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なぜ謝るのか、宮本選手・・・オリンピック敗戦の弁について
 以前、「ナイン」話を書いたが、オリンピック野球は指名打者制をとっているので、ナインはあり得ないことに気付いた。指名打者制をとるならば、「ナイン」ではなく「テン」になるからだ。
 そういえば、巨人軍ナインのセリーグも、浦学ナインの高校野球も、どちらも指名打者制をとっていない。「ナイン」というのも一分の理があるかもしれない。指名打者制をとっているパリーグでは、たとえば、まさか「西武ナイン」などと、言わないでしょうね(今、フジテレビのアナウンサーが、オリンピック帰りの野球チームを「ナイン」と表現していた。8/25)。


 ところで、今回のオリンピック野球、みんなが批判的な言辞を弄しているときに、それに追い討ちをかけるつもりは毛頭ないけれど、またまた星野ジャパンのことに言及したい。
 野球がさんざんな結果になったのはだれでも知る通りなのだが、こうなると問題なのは敗戦の弁だ。星野監督が「僕の責任だ」と謝るのは当然だが、主将らしい宮本選手が「申し訳ありませんでした」(8/24のTVニュース)と謝っていたのには、ぶったまげた。
 戦前の日本ではあるまいに、日本を背負って世界大会に出たわけでもあるまいに(だれも腹を切れなどとは言わない)。
 一所懸命に戦った選手は、手を抜いたわけでもない選手は、試合に負けたからといって、謝る必要などまったくないのだ。柔道の鈴木選手も、マラソンの尾方、佐藤両選手も、野球のG・G佐藤選手も、もちろん謝っていないと思うが、絶対に謝る必要はない。なぜなら、試合というものは、必ず勝ち負けがあり、必ずどちらかが苦杯をなめるからだ。自分が勝ったということは、相手が泣きを見るということだ。自分が負ければ、相手が歓喜に浸る。スポーツの試合の場においてはどちらも同価値なのだ。それなのに、宮本選手は謝った。
 彼はどうして謝ったのだろうか。野球選手だけが、選手村に入らず、高級ホテルに泊まり、贅沢三昧したにもかかわらず、勝てなかったからだろうか。それとも、我々の知らない「うしろめたさ」があったからだろうか。
 「金以外のメダルはいらない」と豪語していた野球チームには、体質的に謝罪すべき何かがあったのだろう。もしかするとその何かが、選手のプレーにプレッシャーを与えていたのかもしれない。「何か」とは?
 オリンピック精神、つまりアマ的精神(スポーツ大好き精神)は、勝っておごり、負けて謝罪する心のあり方とは相反するものだ。日本の野球チームにあったのは、そういうアマ的精神ではなく、「勝ってなんぼ、負けてなんぼ」というプロ的精神だったのだろう。だから、もし彼等が金メダルを取ったとしたら、他の競技の選手のような反応を見せず(それは感動的だった!)、日本最高のプロ集団なのだから、優勝して当然というクールな反応をしたかもしれない。
 ちなみに、今朝のニュース(8/26)で、卓球の福原選手が敗戦の弁を語っているのを見た。「応援してくれた皆様に、申し訳ないという気持ちでいっぱいで・・・」
 よかった、謝らなくて。
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雑感 | 08:58:26 | Trackback(0) | Comments(0)
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