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外来語こぼれ話(7)・・・合コン・追いコンからサルコジの pauvre con までコン話をひとつ
 英語はフランス語よりもアルファベットの省略が好きかもしれない。たとえばテレビがそうだ。英語ではTV と省略される。フランス語では前にも書いたが、télé と言う。télé は「遠」を表す接頭語だから、フランス人は「遠」というだけでテレビを意味していることになる。その点、日本語の「テレビ」のほうが、内容を明快に示しているようだ。
 というのは、「テレビ」は television(フランス語も同じだが télévision)と綴る、vision(視)に「遠」の接頭語が付いた合成語だから、単語の切れ目が tele と vision の間にあるのは当然として、vi と sion で切ることもそれほど無理がない。しかもvi だけで「視」を予想させるから、テレビ televi. になれば必要十分な情報量を持つからだ。


 しかし、日本語の発音で暮らしている我々には、この音節の切れ目は関係ないだろう。たとえば、「テレフォン・カード」を「テレカ」と略してもなんのやましさも感じない。テレカード telecard では長ったらしかったのだろうか(フランス語ではまさにこういう。télécarte)。(疑問あり。病院などにあるテレビを見るためのカードはなんと呼ぶのだろう)。
 ほかに tele が付く外来語は、テレグラム(電報)、テレパシーぐらいだろうか。tele は英語でもフランス語でも造語能力の高い接頭語だが、以外と日本語に入っていない(フランス語で、ダウンロードをtéléchrger と言う)。
 フランス語では「遠隔操作」を télécommande と言い、télé を使うが、英語で remote control と言う。外来語としては後者が入り、しかも省略して「リモコン」となった。パソコンもリモコンも語尾に同音の「コン」が付くが、いずれ区別がつかなくなる日が来るだろうか。さらに、「合コン」「追いコン」も加えようか。
 「合コン」の「コン」はもちろん「コンパ」の短縮だ。
 かつて学生の頃、現在の居酒屋チェーン店のように、街には「コンパ」のチェーン店がやたらとあった。店に入るとカウンターとボックス席があり、どちらに座ってもかまわない。どちらでもかまわないが、一人二人だと、カウンターの止まり木に腰をおろして、チョッキ(オランダ語 jak のなまり、ちなみに、フランス語では gilet と言う。外来語でよく言う「ベスト」はフランス語で veste だが、上着を指す)を着たバーテン(米語 bartender の略、イギリス語では barman・・・今日テレビで「バーテンダー」と言っていた。短から長への変化は珍しい)のお兄さんかお姉さんがシェーカーを振って、カクテルを作るのを見ながら飲むのが楽しい。さまざまなカクテルを飲んだ。ひどいときはなんでもかまわずメニューの右から順番に飲んだこともあった。そんな時、待っているのは決まって悪酔いだった。
 懐具合は大丈夫だったのか、だって? 「コンパ」と名の付く店は、たいてい安い、大衆的な店だった(もちろんいつも行けるわけではなかった)。つまみはもともと碌なものがないので頼まなかったから、そういう意味でも安上がりだった。
 あの懐かしい「コンパ」、いつ頃なくなったのだろう。コンパで飲んでいた頃、「コンパ」の意味を知っていただろうか。ただ単に、「クラブのコンパ」とか「クラスコンパ」というように使っていて、知っているつもりになっていたのだろうか。それとも、「コンパ」は英語 company の縮小語と思っていたのだろうか。いま思い出すと、不思議だ。というのは、「コンパ」は「飲み会」の意味で使っていたと思うが、company には「付き合い」はあるが、飲み会はない。第一、いくら英語ができなかったとはいえ、company の発音が「コンパニー」ではなく「カンパニー」だというぐらいは知っていた筈だ。
 それなら、省略したら「カンパ」になるが、「カンパ」となるとまったく別の意味があり、同音異義語のまま使うにはあまりに無理があり過ぎる。
 ちなみに「カンパ」という外来語は、ロシア語の kampaniiaから来ていて、「政治的運動」を意味している(ロシア語のアルファベット表記ではない)。要するに革命運動や労働運動をする時の資金集めから、「カンパ」の意味になったのだろう。この単語は、フランス語の campagne 、英語の campaign と同族だ。
 また、脱線してしまった。だから、「コンパ」は完全な和製英語ということになる。もともとはフランス語の compagne から来ていて、「仲間」的な意味だ。さらに語源を遡ると、com (ともに) と pagne(パン・・・パーニュはイタリア語の「パニーニ」と同じ) の合成語で、パンをともに分け合って食べることからできたらしい。「クラスコンパ」も「合コン」も、なけなしの金をはたいて、酒・肴を仲間と分け合って飲む、ふむふむ、コンパらしくていいではないか(もう一度、コンパがしたい)。
 日本人の耳に「コン」という音は心地よいのだろうか。「・・コン」という言葉は上にあげた以外にも相当あるに違いない。今浮かんだのは、「できちゃったコン」だが、この「コン」は立派な日本語だ。
 ところが、この「コン」、フランス語ではまことにまずい意味なのだ。「あいつはコンだ」というと、「あいつはどうしようもない馬鹿だ」という意味になる。だいぶ前に、ジェーン・バーキンの『アクワボニスト』という歌がはやったことがある。その歌詞の最後の部分で「コン con」が使われていた。ことわっておくが、いくらえげつない歌詞の多いフランス・シャンソンでも、「コン」の詩句が入っているのはさすがにめずらしい。作詞・作曲がセルジュ・ゲンスブールだからできる芸当だ。この男は、美女に汚い言葉を歌わせるのがうれしいのだから始末悪い(バーキンは彼の妻だ)。他に、ジョルジュ・ブラッサンスが『コンの王様』という歌を歌っている。この大詩人にとって、あらゆる単語が韻律を生む詩句なのだから、禁句というものが存在しない。
 また、横道に入りそうになった。要するに、「コン」という単語はとてつもなくえげつなく、下品な単語だということだ。
 『アクワボニスト』の最後をどなたかが次のように訳していた(注: 松嶋征氏)。

《きみのことは愛しているが ほかの連中は / どいつもこいつもおたんこなすだ》

 これはよかった、《おたんこなす》とは。
 「おたんこなす」という単語、ずいぶん聞いたことがなかった。子供の時以来だろうか。今はもう使われていないだろうな。
 またまた、脇道に入り込みそうになった。純粋日本語の「おたんこなす論」は、別の機会に譲らねば(約束はしません)。

 と、ここまで書いて、記事にしようと思っていた矢先、先日、場所は本家本元のフランス、人は最高権力者の口から、この「コン」という、畏れ多い単語が漏れ出たというニュースが飛び込んで来た。ここで終わりにする手はない。もうひとこと書くことにした。
 サルコジ大統領は、握手を拒んだ見学者を、なんと «pauvre con» 呼ばわりしたそうな。以下の通り。
 
“Ah non, me touche pas, tu me salis", lui lance le visiteur en colère. "Casse-toi, casse-toi alors! Pauvre con va...", répond le président français sans se départir de son sourire avant de poursuivre sa route.( Reuters - Dimanche 24 février, 14h05)

《「おい! さわるな。汚れるじゃないか」腹を立てた見学者が彼をどやす。
「そんなら、うせろ、消えちまえ。Pauvre con が・・・」フランス大統領は笑みを絶やすことなく、こう答えて、先を行った。》

 この «pauvre con» 、なんて訳してよいものやら。ちなみに、pauvre は「哀れな」「みじめな」というような意味だ。だからと言って、con を強調するとは限らない。「けちな間抜けやろう」くらいか? ? ?
 «casse-toi» という表現も含めて、紳士らしからぬ台詞を吐く国家リーダー。はたして任期を全うできるかな。
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外来語こぼれ話 | 23:28:33 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
合コン
大変勉強になり面白かったです。
今、合コンとは、何か息子と話あっていたところでした。
ありがとうございます。
2012-03-23 金 22:57:44 | URL | まさき [編集]
Re: ありがとうございます。
「スキピオの夢」に遊びにきてくださり、ありがとうございます。
ご子息はおいくつぐらいなのでしょうね。
仲のよい、温かなご家庭が目に浮かびます。
2012-03-24 土 08:42:53 | URL | 石田明生 [編集]
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