だ。
 エミール・ゾラは、当時の科学的成果である進化論の影響を受けて、ダーウィンの「環境」と「遺伝」の関係および「自然選択」説に注目をする。これはもちろん生物学の分野のことだが、ゾラはその科学的方法を文学にも当てはまると考える。小説も、一種の実験室というわけだ(『実験小説論』)。
 そこでゾラは、バルザックの『人間喜劇』にも匹敵する壮大な計画を立てる。アデライード・フークというひとりの女性から生まれてきた子供や孫が、親や祖父・祖母の遺伝的形質を受け継ぎ、それがさまざまな環境の中で「自然選択」され、どう発現したか、20巻の長編小説で表そうとしたのだ。時代は、ナポレオン三世が君臨した第二帝政時代(1851年-1870年)から普仏戦争の敗北によって失脚した第三共和制初期までで、産業革命の完成とパリ大改造の時期に重なる。
 両家の始祖にあたるアデライード(1768年生)は、最初庭師のルーゴンと結婚し、男児を得る(小説『ルーゴン家の誕生』)。そのビエール・ルーゴン(1787年生)は5人の子をもうけ、そのうち二人が孫を生む。ちなみに、小説『パスカル博士』の主人公パスカル(1813年生)はピエールの第二子だ。

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文学雑感 | 20:26:26 | Trackback(0) | Comments(0)
地震から一週間経って
<日常から非日常>

 東北地方に未曾有の大被害を地震はもたらした。今でも信じられない気持ちだ。が、テレビをつければ、流れる映像は地震のこと、原子力発電所の異常事態とその対策のこと、今まで見たこともないコマーシャルの繰り返し、この一週間はお茶の間に陣取ったテレビの脱日常だった。そして、節電のための計画停電が行われ、久しぶりに、ろうそくに灯をともして夕食をとった。停電は、何十年かぶりで、家の外を見るとまさに漆黒の闇が広がって、日常世界とはまったく別の世界になっている。満月がやけにきれいだった。
 現在僕は、春休みのために通勤をしていないが、毎日仕事に出かけておられる方々は、間引き運転の影響で、そうでなくとも混雑する電車にさらに詰め込まれて辛い思いをしているに違いない。こんなことは、一時的な非日常であって欲しいものだ。
 先ほど、スーパーに行ったが、生であれ、インスタントであれ、カップであれ、ラーメンは棚から消えていた。みごとなものだ。町に出ていないのでわからないが、ラーメン屋に行っても食べられないのだろうか。今日の夕食は、一昨日買った焼きそばを食べようと思っている。つまり、生の焼きそばは売っていたのだ。また驚いたことに、納豆が完全に消えてしまった。我が家は納豆好きでほとんど毎朝納豆を食べていたが、もうずいぶんと口にしていない。どうやら、茨城県から来ないらしい。農業も資本主義的な競争をしているのだろうか。どこでもできそうな納豆でも、長い間の競争で、茨城県産のものが勝利して、独占していたのかもしれない。
 結局、食べ物も日常生活を変えてしまった。

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雑感 | 17:47:17 | Trackback(0) | Comments(0)
国家存亡の危機と思って・・・
 この前、ニュージーランド・クライストチャーチ地震について、キリストの名を持つ町なのだから、奇跡が起こり、生存者がいて欲しいと書いたばかりなのに・・・
 まったく神も仏もないものだ。クライストチャーチの日本人犠牲者のお名前がやっと判明し始めたと思ったら、日本で、東北で、その何十倍か何百倍の地震が発生した。そして、なんと言うことだろう、その直後の津波は、まるでこの世の終わりを演出するかのように、町や村を地獄絵のように変えてしまった。
 奈良は二月堂のお水取りの時期に発生したこの大地震は、まさに人々を水と火で完膚なきまでに打ちのめしてしまった。石原都知事は、昨今の人たちが「我欲」を追求するあまりの「天罰」だと言ったそうだが、もちろん大地震はそんな人の事情など意に介さず、冷徹な地球規模のメカニズムで一家団欒を、ささやかな幸せを、懸命の生活を破壊し尽くしてしまったのだ。

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雑感 | 05:06:14 | Trackback(0) | Comments(0)
ブルボン王朝の始祖アンリ4世の頭部
 今日、ニュース電子版を見ていたら、すごいニュースが飛び込んできた。フランス国王アンリ4世のミイラ化された頭部が、本物であることが証明されたという。今まで、そういうふれこみでオークションにかけられ売買されてきたそうだが、ついに本物というお墨付きをもらったことになる。そのために元の場所、サン・ドニ聖堂にもどることになったらしい。彼だってうれしいだろう。約200年ぶりの帰還だ。
 そもそもなんでそんなことになったかと言うと、フランス大革命のおり、王家の墓があるサン・ドニ聖堂は暴徒によって散々に荒らされてしまったからだ。代々の王の心臓も保管されていたのだが、そのとき入れ物の壷は粉砕され、心臓は打ち捨てられたらしい。話によるとある絵描きは、それで絵の具を作ったそうな。

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雑感 | 09:23:18 | Trackback(0) | Comments(0)
校長のひと言
 今日の夕刊によると、ニュージーランドではビルなどの崩壊現場での捜索・救助活動の打ち切りが宣言された。被害に遭われた関係者の方達にとって、身を切られる思いだろう。残酷な現実を受け入れなければならないのか。結局、奇跡は起こらなかったのか。

 その同じ夕刊には、ほぼ犯人が特定できたからだろう、不正入試関連の記事が踊っている。その中に、《母校》という見出しがあったのでなにげなく読んでみると、驚くと同時に愕然とした。まさに母校である山形県立高校の校長の話にだ。引用してみよう。

《昨年卒業し仙台市の予備校に通う男子生徒が京大を志望しているが、投稿に関与しているかは分からない。現役の時は早稲田大を受験した。自分の学校の生徒でないことを願う》(毎日新聞夕刊3月3日)

 談話を文字にしているせいか、前半部分の話の意図はよくわからない。だが、問題なのは最後のひと言だ。《自分の学校の生徒でないことを願う》とは、いやしくも責任ある学校長の言葉とは思えない。いや、校長としてだけではない、教育者の言葉とは断じて思えない。この人は、おそらく学校の評判や世間体ばかり気にして、一応出世コースを歩いてきたのだろう。
 当該学生のしたことは、うちの学校、君の学校、彼の学校という狭い縄張り意識で論じるような問題なんかでは全然ない。山形高校の校長さん、たとえ君の学校の卒業生だからといって、君のせいだとか,君の学校の方針が悪いとか誰も言わないよ。問題はまったく別なのだ。彼は、「自分の学校の生徒でない」ことを願っているが、一体どこの学校の生徒ならいいというのか。
 一口に校長先生と言っても、いろいろな人がいるんだな。
 最後にひと言。新聞が校長の言葉を正確に伝えているという前提で書いている。もしも、そうでないなら、この校長先生は毎日新聞に抗議すべきだ。そのくらいこの発言は「最低」なのだ。

追伸 : 上記の高校は、「山形県立高校」という校名ではなく、山形県の県立高校ということらしい。

雑感 | 18:47:48 | Trackback(0) | Comments(0)
危険な歩道橋
 さてまた地震話が続く。
 昨日テレビで地震専門家なる人が、東京で地震が起こった場合の被害状況および対策について解説していたが、これを聞いていて思わずなっとくと膝を打ったことがあった。
 第一に専門家によると向こう30年で東京が地震に見舞われる確率は70%だそうだ。この70%という数字は、M7の直下型地震がいつ起こってもおかしくないことを示している。年内かもしれない。今月かもしれない。明日かもしれない。それほど確からしいのだそうだ。そして、最悪の場合の被害状況がテレビ画面に次々と現れた。死者の数、倒壊家屋数、経済損失等々、見ていると、僕は絶対に生き残れそうもないな、とひどく悲観的な気分なってしまった。ニュージーランドでもそうだったが、一分一秒の差で、どこにいるかでどうやら決まってしまうようだ。僕の場合、寝ている時に襲われたら、絶対に駄目だろうな。何しろ狭い寝室のことだから、横たわった僕のすぐ横に重たそうな箪笥が立っている。ここに横になっている時間は約7時間ほどだから、地震にあう確率は24分の7ということになる。それなら、寝ているとき以外はどうだろうか。仕事に行っている時と、家にいる時ではだいぶ事情が違うな、なんて考え出したらきりがなくなり、だんだんどうでもよくなっていくから不思議だ。結局は受け身の体制で運を天に任せて覚悟しているしかないということか。

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雑感 | 18:29:36 | Trackback(0) | Comments(0)
キリストの名を持つ町
 「キリストの名を持つ町だからこそ、奇跡が起こって欲しい」と、前回祈りにも似た気持ちで書いたが、残念ながら奇跡は起こりそうもない。今やクライストチャーチからのニュースに「生存者」という単語が消えた。
 そのかわり、でもないだろうが、語学学校のあったあのビルの耐震問題に話題が移りつつある。まったくだ。地震のニュース映像が飛び込んできた当初から、あのビルだけがほぼ完全に倒壊していたことに誰でも違和感を持っていたはずだ。評論家諸氏は映像を見るたびにやれ「ねじれ」だとかやれ「老朽化」だとか、いろいろなことを言っていたが、意外や意外、「手抜き工事」という言葉は耳にしなかった。なぜだろう。
 今朝のニュースでは、ニュージーランドにおいて昨年9月の地震を受けて行われた建物の調査の基準と結果が報じられていた。建て直し勧告はレッドマーク、注意勧告はイエローマーク、問題なしはグリーンマークがつけられたと言う。問題のビルは、驚いたことにグリーンだったという。これはなにを意味しているのだろう。ビルの人や近所の人の証言によると、昨年の地震のあと、ビルの壁には亀裂が走り、どう見ても安全基準を満たしていなかったらしいのに。
 残念ながら、テレビ出演の評論家諸氏はそれについて、首を傾げるばかりで意見らしい意見を述べることはなかった。たとえばこの地震が中国やロシアで起こったならば、ビルの所有者と検査官の癒着、袖の下等々の憶測が飛び交ったかもしれない。どうやら、日本からするとニュージーランドはきわめてクリーンな一等国というイメージが定着しているらしい。もっとも、だから語学留学生が日本からたくさん行っていたのだろうが・・・
 とはいえ、現実としてニュース映像に無惨な姿をさらすビルは能弁に異常性を物語っている。どうして、目視検査だけでグリーンだったのか、これから徹底的な究明を望む。

雑感 | 09:01:54 | Trackback(0) | Comments(0)

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