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石田明生

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『居酒屋』の世界(2) ・・・婚礼の日
 この小説の主人公は、マルセイユ近くの村から、男と二人の子供とともにパリに出てきたジェルヴェーズという、若い女だ。彼女は家族4人で現在のメトロ駅「バルベス・ロシュシュアール」近くの「親切館」という宿屋に住みついた。ところがそのランチエという遊び人は、一週間かそこいらで、新しい女を連れて出奔してしまう。
 それでも、ジェルヴェーズは、近くの洗濯屋で洗濯女として働き、二人の子供を育てながら、パリの生活にとけ込んで行く。近くに住むブリキ職人のクーポーは、そんなジェルヴェーズに一目ぼれして、強引とも思える求婚で、ついに彼女と結婚する。
 物入りになるので、彼女は結婚式や披露宴をしたくなかったのだが、クーポーのたっての願いで、結婚式をすることになる。この婚礼の一日は、まさにローアングルで撮られた庶民そのものを目の当たりにできる傑作のシーンだ。


 新郎は二人の男性、新婦は二人の女性を立会人として選び、総勢6人で区役所に行く(小説ではクーポーの母親も立ち会う)。区長がやってきていよいよ式だ。
 
 《形式的手続き、法典の朗読、質問、書類の署名、これらがまことにてきぱきと片づいたので、せっかくの儀式を半分ごまかされたみたいな気がして、一同はたがいに顔を見あわせた。・・・略・・・新郎だけは字が書けぬために十字架を一つ書いた。一同はめいめい四スーずつ貧乏人に施しをした。給仕に結婚証明書を手渡されたとき、クーポーはジェルヴェーズに肘を突かれて、やっともう五スー思い切って取り出した》(pp.118-119)

 散々待たされたあげく、儀式が始まるとあっという間に終わってしまう。まさに拍子抜けだ。区長にしてみれば、低額納税者の結婚など、単なる事務処理以外の何ものでもないのだろう。
  ところで、この区役所はどこにあったのか。この小説の舞台は18区だが、もちろん現在の区役所ではあるまい。モンマルトルの丘の北側、「モン・スニ通り」の下り切ったところにある区役所は、彼等の住まいがある Rue de la Goutte d’Or (「グット・ドール通り」)から、離れ過ぎている。第一に、モンマルトル界隈がパリ市に編入されたのは1860年だから、1850年頃に設定されている、この結婚式当日には、まだ18区は存在していない。

Goutte d'Or
現在の「グット・ドール通り」
この美しい名前(Goutte d'Or 黄金のしずく)は、有名な葡萄酒を生み出す、葡萄畑に由来する。
中世の時代、パリ市は国王にこの Goutte d'Or のブドウ酒を4樽進呈する習わしになっていた。
現代作家ミッシェル・トゥルニエは、『黄金のしずく』という小説をものしているが、この
「黄金のしずく」は、宝石の名前だ。主人公のベルベル人の少年もやはりこの通りの近く
に住みつく。現在この辺りは、マグレブ人やブラックアフリカ人が多数を占める。

 区長(市長)のもとで、結婚式が行われるのは、現在でも同じだ。だから、市役所や区役所の前を通りかかると、たびたび花嫁・花婿を取り囲んだ陽気な一団に出会う。
 この一節で目を引くのは、クーポーが字を書けないという事実だ。もちろんジェルヴェーズも教育を受けたわけではない。が、たいていのものは自分の名前ぐらい書けるのではないだろうか。それなのに彼は、中世の人間のように、署名代わりに十字架を書く。さらに驚くのは、彼が名前を書けないことにだれも特別の反応をしていないことだ(たとえば、からかいもない)。ジェルヴェーズも、付き合っているとき結婚相手の文盲ぶりに、たじろいでいる様子もないし、彼もそれを恥じている様子もない。結局、つれあいとなる男の価値は、飲んだくれではなく、暴力的ではなく、怠け者ではないという3点なのだろう。実際、結婚して数年間、クーポーはまさにこの条件を備えていたのだが・・・
 さて、区役所の次は教会だ。信仰心のないクーポーだったが、やはり結婚にはミサが必要と思ったのだ。このブリキ職人がミサ代を値切ったせいか、それとも昼食前で司祭が空腹だったせいか、手早くミサがすまされてしまう。ちなみに、ミサ代は6フランのところをクーポーが交渉して、5フランにまかしたのだ。
 こうして一行は、披露宴会場のレストラン兼酒場「銀風車」にやってくる。ここで簡単な昼食(2リットルの葡萄酒、パン、ハム、チーズ、合計4.10フラン)をとり、他の会食者たちの到来を待つ。宴会は夕方なので、全員で《サン・ドニの原っぱ》に遠足に行こうというわけだ。この「サン・ドニの原っぱ」とは、パリの北に隣接する町、現在のサン・ドニ方面だろう。というのも、行きは列車に乗り、帰りはブラブラ歩いて来ようというのだから。
 ところが、みんな集合したころ、あいにく雷雨に見舞われてしまう。雨はおっつけ上がるだろうが、ずぶぬれの原っぱでは粋な散歩というわけに行かない。会食は6時に予約してある。それまでの4時間を、さあどうする。
 このとき出てくる暇つぶしの提案もおもしろい。ひとりは、トランプ、ひとりは買い物、ひとりはおしゃべり、ひとりはすぐに食事をしようと言い出す。また、ひとりは、ペール・ラシェーズ墓地へ行き、エロイーズとアベラールの墓参りをしようという。これを提案したのはクーポーの義兄だが、さすがにアベラールとエロイーズは、庶民の間でも知られていたのだろう(注)。

(注) 時代は約50年以上下るが、有名なグザンロフ Xanrof が「エロイーズとアベラール」という曲を作り、ロートレックの絵で有名な歌手イヴェット・ギルベール Yvette Guilbert が、モンマルトル界隈で歌っている。
 残念ながら、この中世の大恋愛が庶民の関心を引いたのは、文学的というよりは、興味本位的(アベラールの男性器喪失)な部分だったと思われる。



 最後に、紙箱製造業者のマディニエ氏が、美術館に行くことを提案する。

《みんなはたがいに見つめあい、探りあった。いかにもジェルヴェーズはそこを知らなかった。マダム・フォーコニエもそうだ。ボッシュも、ほかの連中もみんなそうだ。クーポーはいつだったか日曜日に行ったことがあるような気がした。だが、よくは覚えていない。しかしみな二の足を踏んでいた。・・・》(p.128)

 すると、クーポーの姉が、せっかく晴れ着を着ているのだから、勉強になるものを見学するのはいいのではないか、と賛成すると、全員一致を見る。
 こうして、総勢12人からなる奇妙な一団の、パリ縦断とルーヴル見学とあいなったのだ。
 提案者のマディニエ氏だけが、ルーヴルを知っていた。だから彼が案内役を買って出る。
 ところで、彼等はどんな美術品を目にし、どんな反応をしたのだろうか。
 まず彼等が入ったのは、アッシリア美術の部屋だった。そこのフェニキア文字にびっくりする。「こんなもの読めるわけがない!」
 次に、これは美術品ではないが、一行は《赤いチョッキに金筋入りの制服》を着た守衛の姿に感動する。
 「メデュース号の筏」の前で、テーマが説明されると、みな感動し《身動きもせずに黙りこくって》しまった。
 ジェルヴェーズは「カナの婚礼」(ヴェロネーゼ作)に興味を持つ。クーポーは「ジョコンダ(モナリザ)」の前で立ち止まり、叔母のひとりと似ていると感想を漏らす。ボッシュとビビ・ラ・グリヤードの二人は、ギリシャ神話上の美女「アンティオペア」の太腿にぞくぞくする。この作品は、たぶんティツィアーノのものだろう。ゴードロン夫妻はムリーリョの聖母像の前で、《感動のあまりぽかんとつっ立っていた》。
 同じような髪の色なので、クーポーの姉はティツィアーノの作品「愛人」(「化粧する女」)に興味をそそられる。すると、得意満面のマディニエ氏は彼女こそ美女フェロニエールで、《アンリ4世の愛人だった》と教える。ところが、その「美女フェロニエール」は、アンリ4世ではなく、フランソワ1世の愛人だった。レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が有名だ。知ったかぶりの氏が間違えるのもおもしろい。その間違いを指摘するものはいないのだから。
 また、彼等は模写をしている画家たちに興味を持つ。が、その画家たちが逆に《結婚式の一行》が来たというので、大笑いしながら駆けつけてくる始末だ(注)。

(注) 現在の美術館内の光景とまったく異なるのは、模写をする画家たちが多く、見学者が少ないことだ。館内で彼らが出会うのは、これらの画家と守衛だけだ。

 次に足を止めたのは、ルーベンスの「ケルメス祭り(正式には「ケルメス・村祭り」)」の前だ。この、男女共に入り乱れた無礼講の画布を前にして、

《ご婦人たちはこの絵に顔を近寄せて、小さな叫びをあげた。真っ赤になって顔をそむけた。男連中はそんなご婦人たちを引き止めて冗談を言っては卑猥な細部を目で探した》(p.136)

 このように、マディニエ氏は得意然として、美術館内を案内するが、うろ覚えだった彼は迷ってしまう。まったく迷路のようなのだ。にっちもさっちもいかなくなったとき、守衛たちが、「閉館! 閉館!」と叫び出す。出口がわからなくなった彼等は、館内に閉じ込められる恐怖にかられるが、守衛に先導されてやっと館外に出る。時間は4時だった。
 当時のガイドブック(1863年刊)、ブルーガイド(Guide bleu) によると、ルーヴル美術館は(他の美術館もそうだが)、正午から4時まで開館していた。また、このグート・ドル街の一行が入場料を払った様子がなかったので、調べると、無料だったようだ。もっとも無料だから、彼等は暇つぶしに美術館を選んだのだろう。
 美術館を追い出された一行は、まだ食事時間まで2時間あるので、ヴァンドーム広場へ行き、ヴァンドームの塔に登って、パリの景色をながめる。ここは有料で、ひとり2スーだった。現在、観光客はこの塔に登ることはできないと思われるが、帝政時代には、このナポレオンを讃える塔は、市民に開放されていたのだろう。
 上に昇ると、この12人は、自分たちの街の方面をながめて、建物の特定でもめてしまう。「あれが銀風車だ」「いや、違うあっちだ」というぐあいだ。
 このヴァンドームから、レストランのある現在の18区(メトロの「バルベス・ロシュシュアール駅」あたり)まで、また一行はとぼとぼ歩いて帰る。
 さあ、いよいよ宴会だ。この食事風景がものすごい。
・・・続く・・・
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文学雑感 | 06:57:06 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
お久しぶりです。

《メデューズ号の筏》は、確かに説明を受けないで絵を見たときと、説明を受けて絵を見るのとでは印象が180度変わってしまうと思います。(苦笑)

そういえば、クーポーの字が書けないシーン、映画(たしかルネ・クレマン監督作品)でも忠実に再現されていましたよね。
2008-09-11 木 14:38:02 | URL | titanx2 [編集]
tianx2 さん、本当にお久しぶりです。残念ながら、映画を見ておりません。たぶんすごい映画でしょうね。
昨夜遅く(9/14)、フランスから帰国しました。「居酒屋」の舞台となっているバルベス・ロシュシュアール界隈で、安いバッグ(たった5ユーロ!)を買いました。現在この辺りは、アフリカ系の人たちであふれ、熱気ムンムンです。
また、いずれ旅行記に書くつもりですが・・・
これからもよろしく。
2008-09-15 月 23:28:28 | URL | [編集]
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