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石田明生

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12月26日(水)晴・・・銀ブラ
 かねて同僚の先生から薦められていた映画『夜顔』(Belle Toujours『美女だね、相変わらず』)を見に行った。場所は銀座の「銀座テアトルシネマ」、京橋のすぐ隣だった。
 いかに水曜日が映画の日とはいえ、こんな地味な映画、混んでるわけがないだろうと、高をくくって上映時間数分前に到着したら、なんのなんの、やっとのことで唯一残っていたいちばん前の列におさまることができた。とはいえ、僕はこの首が痛そうになる前列というのがそれほど嫌いではない。画面を独り占めしているような気持ちが何とも言えないのだ。
 映画は、ルイス・ブリュエルの傑作『昼顔』(Belle de jour『昼間の美女』)の38年後という設定で、かつての夫の友人ユッソンがオペラ・コミック座でドヴォルザークの交響曲8番を鑑賞中、かつて夫を騙し、昼間身を売っていたセヴリーヌの姿を見かけるところから始まる。

パンフ
パンフの表紙




 不思議な性癖の女、かつての親友の妻とまた近付きになろうとして、老ユッソンは彼女の足跡を追い、パリの町を徘徊する。そしてついに二人は出会い、食事をすることに・・・

 監督はポルトガル人のオリヴェイラ、ユッソン役に以前と同じミシェル・ピッコリ、かつてカトリーヌ・ドヌーヴが演じた人妻セヴリーヌ役はビュル・オジェだった。ピッコリの演技は80歳を過ぎてなお健在と言うべきだろうか。外面は老紳士でありながら、ダブルのウイスキーをぐいぐいあおるアル中の演技は怖いほどだ。もっともピッコリを年寄り扱いしては失礼かもしれない。監督のオリヴェイラは撮影時97歳だったのだから。

監督
オリヴェィラ監督(パンフより)

 ピッコリの演じたユッソン、オジェの演じたセヴリーヌ、そして何気なく登場するバーテンや娼婦たち、さらにショーウインドーのマネキン、ジャンヌ・ダルクの黄金の騎馬像、濡れた舗道、これらすべてをカメラで丁寧に描き出すことによってリアルなパリというよりも生のパリが映し出される。
 そんなパリに、これまた生々しいほどにリアルな二人の食事シーンが大団円を準備する。ユッソンが秘密を餌に誘った甲斐があり、待ち合わせのレストランについに現れたセヴリーヌ。その時、彼は言う。「ああ、美女だね、相変わらず」そうしてふたりは差し向かいの食事をするが、ボーイのいるところではいかなる会話も成り立たない。聞こえるのは、硬質の皿にあたるフォークとナイフの音、咀嚼される食物の音、嚥下されるウイスキーの音、それだけだ。だが、二人だけになった時・・・

 70分の短い映画を見終わって、銀ブラをした。
 途中の革製品の店・・・Yuki belle femme とかいったような名前だったが・・・を冷やかしで覗くと、立派な年配の店員が僕に、「ムートンのジャケットです」と言って、見せてくれた。見ると確かに良さそうだ。値段を見ると「ぎょっ!」48万円台ではないか。すると立派な店員殿は「いいものですから、15年から20年は着られますよ」と澄まし顔。
 思わず次のような文句が僕の口をついた。「でもそんなに生きられますかね。生きるとしても着て歩けますかね」
 その時の店員殿の顔は傑作だった。思わず僕の身体に手を回して「そんな! お客さん」
 この何気ない冗談も、実を言うと僕にとっては深刻なのだ。いつも、自分のものとする品物の耐久性に対し疑念を抱いてしまう。老いるということはこういうことかとつくづく思う。いつも僕とどっちが保(も)つか、という問いかけをして生きているのだ。例えば、我が家のテレビは使い始めて18年になる。もしこれが壊れて今度買うとして、次のテレビは僕とどっちが長生きするだろうか。こんな風に考えてしまう。要するに先が見えてきたのだ。
 老いて、様々なものとの「保ち」を比べざるを得なくなった老ユッソンが、音楽鑑賞の時見いだしたのは、「保ち」を比べる必要のない「青春」もしくは「青春の残滓」だったのだ。彼がする、突然降って湧いたような一時(いっとき)の幸福感と滑稽な残り香の追求、それを僕にはとても笑う気にはなれない。
 銀ブラは続く。
 映画鑑賞後の食事も、同僚の先生が筋道を作ってくださっていた。晴海通りと昭和通りの交差点にあるビルの七階の中華料理店「黎花(らいか)」がそれだ。「お値段もお安いですし」先生のこの一言はメニューを見るまでは油断できない。同僚の先生を信用しないのではない。「お安い」の基準がどのへんか問題なのだ。見ると、サービスランチが1260円とあった。もちろん問題なし、遅い昼食をとった。

エビチリ

 コースの内容は、前菜代りに薬膳スープ、メインディッシュとして妻は唐揚げ、僕はエビチリ、デザートは杏仁豆腐(選択肢無し)、ご飯として妻はお粥、僕は白飯をとった。料理名だけ見るとおもしろみに欠けるようだが、どれもこれもひと味ふた味工夫が施され、洗練された上品な味に仕上がっていた。また広いガラス窓から銀座を一望できるのも嬉しい。ただし、俯瞰できる舞伎座の屋根はいいが、他のビルの屋上にある張り子のような看板はいただけない。日本では銀座と言えども、張り子が幅を利かせているのだ。
 銀ブラは続く。
 僕は築地に行ったことがないので、晴海通りをさらに東へ進む。するとおもしろいお寺があった。築地本願寺だ。インド仏教の寺院を模した伽藍を歩くと、フランスの聖堂の内陣にいるような錯覚を抱かせる。パイプオルガンが鎮座しているのでなおその感を強くする。この本願寺は、我が家も京都旅行の折に宿屋として宿泊したことのある西本願寺が本山らしい。

本願寺


怪鳥
階段の欄干にいた怪鳥

像
どういうわけか、白い張り子の像が・・・

内陣
内陣

 結局、築地の市場まで足を伸ばせず、晴海通りをUターンすることにした。途中で「漆器屋」があったので立ち寄り、箸を三膳買う。まずは口元から気分一新して、新年を迎えたい。

 晴海通りを有楽町駅まで歩いて、銀ブラは終わった。

 夜、夕食をとりながら、ビデオで映画『家路』を見た。これもオリヴェイラ監督作品で、主演もミシェル・ピッコリ。彼の役どころは、「保ち」(耐久性)を意識せず、我武者らに生き続ける老役者だった。
 結局今日は二本立ての映画を見たことになる。
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プロムナード | 00:31:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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