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石田明生

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映画『雪の轍』を見る
 昨日見た、映画『雪の轍』(英語の題名 Winter Sleep ヌリ・ビルゲ・ジェイラン Nuli Bilge Ceylan 監督)は、昨年のカンヌ映画祭パルム・ドール賞獲得作品だ。さすがに良くできた映画で、上映時間3時間16分という長さも、これだけ濃密な会話と、美しい景色を前にしてはあっという間だ。

 主人公は元俳優でカッパドキアの奇岩を利用して作られたホテルの経営者、資産家でもあるので悠々自適の暮らしをおくっている。場面は彼がホテル前の風景を眺めている場面から始まる。カメラは彼の背後にあり、ズームアップを続ける。薄くなった頭髪をもズームして、最後に彼の脳髄に入りこんだかのような錯覚に陥る。
 それもそのはず、ほとんどのシークエンスは彼の目を通して観客に提示されるからだ。彼の目と耳を通して、我々も彼のトラブル(借家人が家賃を滞らせているので、家具の差し押さえをする。と、その家の子供が彼に石を投げつける)につき合うことになる。
 出戻りの妹との会話は突き詰めていくと兄への非難に繋がり、慈善事業に打ち込んでいた、若く美しい妻は、非難しようもないほど立派で教養があり、やさしい夫に、それでも、まるで存在そのものへの非難、実存主義的非難を浴びせかける。主人公のアイドゥン(これが元俳優の名だ)はあきれかえって、妻に言う。
「君は、人を神のように敬っていながら、神じゃないと言って、非難している」

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雑感 | 18:38:50 | Trackback(0) | Comments(0)
完全犯罪の結末、小説『テレーズ・ラカン』
 エミール・ゾラ27歳の時の傑作『テレーズ・ラカン』は、全編人の悪意とエゴイスムとが入り交じり、環境も舞台もじめじめと薄汚く、読むものに澱みのような重しをはらわたに流し込む。これほどの暗く重い作品は、『ジェルミニー・ラセルトゥー』(ゴンクール兄弟作)をおいて他にないだろう。それもそのはず、ゾラはまさにこの先輩の作品から霊感を受けて『テレーズ』を書いた。『ジェルミニー・ラセルトゥー』発表の2年後、1867年のことだ。肉体的堕落は人間性の堕落に繋がり、悲劇を生む。それこそ、「生理学的で心理学的問題」であり「肉体的で精神的な病気の臨床例」であり、まさに真実の物語だと、ゾラは言う(「」内は篠田浩一郎氏の解説から。先の引用は«世界文学全集25講談社»より訳は篠田氏)。

 小説の書き出しで、ドラマの舞台となるパリ左岸の小路は、物質的な舞台装置にもかかわらず、肉体的精神的疾患をかかえているかのように紹介される。登場人物たちの病理を展開するにふさわしい、まさに実験室のようだ。

 «セーヌの河岸のほうからくると、ゲネゴー街のはずれで、ポン=ヌーフの路地に出会うことになるが、そこはせまくてうす暗い一種の回廊になっていて、マザリーヌ街からセーヌ街までのあいだにはさまれている。この路地はせいぜい長さ三十歩、幅は二歩しかない。黄色っぽい敷石が敷かれているが、みんなすりへり、とめの漆喰がはがれ、いつも胸の悪くなるような湿気がにじみ出ている。この路地をおおっているガラス張りの天井は直角に切られていて、汚れで暗くなっている。(p.303) »

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文学雑感 | 18:21:55 | Trackback(0) | Comments(0)

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