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石田明生

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マルタン家の朝
九月八日(月)

 夜のしじまとはよく言ったものだ。シュヴァンヌの夜は、物音ひとつしない、深海のように静まりかえっていた。車やテレビなど人工的な物音はもちろん、日本ならこの時期にひっきりなしに聞こえる虫の鳴き声さえまったくしないのだ。
 まさに、M. ポルナレフが、《耳をすませば沈黙》と歌った、あの静けさだ。

家と井戸
ゲストハウスと庭の井戸、この井戸は現役です。

卵
取り立ての卵



『誰がおばあちゃんを殺したの?』
        作詞・作曲 ミシェル・ポルナレフ

むかし、おばあちゃんの時代がありました
庭には花々が咲いておりました
時は過ぎ去り、心模様だけが残ります
そうして手には、もうなんにも残りません

<繰り返し>
誰がおばあちゃんを殺したの?時間だろうか?
それとも暇つぶしをする暇さえなくなった
人たちだろうか?
ラ・ラ・ラ・ラ・・・

むかし、おばあちゃんの時代がありました
耳をすませば沈黙がありました
木々には枝がつき、枝には葉っぱがついて
葉っぱには群がる鳥たちがさえずり歌っておりました

<繰り返し>

井戸
井戸と果樹


ブルドーザーがおばあちゃんを殺したの
そうして、花々を杭打ち機に変えてしまったの
歌だけが命の鳥たちには工事現場しかなくなったの
そのためかしら?みんなあなたを偲んで泣いてるの

誰がおばあちゃんを殺したの?時間だろうか?
それとも暇つぶしをする暇さえなくなった
人たちだろうか?

 この歌は40年近く前に作られたものだが(1971)、幸いにして、シュヴァンヌのような田舎では、「おばあちゃんの時代」がまだ少しは残っているのだろう。朝はまさにこの歌のように、鳥たちの鳴き声で目を覚ました。夜とは打って変わって、鳥たちの鳴き声がかまびすしい。早起きの僕は、そっと起き出して、近くを散歩することにした。

窓からの
一階の窓からの眺め

 果樹の植えてある、緑豊かな庭を突っ切って抜き足差し足で往還に出る。往還は、車がやっとすれ違うことができるほどの狭い田舎道だ。六時頃だろうか。マルタンさんご夫妻はもちろん、二・三軒ある、近所の家の人たちも寝静まっているのだろう、物音が聞こえない。

近所の牧場
マルタンさんによると、白馬はアラブ馬,茶色はパレード用の馬だそうだ。

 こんなうまい空気を吸ったのは、いつ以来だろうか。と、のんびり歩いていたら、我がゲストハウスの向き合いの家の犬と目が合ってしまった。すると、その大型犬は、僕のほうに向かって、吠え始めたのだ。さあ、たいへん! 太宰治の『畜犬談』ではないが、第一に僕は犬に弱い。それだけで大変なのに、まずいことに、こんな田舎に住んでいるような犬は僕のような東洋人のにおいを嗅いだことがなく、ひどく興奮するに違いない・・・見ると、犬は放し飼いになっていて、こちらに向かってくるではないか。走って逃げるとかえって刺激すると思い、恐る恐るバックし、なんと言ってよいかわからないので「Sage! Sage!」と唱えることにした。結局彼は、往還まで出て来たが、途中で停まって、僕が後ずさりするのをじっと見ている(あとで、マルタンさんにこのことを報告したら、この犬はとてもいい(sage)犬で、噛み付くことは絶対ないと言っていた)。
 田舎の朝の散歩とは我ながらいいアイデアと思ったが、とんだ結果になったものだ。別の方面を歩いても同じだろう。考えてみれば、農家には犬が、しかも大きな犬がいるに決まっている。番犬代わりでもあるからだ。というわけで、すごすごマルタン家の庭に引き揚げ、鳥たちを観察することにした。野鳩はわかったが、それと同じくらいの大きさのきれいな鳥はなんだかわからなかった。後でマルタンさんに教わったが、残念ながら忘れてしまった。

バス・トイレ
バス・トイレ

キッチン
キッチン

食堂
食堂

サロン
暖炉のあるサロン

 家に戻り、まずは朝風呂に浸かることにした。このゲストハウスは、バス・トイレはもちろん、システムキッチン(食器、食器洗い機、冷蔵庫)から、立派な暖炉付きのサロンまである。来客用というのに何と贅沢な作りだろう。これが、ブルジョワの家なら納得できるが、こんなことを言うと大変失礼だが、マルタン家はごくごく普通の給与所得者のお宅なのだ(以前書いたことがあるかもしれないが、ヌヴェールの町で柔道の先生をしていた。今は定年退職し、趣味的に子供たちに稽古をつけている)。
 日本の普通人とどうもレベルが違うようだ。少なくとも、我が家とは天と地ほども違う(もっとも我が家は普通以下かもしれないが)。だが、マルタン家の贅沢度はまだまだ序の口だった。
 離れとして立っている納屋には、マウンテン・バイクが何台か(5台だったかな?)と、カヌー、アーチェリー(と和弓)などなど、が所狭しと置いてあった。実際、僕たちはサイクリングに誘われたが、遠慮した。そのかわり、庭で弓を射させてもらった。マルタンさんの鋭い矢と比べ、我が非力さだけが目立って恥ずかしい限りだった。実は、彼の弓は実用でもある。というのも、彼の最大の趣味は、狩猟だそうで、実際弓で狩りをしているのだ。前日射止めたノロジカの太腿と脚を見せてもらった。

ノロジカ
キッチンのテーブルに置かれたノロジカの腿と脚

獲物は主に、ノロジカ、イノシシ、ウサギ、カモなどだそうだ。もちろん彼は手ずからバラして、調理用の肉にする。夕食の時、彼が射て、自ら料理したイノシシのテリーヌをいただいた。フォワ・グラとイノシシの混合が絶妙の味を引き出していた。最高の贅沢かもしれない。
 贅沢と言えば、奥さんのマリー=クロードが作るジャムも、贅沢な一品と言えるだろう。道端になっている mûre(クロイチゴ、桑の実とも辞書に書いてあるが少し違う)と、庭になっているフランボワーズで作られる。庭の果樹にはリンゴや葡萄、家禽場からは生まれたばかりの卵、庭の畑からはさまざまな野菜、養蜂場からは蜜が食卓を賑わす。また、歩いて5分ほどのところにある大農場の奥さん、マドレーヌの左手でかき回して作られるバターも逸品だ。これもそれも贅沢というものかもしれない。

黒イチゴ
道路沿いになっている黒イチゴ

りんご
庭のリンゴ

マドレーヌ家
歩いて五分ほどのところにある、マドレーヌさんの農場

 後ほどその農場に行った折り、マドレーヌさんは、僕に紹介されると、黄金の左腕を見せてくれた。気さくな田舎のおかみさんだった。
 結局、フランス中産階級が均並みに理想とする定年後を、マルタン夫妻は過ごしているのだ。

マルタン弓
好々爺のマルタンでも,弓を持つと俄然ロビン・フッドに

 パソコンを開ければ、デスクトップに、たぶん目の中に入れても痛くない孫娘ガイアの写真が大映しされる。アメリカ人と結婚した娘さんはニューヨークで暮らし、その婿さんのご両親とイタリア旅行をする(僕たちがマルタンさんの家を発った後)。また、お二人で、今年はひと月の日本旅行をした(その時僕たちと知り合った)。来年は、アメリカに旅行する予定だそうだ。
 田舎の仲間たちと一緒に飲んだり食べたりし、澄んだ空気と自然食に囲まれ、年数回の旅行をし、子供や孫が来るのを心待ちにする。これが中産階級の理想的な老後なのだろう。
 僕たちが寝泊まりしたゲストハウスは、マルタン夫妻が日曜大工(ブリコラージュという。中産階級のもっとも好む趣味のひとつ)で自ら建てた勤勉と努力の結晶なのだ。

庭にて
庭にて
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2008年夏の旅行記 | 23:12:18 | Trackback(0) | Comments(0)
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