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ジョークとステレオタイプ
 もう十年も前になるだろうか、家族でイタリア旅行をしたことがある。その時、土産物屋でおもしろいTシャツを見つけた。背中に英語で,次のように書いてあった。ありふれた冗談かもしれないが,教材に使えそうなので買った。今つくづく読んでみて・・・

IN HEAVEN:
THE POLICEMEN ARE ENGLISH
THE COOKS ARE FRENCH
THE BANKERS ARE BELGIAN
THE DANCERS ARE SPANISH
THE LOVERS ARE ITALIAN
AND IT'S ALL ORGANIZED BY
THE GERMANS



【訳】

天国
警察官はイギリス人
料理人はフランス人
銀行家はベルギー人
ダンサーはスペイン人
恋人はイタリア人
そして、これを全部しきるのは
ドイツ人


 もちろんこれだけではおもしろくない。地獄の登場だ。こころみに、かっこ内になに人が入るか、一考するのもおもしろい。


地獄
警察官は(     )人
料理人は(     )人
銀行家は(     )人
ダンサーは(     )人
恋人は(      )人
そして、これを全部しきるのは
(     )人


 このような冗談は、個人が抱いているというよりも、民族を越えたさまざまな国の人が,自虐も含めて抱いている、一種の偏見、ステレオタイプ化された民族観に基づいていると言えるだろう。英語で書いてあるとはいえ,これはイタリア製のシャツであり,たぶんイタリアの冗談だ。だから,どうしても主役はイタリア人ということになるのだろう。イタリア人が、女好き、男好きで情熱的であり、恋人にするならまさに天国というわけだが・・・

さて、このTシャツによる正解は,次の通りだ。


IN HELL:
THE POLICEMEN ARE FRENCH
THE COOKS ARE ENGLISH
THE BANKERS ARE SPANISH
THE DANCERS ARE BELGIAN
THE LOVERS ARE GERMAN
AND IT'S ALL ORGANIZED BY
THE ITALIANS

地獄
警察官はフランス人
料理人はイギリス人
銀行家はスペイン人
ダンサーはベルギー人
恋人はドイツ人
そして、これを全部しきるのは
イタリア人


 この天国と地獄という対立項を見て,人はニヤリと笑う。なぜ笑うのだろう。考えてみれば、不思議だ。
 イギリス人の警察官が天国ということは、警察官としてはイギリス人が理想的ということだろう。逆に、フランス人の警察官が地獄ということは、もちろんこれが最悪の組み合わせということだ。
 ところが、誰でも知っている通り,パリ警視庁の「メグレ警視もの」を読めば,彼及び彼の部下たちがいかに優れた警察官であるか感得することができる。もちろん最近なら,『クリムゾン・リバー』という小説を読めばいい(映画でもいいだろう)。さらに言えば,『レ・ミゼラブル』のジャベール刑事を思い出すといい。英雄ジャン・ヴァルジャンの敵役という不利な立場にいるので目立たないが,あれほどの刑事は19世紀において,白眉中の白眉と思われる。どうしてどうして、フランスの刑事は馬鹿にできない。
 実際,パリの町をパトロールしている「おまわりさんたち」のかっこよさと言ったら,少なくとも我が国の「おまわりさん」とは雲泥の差だ(ごめんなさい)。ローラーブレド部隊、自転車部隊などしゃれた制服を着て、パリの町を颯爽とパトロールしている。去年は騎馬のパトロールも見た。
 反対に,イギリスの警察官はどうだろうか。浅学の徒にして,ロンドンの「スコットランド・ヤード」の活躍する小説を知らない。もちろんイギリスは推理小説の国、「犯罪もの」はオハコだ。が、シャーロック・ホームズも、ポワロも刑事ではない。スコットランド・ヤードは、むしろ彼らに出し抜かれる役回りなのだ。「切り裂きジャック」事件に興味があって、ずいぶんと読んでみたが,スコットランド・ヤードの「お手柄」は残念ながら,あまり見渡らない。
 この話を文学だけに限って言えば,ご存知のように「推理小説」は英語で detective story と言われる。英語の世界,つまりイギリスでは犯罪ものは「探偵小説」と呼ばれているのでわかる通り、「探偵」がヒーローでなくては話にならないのだろう。刑事は二の次というわけだ。
 対して、フランス語では「推理小説」は、roman policier 「警察小説」と言う。だから刑事がヒーローになるのはこれまた至極当然だ。だからといって,フランスの方が警察に関して優れているとはならない。この辺は,両国の警察史を詳しく研究しなければならないが,フランス,特にパリ警視庁はたしかかのジョゼフ・フーシェによってナポレオンの帝政時代にその骨格がしっかりと構築されたと聞き及んでいる。
 ところが,そんな考察などどこ吹く風か,「警察官はイギリス人」というと何だかしっかりしていそうで,「フランス人の警察官」というと、例えば事件が起きた時、食事中ならば、食べ終わってからおもむろに御輿を上げるといった、そんな風情がする。また,イギリス人の警官だと、少々の色仕掛けにも動じそうもない感じがするが,これがフランス人警官だと、いともたやすく、土佐のカツオよろしく、簡単に釣られそうだ。
 料理人話になったらどうだろうか。イギリスにもレストランがあり,コックがいて,料理というものはある筈だ。僕はイギリスに行ったことがないが,そのくらい想像がつく。それでも、おかしみがあるから不思議だ。これは「イギリス料理」という、ジャンルがないせいだろうか。本当にないのだろうか。少なくとも,エリザベス女王の晩餐会でイギリス料理のフルコースが出て来るとは思われない。その場合、おそらく,フランス料理になるだろう。これは日本でもそうだが,王侯の正式料理は大抵フランス料理と決まっているからだ(アメリカももちろん)。
 だが、フランス人の警察官並みにイギリス人の料理人が笑いを誘うのは、果たしてそれだけの理由だろうか。
 「銀行家がベルギー人」だと、安心感があるのだろうか。それはどんな根拠に基づくのだろうか。たしかに、アントワープやブリュージュなどは商業の町という印象が強く,ベルギー商人の逞しさは歴史的に証明済みだ。が,それにしても、スペインにも銀行はあり,スペイン人の銀行員もしっかり働いているのに、おかしみが出て来るのはどうしたことか。
 逆も凄い。ベルギー人のダンサーは存在しないのか。そんなことはない。かの有名なモーリス・ベルジャールはベルギーで活躍していた。たぶん踊りに対する目線がスペイン寄りの「フラメンコ」になっているのだろう、ベルギーだとフラメンコは少し違和感があるか(日本でもフラメンコは行われているが)。
 しかし何よりも凄いのは,恋人だ。イタリア人の恋人に関しては先に言った通りだとしても,「ドイツ人の恋人」は、地獄を思わせるほど、あるいは冗談になるほどとんでもないことなのだろうか。
 もちろんそんなことはない。文豪ゲーテに登場願えれば,事足りる。フゥスト博士が恋したグレートヒェン、ウェルターが愛し抜いたロッテが恋人として滑稽だろうか。どうして,イタリア人の恋人と比べて、ドイツ人の恋人は笑いを取るのだろうか。
 その逆はどうだろうか。ドイツ人は、さまざまな組織をしきるのが,確かにうまそうだ。オーケストラの指揮者を想像すればいいだろう(カラヤン)。とはいえ、イタリア人でも指揮者はいるし,「しきり」の上手な人もいるだろうに。ここでの文脈だと,不適材不適所に国民が配置され,とどめとしてイタリア人という不適材者によって、カオス(地獄)にされてしまう、そんなふうに読める。
 
 ところでこの冗談、残念ながら重要な国が二つ入っていない。アメリカと日本だ。もっとも入っていないところが,いかにもヨーロッパ製のジョークという感じがするのだが・・・
 というのは、ここに登場する6ヵ国の国民は見事に3国ずつの対立構造となっているからだ。つまり,ラテン民族対北方民族(アングロ、ベルガエ、ゲルマン)という対立だ。
 要するに,料理,踊り,恋といった、快楽や歓楽に関することはラテン系に任せておけばよく、対して、警察,銀行,指揮といった、秩序や整理に関しては北方系に合っているということなのだろう。
 例えば,フランス人の料理人をイタリア人やスペイン人の料理人にしてもそれほどの違和感はないし,イギリス人の警察官をベルギー人やドイツ人にしても、問題はないだろう。だから,この冗談は個々の国民性の問題というよりも、南方系と北方系に対して持っているイメージなのかもしれない。だからここに、アメリカ人と日本人は入る余地がないのだろう。
 ところで,こんな冗談もある(『世界の日本人ジョーク集』早坂隆著 中公新書 pp.110-111)。

《ある豪華客船が航海の最中沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。
船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」
ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」
イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」
フランス人には「飛び込まないでください」
日本人には「みんな飛び込んでますよ」》

 スペイン人とベルギー人がいないのは残念だが(もしいたら、彼らにはなんて言ったろう),その代わり,アメリカ人と日本人が入っている。
 ここでも,紳士、規則という秩序のイメージが付加されているのは北方系だ。逆に,恋、違反という反秩序的イメージは相変わらず,ラテン系のものだ。
 この話では、アメリカ人のイメージはヒロイズムになっているが、場合によっては「ビジネス」もあるかもしれない。ちなみに,日本人の集団意識については,著者の早坂氏は石田英一郎の農耕文化を引き合いに出して説明しておられる。日本の「村」は「むれ」に由来することからわかる通り,「むれる」のは日本人の持つ共通意識ということになるらしい。

追記 : 今「筑紫哲也NEWS23」を見ていたら,「卒業式において国歌斉唱の際、起立せず歌わない先生」を取材していた。日本人の中にも、《むれ》ず、流されずに、意志を貫く人がいるんだな。妙に感動したことを付け加えよう。
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雑感 | 23:46:08 | Trackback(0) | Comments(0)
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