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石田明生

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十二万本の雛罌粟(コクリコ)・・・「昭和記念公園」にて
 砂川闘争、そんな言葉がぽつんと浮かんだ。この単語が一人歩きしていたのはいつのことだったのだろうか。

 五月二十九日、一日昭和記念公園に遊んだ。ma femme が十二万本の雛罌粟が見られると言って、僕を誘ったからだ。この十二万という数字がなかなか頭の中で具体的に結実しない。もしかするとすごいのかも知れない。モネの絵のように野原一面に赤い雛罌粟の絨毯となっているのかも知れない。

一輪のコクリコ

 そして、与謝野晶子がフランスで「ああ皐月フランスの野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)我も雛罌粟(コクリコ)」と詠んだように、僕たちが朱に染まるほど燃え立つように十二万本の雛罌粟が迎えてくれるのかも知れない。




 立川駅を降りる頃は、だんだん気分が盛り上がって来ました。

 
行列.JPG

タイトル『行列』三木俊治作

風に向かう

タイトル『風に向かう』赤川政由作

 毎週使っている立川駅がいつもと違うように見えるから不思議です。何十回と歩いていたのに『行列』や『風に向かう』という駅前のオブジェに初めて気付きました。僕だけでしょうが通勤というのはこんなにも不毛な移動をしているのか、今さらながら驚くとともに、少しゾッとしてしまいました。

駅近くのオブジェ

[公園に行く途中のオブジェ]


フットライト

[入り口手前にある花壇のサッカ-ボ-ル型のフットライト]

 記念公園の入り口は駅から歩いて十分くらいです。たいへん立派な入り口で、「昭和天皇記念館」やきれいなトイレがあるばかりか、なんとエスカレーターとエレベーターが設置されています。

天皇記念館のトイレ

[右手の個室は桧作りになっています]

 三階分ほど登りますか、すると頑丈な橋(みどり橋というそうです)の向こうに本当の入り口・・・本当と言うのは入園料の支払い窓口があるという意味です。大人一人四百円なり・・・が遠くに見えます。

カナール

「カナール」

並木道

[並木道]

 一瞬、去年歩いたパリのサン・クルー公園を思い出しました。左右対称の樹木と真ん中に運河(カナール)のような池、先に噴水、いわゆるフランス式の庭園なのでしょう。もちろんサン・クルーほどの広さはないのでしょうが、この公園も何となくだだっ広いので、ふと頭に浮かんだのでしょう。

噴水

 噴水の彫刻がきれいなのに作者名が書いてありませんでした。これほどの作品、製作するのにどれだけ苦労したことか、パネルに書いてあげればいいのに・・・そんなことを考えていますと、また彫刻がありました。

花咲く頃

タイトル『花咲く頃』つる田清二作(鶴ではなく、「つる」の漢字が出ません)

 こんどは書いてあります。その作者の方を存じあげなくとも、そしてたとえすぐに忘れてしまうにしても、名前を読み上げるのは嬉しいことです。花や樹木についても同じことが言えますが。
 まず僕たちの足を止めたのは「水鳥の池」に隣接する「菖蒲田」です。菖蒲の田圃にもかかわらず、感心したのは睡蓮の美しさでした。

赤の睡蓮


白の睡蓮

 やはり去年行ったモネの家の庭園を思い出しました。もし時期が今時分でしたら、もっときれいだったろうに。モネの家に行ったのは八月末でした。「仕事をしている内はこの時期にモネの家に行くのは絶対無理だね。ここで我慢、我慢」などと話しながら、シャッターを切りました。

カエル
 
[ハ-ブ園の蛙の水盤、隠れていた本物の蛙の鳴き声がしました]

コモンマロウ

「コモンマロウ」

カルミア

「カルミア」

 近くのハーブ園では、ハーブ茶のサービスをしていました。「冷めてしまいましたがいかがですか」と、すすめられましたので、一服いただきました。カモミール、レモンバーム、レモングラス、ミントなどのミックスされたハーブティーでした。熱くなくてかえっておいしかったような気がします。すすめて下さった方たちはハーブ園を作る有志の方たちだそうです。どうもありがとう。ご苦労さまです。

みんなの原っぱ

[みんなの原っぱ]

この木何の木

[みんなの原っぱの真ん中にある巨木]

 さていよいよ、雛罌粟の野原(「みんなの原っぱ」というそうです)です。
 広い野原でした。十二万本の真っ赤な雛罌粟は向かって左側に集中して咲いていました。とても稠密に咲いているので、さすがに広い野原一面というわけにはいきません。でも丈が高く、大振りの花は身を寄せ合って、僕たちにポーズをとっているようでした。

コクリコ1


白筋のコクリコ

 絵を描いている人を見て、ma femme は「日傘を忘れた」とのたまいました。そう、僕もすっかり忘れていました。彼女はモネ夫人の気分にはなれませんでしたが、与謝野晶子風に「コクリコ、コクリコ」と言って写真撮影に余念がありませんでした。

赤いコクリコ

[コクリコ近撮]

ピンクの

[ピンクのコクリコ]

コクリコ見出し

 草上の昼食はすっかり定番になったサンドウィッチとペットボトルに詰めて持って来た赤ワインです。安ワインでも雛罌粟を見ながら飲めば極上というわけです。
 食後、僕はアリにたかられながら午睡、ma femme はアリが嫌いなので写真撮影。
 昼食休憩後、日本庭園を見に行きました。

やまぼうし

[途中で見つけた「ヤマボウシ」の花]


日本庭園トイレ

[トイレのきれいなのに驚いて思わずシャッターを切りました]


 するといきなり後ろで掃除係の人が「今日は」と声をかけてきました。僕はあわてて、「トイレのステンドグラスがとてもきれいなものですから」と言い訳をしました。というのもトイレでカメラを出して写真撮影していると、変質者と思われたらたいへんですから。すると、その人は相好をくずして、右手で外を指しながら「そうでしょう、そうでしょう。ここのトイレはなんかの賞を取ったことがあるんです。もうひとつあちらにあります。あちらの方がステンドグラスがきれいかも知れません」と教えて下さいました。僕のふるまいに訝しげというよりも喜んでいる様子でした。ご自分の仕事場に自信がおありなのでしょう。
 とりわけ、日本庭園がゴミもなく、きちんと整頓して見えたのは気のせいだけではないかも知れません。

休憩所

[日本庭園の休憩所]

 一体にこの公園にはトイレの数が多く、清潔かつ近代的、という印象を受けました。フランスの庭園は入園が無料で楽しめるのはいいのですが、トイレが少なくて閉口します。例えばエッフェル塔のある「シャン・ド・マルス公園」、あの広大かつ観光客の数の多い公園にいくつトイレがあるのでしょう。一度探したことがありますが、「エコ-ル・ミリテ-ル」の方にやっと自動式のトイレを一基見つけただけでした。探し方がヘタと言われればそれまでですが、目立たないのは確かです。とまあ、フランスのトイレ事情の悪口をここで書いても仕方ありませんが。
 四百円の入園料もこれなら納得せざるを得ないでしょう(本当の入り口前の入り口のトイレ、つまり入園料を払う前のトイレも近代的、かつきれいでした。思わずシャッターを切った程です)。

菖蒲2

[菖蒲近撮]

菖蒲

「菖蒲」

八つ橋

[八つ橋]

庭園

[写真を撮る女性]


 次は、カルフォルニア・ポピーを見ようと「こもれびの里」に向かいました。途中の地図を見ますと、「砂川口の方面」と書いてあります。「砂川」という地名がおぼろげな思い出とともに具体的になってきました。まるで、焦点の定まらない映像が徐々にまとまって、最後にくっきり見えるようになる、あのクイズの映像のようです。「それではここが砂川闘争の砂川だったんだ。」
 そう思った瞬間、少し前からやけにヘリコプタ-が飛び交っているな、とぼんやり考えていましたが、「砂川口」に近づくにつれ、その爆音が激しくなってきたことが感じられます。あとでわかりましたが、ヘリコプターの修理工場(?)があるそうです。その爆音とヘリコプターの曲芸飛行のような飛び方から、昔ニュース映像で見た「砂川闘争」の模様が思い出されました。そう「昭和記念公園」は元は米軍の基地だったのです。それが昭和時代に返還されたので、「記念公園」と命名されたということです。
 僕達はこうして基地が返還されたおかげで、美しい公園を満喫し楽しめます。ところがこの、「砂川闘争」その結果としての基地返還は、思いもかけない問題を投げかけていることに、うかつにも土曜日(6/10)の「日本の、これから・・・米軍基地について」というNHKの番組を見て初めて気付きました。
 日本における、沖縄の米軍基地の割合は、現在75%だそうですが、以前はもっと低かったそうです。はっきりした数字は忘れてしまいましたが、30~60パーセントというように少しずつ上昇し、現在の数字になったそうです。あの番組をご覧になった方には、あるいは前々からこのことに関心のおありの方には退屈なことかも知れませんが、なぜ沖縄の基地の占める割合が増えたか、と言いますと、これは「三宅アナ」の報告ですが、本土では反基地闘争が盛んだったために返還が容易になったが(基地の返還を公約にすれば選挙は勝利確実となることは前の都知事選で証明されています)、沖縄は戦後のアメリカ統治という事情とその後の特殊性のために返還闘争はできず、その結果、ほとんどそのまま残ったそうです。ですから、本土の基地が減少するにつれ沖縄の基地の割合は上昇したのだということです。「昭和記念公園」を散歩していた時、まだそのテレビ番組を見ておりませんでした。「砂川闘争」をそういう意味付けで考えてはおりませんでした。
 今は少しわかってきました。基地返還という我々にとって喜ばしいこと、十二万本のコクリコを愛でて楽しめること、それは知らない内に沖縄の人たちにあのヘリコプターの爆音以上の爆音を押し付けていることになるのだということをです。

カリフォルニアポピー

「カリフォルニア・ポピー」

ポピー

 さて、黄色いカフォルニア・ポピーはその名前にもかかわらずなんの屈託もなく、どこまでも明るく、楽しげに咲いていました。

矢車菊2

「矢車菊」

矢車菊

[「矢車菊」近撮]

金鶏菊

[「金鶏菊」こもれびの里に咲いていました]

 出口に向かっていますと、彫像がありました。

風になって

タイトル『風になって』樋口恭一作

ユ-ウツ像

タイトル『ユ-ウツ像』


 帰りはまた立川駅に出ましたが、偶然その時に乗った列車が特別仕立ての「
むさしの号」という列車でした。その電車はなんと立川から(たぶん高尾から)大宮行きの直行便です。僕達は北朝霞まで曲芸のように立川からトンネルをくぐり武蔵野線に入って、ひた走るその列車に乗りました。子供の時の遠足気分がちょっと味わえました。ちなみに、立川駅発17時8分頃だったと思います。

むさしの号

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プロムナード | 10:20:09 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
Scipion先生
こんにちは。気になったので家に帰るやいなやHPを拝見しております。
私が矢車草だと思っていたのは、矢車菊が正しいのですね。
それじゃあ、矢車草って? 植物、弱いです...。
2006-06-14 水 16:12:25 | URL | koharu [編集]
koharu さん、こんにちは。
僕も草花にとても弱くて、完全に他力本願ですが、以下のHPを見ますと矢車草の写真があります。ご覧下さい。

http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/yagurumasou-2.html

矢車草は葉が矢車の形をしているので、そう呼ばれているそうです。
ではまた、失礼します。
2006-06-15 木 19:24:55 | URL | Scipion 明生 [編集]
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