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石田明生

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連続殺人か?
今朝、冷蔵庫前でまたもやヤモリの死体発見!
事件は連続殺人に発展した。今回の第一発見者は、当家の主婦だった。
謎は深まるばかり。

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日常スケッチ | 15:26:29 | Trackback(0) | Comments(0)
ヤモリ騒動顛末記
9月14日(木)
 夕べ、我が家でヤモリ騒動が勃発。二階に登る階段上の白い壁に5センチほどの小さいやつがへばりついていた。どうして入ったのか、というのは我が家は窓という窓はほとんど網戸がしてあるし、戸は閉めてあるし・・・結論は洗濯物についていたのでは、ということになった。外に出そうとして、箒とちりとりを取りいっている間に、チビは白い壁からその上の青い壁に移ってしまった。結局見えなくなったので、捕獲を諦めて夕食をとったが、その後、玄関にいるのを発見。早速箒とちりとりで生け捕りにしようとしたが、靴置き場に入り込み、杳としてわからなくなった。
 朝起きて、まずは玄関と靴を調べてみたが、チビヤモリは依然として見つからず。今後慌てて靴を履き、チビを潰さなければよいが。ヤモリは家を守ってくれる縁起のいい動物と聞く。そのまま住み着いてくれても構わないが、たとえ事故死を免れたとしても、寒くなると生き延びることが不可能だろうな。その前に、飢え死にということもある。
 彼にとってきつい秋となった。

9月18日(月)
 夕べ、ヤモリの遺体発見!
 普段空き部屋となっている息子の部屋の床で、干からびたヤモリの遺体が横たわっているのを、久々帰ってきた息子が発見した。
 部屋はひと月以上使われておらず、いつから遺体があったのか不明だ。一応当局は自殺、他殺、餓死の3方面で捜査に当たっている。先日、我が家の階段上の壁から玄関まで闊歩したチビヤモリの可能性もあり、DNAの鑑定を待ちたいところだが、残念ながら、チビヤモリに前がないので検査は不可能ということだ。
 もし他殺ということになれば、この家の主婦かこれを書いている本人ということになる(第一発見者である息子の可能性は、遺体の乾燥状態から否定されている)。また、もしこの遺体が前回お騒がせのチビヤモリでないとするなら、当家には多数のヤモリが生息していることになる。
 この2つの仮定は、いずれにしても当家に当惑と疑心暗鬼をもたらすもので、平和な家庭に亀裂が走ることは必然だ。これからの捜査を待ちたい。

日常スケッチ | 07:05:19 | Trackback(0) | Comments(0)
8月16日(水)グルノーブル(3)
 グルノーブルに降り立って、否応なく目に入ってしまうのは、町からイゼール川の上空を進む、ガラスの球でできた5つのゴンドラだろう。この町のどこかにどれほど関心を持っている人でも、まずはこのおしゃれな、可愛いゴンドラに乗って見たくなるのが人情だ。35年前にここに来た時がそうだったし、今回もそうだ。川の対岸に行くためにも、まずは乗り場へと向かった。乗り場には、何十人か待ち客がいたが、恋人同士を除き(恋は時には利己的になるので二人だけで乗りたがる)、だいたい4・5人ずつ乗れるので、2巡目ほどで乗ることができた。この5つのゴンドラは全くの同距離に二組あって、スキーのリフトと同様止まることなく動き続けているのだが、乗る瞬間に極めてゆっくりとなる。対岸の終点でも当然同じだ。時間は意外と短くて、10分くらいだろうか。ちなみに普通料金は片道5.6ユーロ、往復8.2ユーロだった。帰りは下り坂を下りきったところに重要なmuséeがあるので、片道料金を支払った。

ロープウェイ         展望台から町を写す
ゴンドラと上から見下ろしたグルノーブルの町


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2017年フランス旅行 | 17:08:38 | Trackback(0) | Comments(0)
8月16日(水)グルノーブル(2)
 グルノーブルの旅は、ノスタルジーの旅だ。今から35年ほど前、新婚旅行で行った町だからだ。行った目的は昔も今も変わらない。この町は、思春期以来ずっと愛読してきたスタンダールことアンリ・ベールの生まれ育った町だ。当然作家がどんな環境の町で育ったか興味を抱くのだが、ことスタンダールに関しては以前もそうだったが今回もスカのような気持ちになってしまった。作家像と町の環境がしっくりいかないのだ。『アンリ・ブリュラールの生涯』という、手書きの地図入りの伝記まで書いているにもかかわらずだ。
 いや、この伝記があるゆえに、この町と作家が乖離してしまうのかもしれない。確かに彼は18世紀末の町の出来事と様子を細かく描いている。描いているが、現代のグルノーブルに彼を置くことにはひどく無理を感じてしまう。例えば、彼が盛んに書いている子供の頃の遊び場でもあった町の中心地グルネット広場に行ってみると、伝記に描かれた広場とあまりにも違いすぎる。彼が描いた図面のような地図のせいで、文章から浮かび上がる筈の風景のイメージが限定されてしまうのだ。細いくにゃくにゃの線で四角く囲み、事細かく事件を思い出して描写しているが、現在の広場に立つとその貧弱な線は跡形もなく消えてしまう。やはり『アンリ・ブリュラールの生涯』は、作家個人の宝物入れの小箱なのだ。

手書きの地図           グルネット広場
スタンダールは『アンリ・ブリュラールの生涯』の中で、手書きの地図を多用している。
この地図は、少年時代に仲間とともに、グルネット広場の中央に建てられた
「友愛の木」に対する陰謀を企てた時のもの。つまり、仲間の一人が発砲したのだ。
アルファベットは彼ら悪ガキ達が警備隊から逃げた道順を示している(Fに沿って)。
Gは祖父のアパートだった。
右は現在のグルネット広場



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2017年フランス旅行 | 15:35:45 | Trackback(0) | Comments(0)
8月16日(水) グルノーブル
8月16日(水)グルノーブル <性善説と性悪説>

 パリ・リヨン駅発9時 41分のTGVに乗り、グルノーブルに時間通り12時 42分に着いた。3時間の快適な高速鉄道の旅だった。ちなみに、ネット予約でEチケット32ユーロ(東京から大阪までを新幹線約4千円程ということになる)。実は予約した1週間前に値段表を見たとき、25ユーロだったのだが、まだ大丈夫だろうと思っていたら、7ユーロ上がってしまった。フランス鉄道の乗車料金はどうなっているのかさっぱりわからない。多分、駅で普通に買うと70ユーロくらいするのだろう。そのせいか、周りの乗客たちもEチケットの人が多い。日本のように駅に改札口がないので、車掌が車内を回って検札するのだが、機械でQRコードに光を当てるだけなので極めて便利だ。従来の、ホームなどに立っている機械で有効にするいわゆるコンポステをする必要もない。僕はスマホを持っていないのでプリントした紙を用意しているが、スマホの人も多い。

グルノーブル駅        自転車置き場
近代的なグルノーブル駅 駅の東側と西側には立派な自転車置き場があった。



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2017年フランス旅行 | 00:35:25 | Trackback(0) | Comments(0)
8月15日(火) パリ第一日目
8月15日(火) パリ第一日目

 シャルル・ド・ゴール空港に午後5時頃到着し、そこからいわゆるロワシー・バスでオペラ座横に6時頃到着。
 今回はパリで一泊だけなので、共和国広場の近くに宿を取った。翌日の朝、パリ・リヨン駅からグルノーブルまでTGVに乗るので、オペラ座 --- 共和国広場 --- リヨン駅のつながりが幸便だからだ。20番のバスが通っている。
 と言うわけで、オペラ座からバスに乗り、共和国広場で降りる。そこから徒歩で5・6分のところに予約しておいた「エダ・マレAida Marais」ホテルがある。一泊62.4€と場所の割に安いのであまり期待していなかったが、バスタブ、冷蔵庫付きで思ったよりもよかった。この共和国広場の近くに宿を取ったもう一つの理由は、一昨年無差別テロにあったレストランを見てみようという思いもあったからだ。

翌朝の共和国広場               A la bonne bière
翌朝撮った共和国広場のマリアンヌ像         カフェ「A la bonne bière」



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2017年フランス旅行 | 12:02:04 | Trackback(0) | Comments(2)
フランス旅行第3日目
8月17日(木) グルノーブルからシャンベリーへ(フランス第3日目)

 朝から快晴で、シャンベリーへの日帰り旅行にはうってつけ。すでに買っておいたEチケットは9時32分発とある。これに乗ると、シャンベリー到着は10時19分。実際1分の狂いもなく到着した。数多いフランス旅行体験からすると、概してフランス鉄道は、正確さの指標として日本並みという表現が許されるなら、日本並みに正確だ。こう書くと「だらしないフランス」というステレオタイプの表現が台無しになってしまうが、致し方ないだろう。本当はだらしないフランスの方が面白いのかもしれないのだが…
 駅前に表示のあったオフィス・ド・ツーリスムに立ち寄り、ジャン=ジャック・ルソーとヴァランス夫人が暮らした郊外の館「シャルメット荘」への行き方を教えてもらう。担当したオフィス・レディーの口振りは、徒歩でのシャルメット行きは少々無謀だというニュアンスを帯びている。この炎天下、1時間以上の登り坂は確かに無謀かもしれない。
 というわけで、一挙にシャルメットを攻めるのではなく、市内観光をしながら、最も目的地に近いレストランで昼食をとりそこから出発しようということになった。オフィス・ド・ツーリスムはシャンベリーの町の西の果てにあり、シャルメット荘は町を通り越して東側の山中にあるため、直接行くと、町を横切りそれから山登りをしなければならない。
 というわけで、町の一番東側のレストランで昼食をとった。アントレ+メインかメイン+デザートが13.4€、メインは3種類あったが、妻も私も山の中での海魚を断固拒否し、牛ヒレの料理を頼んだ。アントレは、フランスでは珍しいビュッフェ形式で、好きなものを食べ放題だった。日本ではこのスタイルのアントレは経験がないのでわからないが、これがすごい。魚(イワシ、サーモン)から野菜サラダ・豆・米類を経由してスイカ・メロンまで、さまざまな種類がある。迷い箸ならぬ迷いフォークになるのもむべなるかな。旅行中は常に紳士でいたいと思っているゆえに欲張りをやめて、イワシと豆とトマト、それに今年初めてだと思いつつスイカ、最後に白アスパラガスを皿に盛った。やはり欲張ってしまったか。

前菜       主菜
前菜と主菜(付け合わせはラタトゥイユとドーフィネ風グラタン)



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2017年フランス旅行 | 18:41:27 | Trackback(0) | Comments(0)

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