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石田明生

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江戸東京博物館から錦糸町
 やっと前期も終了し、先日は妻に誘われて、猛暑の中、両国から錦糸町まで歩いた。
 両国には相撲見物ではなく、江戸東京博物館の特別展『北京故宮 書の名宝展』と、常設展を見学するためだ。書のことはよくわからないので、どちらかと言えば、気持ちは常設展にシフト・・・
 ただ、あまりにも有名な王羲之の『蘭亭序』を一目見るのは悪くはあるまい。そんな不埒な思いで館内を歩いていると、びっくり。その『蘭亭序』の前は、モッコリと人だかりができて、順番待ちの人気ぶりだった。撮影禁止だったので、写真でお見せすることはできないが、見学者の人たちの表情は真剣そのもの、伝説的書家・王羲之の凛とした美しい筆遣いに感動しているのか。それとも、遥か遠い、大陸にまで至る祖先の軌跡(奇跡)に思いを馳せているのか。

博物館江戸東京博物館外観



 花の美しさをいくら愛でても、咲く花にいくら感嘆しても、個々の花の名と、その名の由来等を知らなくては、感動も半端に過ぎないだろう。書も、篆書や隷書など、その美しさに感じ入るも、書かれた文字を読めなくては、喜びも半減ということか。どうも僕は、花からも書からも快楽を半分も引き出していないようだ。無粋、野暮、無学ということか・・・

 昼食は博物館内の「Moi モワ」というレストランで取った。妻はオムライス、僕はカツ重、どちらも860円だった。この食事で、瞠目すべきことが二つあった。
 ひとつは、なかなか食券を取りに来ないおばさん(失礼! でも本当だ)が、我らの「お願いします!」のかけ声でやっと食券を取りに来たと思いきや、間髪を入れずに、まったく臆することなく(あまりに早いのは少し恥ずかしいのでは?)、我がカツ重を持参したことだ。「むむ」その早業に思わず、うなる。
 二つ目は、オムライスのこと。
 オムライスの登場は、カツ重からすると、ワンテンポ遅れた。想像するに、ドゥミ・グラス・ソースをかける手間の分だけ遅かったようだ。さてそのオムライス、驚いたことに、卵焼きの中は単なる白いご飯だった! もちろん、名前に偽りはない。ご飯を卵焼きがくるんでいれば、オムライスには違いないだろう。妻が「食べ飽きた」と言って、残したので、僕も一口食べてみた。食べてみて、オムライスというものの中のご飯が炒めものであることにつくづく感謝したくなった。卵の中が単なる白いご飯だとあまりに味が淡白で、しかもご飯に粘り気があり過ぎて、ご飯がばらけず、卵やソースとからまない。やはり、ご飯を炒める手間は、伊達や酔狂ではなく、必要不可欠だったのだ。無傷のオムライスに、初めてスプーンを入れたとき、意に反して崩れるあの無念さ、それこそ、オムライスの真骨頂だったのだ。
 えっ、カツ重の味は? だって。早業の一品、推して知るべし。

 昼食後、常設展を見学する。

日本橋
日本橋の宝珠


 江戸入りは、日本橋を渡ることから始まる。橋の向こうは商家の建ち並ぶ、時代劇でおなじみの風景が、ミニチュアで再現されている。この目抜き通りの風景に驚かないのは、何十年も見てきた時代劇のおかげだろう。いつのまにか、江戸の町が頭の中にインプットされていたのだ。

町の風景
日本橋を渡った地点


 この博物館は常設展に限り写真撮影が許可されている。それはうれしい。最近日本でも写真撮影可の美術館・博物館が増えているときく。写真を撮りながら見学すると、後で日記等にまとめるときに書きやすい。手がかり無しよりも数段、記憶が甦りやすいからだ。撮影禁止のときには頼らざるを得なかったパンフレットの売れ行きに影響を与えているかもしれない。今や、腕前次第で個人用のパンフレットも制作可能なのだ。ただし、西洋美術館の常設展では、いかに撮影可となっても光がたらず、いい写真が撮れなかった。まあ、腕前のほうも確かではないし、写真機も写真機だし仕方がないか・・・

出産
長屋の生活・出産

三井越後屋
豪商、三井越後屋

助六
助六

大川
大川の船遊び

 ここでは江戸時代の町人の家を覗き込むこともできる。彼等の日々の生活を垣間見、豪商の軒先を歩き、団十朗の芝居小屋まで見物して、江戸体験をする。当時は、もちろん殺人や心中事件はあっただろうが、テロや無差別殺人などなかったのだろう。身分制社会が不思議な調和を見せていた江戸時代が、今よりも良かったとは思えないが、今のような乾燥社会とは異質だったろう。
 それが、江戸から東京に移ると、様相を一変する。西洋文明の影響があまりに強烈だったのか。れんが造りの家が並ぶ町並みが、地震国の日本にあっているとは到底思えない。が、東京は文明開化のまっただなかなのだ。日本で初めてのエレベーターが設置された凌雲閣のミニチュアがすべてを物語る。欧化は国是でもあったのだ。

銀座
銀座

鹿鳴館
鹿鳴館とその庭園を足下に見下ろして歩く仕掛け(定時になると屋根が開き、ウインナーワルツが流れるそうだ)。これは、パリのオルセー美術館にもあるが、高所恐怖症の僕は、どうしても透明の部分に足を乗せることができない。そこに立ってもガラス(というより強化プラスチックか)が、絶対に割れないのはわかっているが、だめだ。足が地に着いてない感じがするのだ。ところが、これが怖いけれど結構おもしろい。


 土産物売り場で、けん玉をひとつ買う。この夏フランスへ行く時のお土産にするためだ。と言っても、フランスにけん玉というものがないわけではない(le bilboquet と言う。jouer au bilboquet 「けん玉をする」)。それどころか、モーパッサンの小説『ベラミ』には、けん玉好きの登場人物がいる。彼は、けん玉をするのも好きだが、世界中のさまざまなけん玉を収集してもいる。小説の時代は1880年代だから、こちら日本では、博物館の「東京」の時代、欧化政策まっただ中の時代だった。
(注: ウィキペディアによると、けん玉はむしろフランスのほうが有名だったらしい。というのは、ルネッサンス後期の王、アンリ3世がひどく好んだという記録があるからだ。日本には江戸時代に伝わったとか)

 博物館を出て、炎天下わずかなビルの影を頼りに、「北斎通り」を錦糸町へと向かった。三谷幸喜の映画『ザ・マジックアワー』を見るためだ。これも妻の趣味による。
 映画は、監督のお仲間たちが集まって、爆笑コメディーを演じるという、清涼飲料水のような作品だ。猛暑の中、涼しい映画館で、馬鹿笑いをするのがみそだ。今、清涼飲料水と言ったが、スポーツドリンクくらいの効果はあるかもしれない。
 ところで題名の「マジックアワー」とは、太陽が地平線に沈んだその一瞬を指すらしい。まだ残照で暗くならず、とはいえ、見過ごすとまばゆい一瞬の美は過ぎ去ってしまう。それは一日の終わりでもあるが、おそらく人生の「マジックアワー」でもあるのだろう。作品の中では、それを佐藤浩市と柳澤愼一が演じていた。
 太陽の沈む一瞬が問題となるということでは、エリック・ロメール監督の映画『緑の光線』がそうだ。この場合は、太陽が大西洋に沈む刹那、緑色の光線を発するというのだ。もっとも、この「緑の光線」は、ロメール監督のオリジナルではない。ジュール・ヴェルヌの小説から引用している。いずれにせよ、日が沈む一瞬に目を付けている点では、面白いかもしれない。マジックアワーについて言ったように、一日は、たやすく一生の暗喩となりうるからだ。
 さて、僕の一日、マジックアワーはあるのかな。
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プロムナード | 19:57:12 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
オムライス
スキピオさん、
本当にあの江戸博の食堂のオムライスは酷くて笑えますね。
階下の「モダン亭」の方は、友達のかにちゃんやOさんと一緒に行きましたが、少しお高いけれど味は普通でしたよ(美味しい・・・というほどではなく普通です^^;)
さて、「ザ・マジックアワー」、佐藤浩一は何やっても格好良いです♪
柳沢慎一が出てきたのには驚きました。むかーし池内淳子と数ヶ月結婚していましたよね。三谷幸喜氏は密かにファンだったのでしょうか。
スキピオさんの好きな深津絵里が出演していて良かったですね(^^)v
「緑の光線」はノルマンディーで見ることができるのでしょうか?
映画ではノルマンディーだったような気がしますが。
2008-07-29 火 21:20:12 | URL | コクリコ [編集]
コクリコさん、こんにちは。
映画「緑の光線」で、緑の光線を見るシーンは、ノルマンディーではなく、スペイン国境に近いビアリッツだったと思います。
深津絵里はかつてNHKで見た「虚無への供物」の時、いいなと思ったのことを記憶しています(歌は今ひとつでしたが・・・)。今回も良かったですね。
2008-07-30 水 08:09:59 | URL | Scipion [編集]
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