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石田明生

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神葬祭・・・神式の葬儀
 この度、近親者を弔うこととなった。死は避けることのできない、人の世のならい。とはいえ、お世話になった人を失うことは身が削られるようなものだ。ただひたすら、八十七歳直前で迎えた、ロウソクの炎が消えるがごとき昇天を、大往生と呼んで慰めるのみ。

 お通夜と告別式は西日暮里にある『メモリアルセレス』という葬儀場でしめやかにおこなわれた。この古代ローマの女神の名を冠した会場で、我らの葬儀は神式にて執り行われたが、後に知ったところによると、ここの立派な神式の祭壇は、この葬儀場でも初めて使用された由、やはり神式の葬儀は珍しいのだろう。

会場

 僕自身もだいぶ長く生きて来たが、故人の母親以来二度しか経験していない。そこで、この場を借りて、報告できればと思い、キーを叩き始めた。結論から言うと、神式の葬儀は、こういうのも変だが、なかなかいいものだ。


 葬儀(葬場祭という)は故人の孫娘が吹くフルートの音(ね)から始まった。曲目は「荒城の月」と「ふるさと」、もちろん故人の好きだった曲だ。久々じっくりと聴いたが、この二曲は日本人の魂に直接呼びかける。どれほど、ロックやラップが流行ろうが、滝廉太郎や岡野禎一の曲は日本人の心のありようにしっくりとなじんでしまう。演奏した音大二年の孫娘の祖父に対する哀悼の気持ちがメロディーに乗り移っていたから、なおさら美しかったのだろう。

五色旗玉


五色旗剣
祭壇の両側に飾られた五色旗(緑の地に白、黄、橙、紫)に、
三種の神器に当たる、玉と鏡(上)、剣が飾られていた。

 「斎主・斎員の入場。全員ご起立お願いします」と、会場側からアナウンスされる。神主とその助手二名がやってきたのだ。いよいよ葬場祭の始まりだ。その助手の年長者のほうの斎員がマイクの所に立ち、司会をする。さっそくきっぱりした声で、
 「修祓(しゅばつ)の儀をおこないます」
 すると大学生のような若いもうひとりの斎員が、幣(ぬさ)の付いた榊を手にして、まず祭壇の前を、次に斎主に向かってお祓いをする。この会場内をすべて幣付きの榊で清めるのだろう。年長の斎員の声が会場内に響き渡る。
 「全員ご起立お願いします。低頭して下さい」
 こうして、参列者全員に向かって榊が振られた。
 「着席して下さい」
 このように、司会の斎員の号令に従って、参列者は起立・着席を何度も繰り返すことになる。かなり頻繁に繰り返されるので、仏式のように、読経の声でついうとうとということがない(少ない?)。
 「斎主一拝」司会の斎員の声が響く。
 斎主は祭壇に向かい、笏(しゃく)を両手に掲げて、深々と一拝をする。
 「献灯の儀」
 若い斎員が、マッチを手にし、ロウソクに灯をともす。こういったひとつひとつの動作に現実離れした恭しさがともなう。
 「葬祭詞奏上!」
 斎主が紙を手に、「かしこみ、かしこみ、天照大神・・・」と、奏上を述べる。このとき、故人の生い立ちから業績、人となりまで紹介される。仏式のお経と異なり、聞き取りやすいのがいいのかもしれない。なにしろ、神主の口から出て来る言の葉はすべて日本語なのだ。
 「弔辞を拝受します」
 二人の方が故人を偲んで、弔辞を述べられた。
 「弔電を奉読します」
 弔電の後はいよいよ玉串奉奠(ほうてん)だ。
 「斎主玉串奉奠」
 斎主が祭壇の前に進み出て、玉串を捧げる。捧げた後、彼はふところから笏(しゃく)を取り出し、両手で恭しく掲げたまま二拝し、ついでまた笏をふところにおさめて、二拍手をする。その際拍手は、神社でのように音を立てない、いわゆる忍び手にて行われる。それから再び、笏をふところから取り出し、両手で掲げて一拝をする。まるでスローモーションを見ているようにゆったりとしたしぐさだ。

御車
祭壇にある花車の飾り(神式とは関係ないそうです)

 「葬儀委員長・・・・玉串奉奠」
 まず葬儀委員長が前に進み出て、榊を手にし、捧げ、二拝二拍手一拝をする。
 「喪主・・・・玉串奉奠」
 喪主が前に出る。こうして、近親の順番に名前を呼ばれ、親族は二人ずつ、親戚のものは四人ずつ、玉串を奉ずる。
 前に進み出ると、斎員の方が一枝の榊を渡してくれる。その時枝の茎の部分は右手、葉は左手の上に載せられる。祭壇正面に向き、枝を置く台の前で、その枝を時計回りにまわして茎の部分を前にして、台の上に捧げる。それから二拝、次に忍び手の拍手を二回、次いで一拝をする。忍び手の拍手というものは不思議だ。身ぶりは賑やかそうにも関わらず、音ひとつ立てない。そのためだろうか、かえって緊張感が張りつめる。親族以外は名前を呼ばれることがないので、参列者の方々は黙々と榊の枝を受け取り、二拝二拍手一拝をする。
 仏式の葬儀の場合、焼香のあいだ読経の声が流れるが、ここでは、祭壇の左手に陣取った三人の楽師が奏でる笙、篳篥(ひちりき)、竜笛の音(ね)が、時にはむせび泣くように、時には笑いさんざめくように流れて、参列者の耳に快い。さすがに、生演奏は違う。神式では葬儀が祭りだという思いをあらためて感じさせる。そうしているあいだ、忍び手の二拍手をする参列者たちが静かに、榊の枝を台の上に積み上げる。

奏者
祭壇の左側にいる楽師たち

 「斎主一拝、起立して下さい」
 斎主は、笏(しゃく)を両手に掲げて、祭壇に向かって深々と一拝する。ところでこの「笏(しゃく)」は、本来「こつ」と読むのだが(実際「こつ」と書かなければ今もこの漢字が出て来ない)、「こつ」は骨に通じるので忌み、長さがほぼ一尺であるところから「しゃく」と呼んだと広辞苑にある。後に斎員の方にきいたところ、「一位(いちい)の木」でてきているそうだ。厚かましくも、手に持たせていただいたが、思ったよりも軽くてびっくりした。
 「斎主・斎員退下(たいげ)」
 この後、雅楽の楽師の方達も引き揚げて、閉式となる。この後の儀式、花入れから出棺までは他の葬式と変わらない
 ところで、仏教ではないのでもちろん戒名というものはない。本名のまま、尊称を付けて呼ばれる。たとえば「山田太郎」という名ならば「山田太郎大人命(うしのみこと)」となり、「山田花子」ならば「山田花子刀自命(とじのみこと)」となる。
 今まで告別式(葬場祭)について書いてきたが、その前日の夕方、いわゆる通夜も執り行われた。式次第は告別式とあまり変わらないが、一点だけ大きな違いがあることを強調したい。このいわゆる通夜は、神式においては「遷霊祭」という祭式で、儀式の中心は故人の霊をこの場に呼び寄せることにあるからだ。
 祭詞奏上の後、その儀は行われた。「全員起立」「全員低頭」の号令の後、会場内の照明がすべて消されて、祭壇の中央にある御神体の鏡に向かって(たぶん、そうだと思う。低頭をしていたためよく見えなかった)、斎主が、「ゴー」か「ガー」かよくわからないが、魂の奥深い所から湧き出たような大音声を発した。その声こそ、故人の霊を祭壇に呼び戻した声に違いない。

御神体
祭壇の中央にある鏡

 確かに、故人の霊がここにいなければ、故人との霊の交流はあり得ないだろう。この遷霊の儀は、儀式上の不思議なリアリズムを生み出すものだった。こうして、故人の霊をこの祭りの場に呼び寄せて(神式では葬儀は「祭り」となる)、翌日の葬霊祭に故人を見送る参列者たちと最後の交流のひととき・・・祭りのひとときを準備する。神式の葬儀は、本来は悲しむべき死・葬送という負の記号を、人生における正の記号である祭りにしてしまう。そればかりではない、神道においては、故人はその家の守り神として奉られるのだ。

 どうか、御霊安らかでありますように。そして、残された人たちをお守り下さい。
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その他 | 18:39:34 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
「神葬祭・・・神式の葬儀」
大変興味深く拝読させていただきました。
近親者をおくられるのに、その祭儀までよく理解なされている御様子、感じ入りました。
ただ通夜における「遷霊祭」について・・・・ 私は神職として奉仕する際、故人の御遺体からその御霊を霊璽(れいじ・みたましろともいいます。いわゆる仏式でいう位牌に相当します)に遷し留める儀式とお仕えしております。「オー」という発声は警蹕(けいひつ)といい、御霊様がお移りになることへの敬礼の一種とお考えください。御霊様はその霊璽に宿り家内に奉祀され、その家の守り神となられるわけです。
出すぎたことを申し上げました、お許しを。
2008-07-08 火 17:41:18 | URL | guuji [編集]
御礼
拙文を読んで下さり、ありがとうございます。また、遷霊祭についてのご指摘、深く感謝いたします。おかげで、守り神としての霊璽の意義がよく理解できました。
2008-07-08 火 18:45:46 | URL | Scipion [編集]
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