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「フランス法相の出産」と「できちゃった婚」
2009年1月14日(水)

 朝刊をいつものように、まず「余録」を読み、次にその第一面の右下にある目次でちらりとページを確認し、将棋の観戦記を開いて読む(毎日新聞)。
 そこまでは、判で押したように決まっている。問題はいつも次だ。どのページに行って、何を読むか。僕にはだいたい二通りのパターンがある。それは社会や世界情勢の動向によるからだ。社会面をにぎわせるような事件が起こっているときは、もちろん最後尾の社会面にすぐにワープする。
 最近は、イスラエルのガザ地区侵攻のニュースが気になるので、国際面に行くことが多い。というわけで、今朝も国際面を開いた。開いてびっくりしたが、こんなにパレスチナ問題がかまびすしいのに、今日の朝刊の国際面は、見開きではなく、半面しかなかった。さらに驚いたのは、その半面しかない紙面のど真ん中でモデルさんのような美女が戦争などどこ吹く風とばかりに微笑しているではないか。

ダチ大臣2
wikiédia より転載




 「国際情勢は血なまぐさいのに、こんなのんびりした写真を載せて・・・」と、半ばあきれかえりながら、活字を追ってみた。すると・・・
 なんと、フランスのこぼれ話的な記事が掲載されている。こいつはおもしろい。おまけに日本とフランス、ちょっとした比較社会学が顔をのぞかせている。
 この美女は、現内閣の法務大臣、ラシダ・ダチ(43歳)氏で、父親がモロッコ、母親がアルジェリアというアラブ系(マグレブ)移民の二世だそうだ。もちろんそんなことがニュースになっているのではない。

ダチ大臣
wikipédia より転載

 彼女は、この度パリの病院で女児を出産して、たった5日後に仕事を再開したというので(これ自体ニュースになりそうだが、これでないのもおもしろい)、女性の権利団体が「反発」しているというのだ。つまり、現在フランスでは、妊娠・出産に16週間の休暇が保証され、通常の場合、産後は10週間休むらしい。それを現職の大臣が休暇をしっかり取らないと言って、女性の60%、男性の51%が批判しているというのだ。賛成はわずか33%にとどまる。
 ちなみに,ダチ法相は、12人きょうだいの二番目で、母親が産後すぐ働いていたので、それにならったものらしい。
 これ自体フランスからのニュースとしておもしろいのだが,問題は,このコラムの、付けたしのような最後の1行だ。

《(大臣は)未婚で妊娠,出産し,父親を公表していない》(6ページ)

 記者はさらりと書いているが,この事実を,日本の閣僚に置き換えたらどうなるか,考えただけでも楽しくなる。麻生内閣の若い女性閣僚、たとえば,野田氏や小渕氏が、《未婚で妊娠,出産し,父親を公表していない》なら、どんなことになるだろうか。
 この仮定,日本ではまさに仮定でしかないし、もしかすると、僕が生きているうちは,ずっと仮定でありつづけるだろう。というのも、日本という国は,フランスと異なり(もしかするとヨーロツパ諸国と異なるかもしれないが)、「結婚」という二文字に,ものすごい、執念のようなこだわりを持っているからだ。
 それは、まさにこの朝刊の社会面右面(26ページ)の一番下のコラム「松田龍平さんが結婚」という記事を読むと、はっきり納得できるだろう。

《俳優の松田龍平さん(25)がモデルの太田莉菜さん(21)と結婚していたことが13日わかった。・・・(略)・・・太田さんは妊娠しており・・・(略)》

 この手のニュースは今や日常茶飯事と言っていいくらい、しょっちゅう耳にする。そして共通しているのは,たいてい新郎新婦とも(あるいはどちらかが)売り出し中で、新婦のほうは、現代の結婚年齢からすると、とても若いことだ。勘ぐって申し訳ないが(もちろんこの勘ぐりが的外れの場合もあるかもしれないが、その時はごめんなさい)、若者たちの恋愛沙汰の結果としての妊娠騒ぎが、芸能界やらスポーツ界やらの世間体を重んじる体質から,即結婚へとつながっているような気がしてならない。
 日本ではそんな時、フランスの歌手や俳優たちのように、いやそれどころか,現閣僚の女史のように、「私生児」を生むということはほとんど聞かない。たまに,そんな女優さんがいると大騒ぎしているほどだ(万田久子さん)。
 日本の結婚に対するこだわりのすごさは,いわゆる「できちゃった婚」という言葉に現れている。この場合,「結婚」はみそぎになっているのだろうか。もしそうなら、若者の恋愛の結果としての妊娠はそのまま放置できない「悪」ということになる。そもそも「結婚」というものが、悪である婚前交渉の妊娠を、一切不問に付すような「みそぎ」となるのだろうか。これでは,「結婚」という制度や結婚という行為があまりに軽いものになりはしないだろうか。結婚というものは,結婚しようとして初めて成り立つものではないか。「できちゃった婚」には,結婚そのものを第二義的なものに押しやっているニュアンスはないだろうか。
 ところで,先ほど「私生児」という表現を用いたが,ある時教室でその表現を用いた時,学生に指摘されたことがある。

「先生,今私生児とは言いません。婚外子と言います」

 私生児という表現が適切とは毛頭思わないが,結婚の絶対性を含意した「婚外子」という表現よりは、マシなような気がするが・・・
 ちなみに、広辞苑によると、私生児は私生子に同じで,父親の認知のある庶子とは異なり,父の知れない子の称,とある。先のフランスのダチ大臣のケースがまさにそれだ。対して、婚外子は僕の所有する広辞苑には項目がない。そこで,ウェブ上の辞書で調べたところ《婚姻届を出さない夫婦の間に生まれた子。非嫡出子》とあった。ここでは、どうやら父親の認知の問題は、はしょられているようだ。
 フランス語では、enfant naturel(le)(自然の子)、または bâtard(e) と言われる(かっこ内の語は女性形)。そういえば、ジャンヌ・ダルクが,オルレアンの戦いに赴いたとき,町の総司令官は,「バタール・ドルレアン」という、オルレアン公ルイの私生児だった。当時もそうだが,史書にも、「バタール」と呼び称されているのを見ればわかるように,フランスでは(というよりもキリスト教社会ではかもしれないが),「私生児」に対して日本ほど侮蔑的ではなかったらしい。というのも,他ならぬイエス・キリストがまさに「自然の子 enfant naturel」だったからだそうだ。
 話が,だいぶ「できちゃった婚」の「できちゃった」ほうにシフトし過ぎた嫌いがある。ここで話題にしたいのはそっちではない。結婚話の方だ。この前,女優のサンドリーヌ・ボネール Sandrine Bonnaireをフランスのwikiで調べたら,次のように書かれていた。

《彼女は1991年にウィリアム・ハートと出会い,映画を撮った。彼が、彼女の娘ジャンヌの父親である》

また、ついでなので、人気歌手のアリゼ Alizéeと、ジュニフェール Jenifer と、エレーヌ・セガラ Hélène Ségara のwiki も覗いてみた。

《当時アリゼは数ヶ月以来、まったくメディアに姿を表わさない。彼女は妊娠している。2005年4月29日、彼女はアニリーという女の子を出産。ジェレミー・シャトランとの子供だ》

《2003年に、彼女が最初の子を妊娠していた時,ジョニー・アリデ Johnny Hallyay はジュニフェールを舞台でデュエットをしないか誘う・・・
 ジュニフェールは数ヶ月休息を取り、男の子アアロンを出産する》

Jenifer
グレバン蝋人形館入りのジュニフェール(wikipédia より転載)

《エレーヌは、18歳の時、ラファエルを生む》

 こんな具合に、妊娠・出産話はあっても「できちゃった婚」話などは皆無だ。これが日本の芸能界だったら、どんな騒ぎをするだろうか。女優のサンドリーヌは、どちらかといえば、地味な演技派の役者だから,それほどのインパクトはないだろうが,アリゼはいうまでもなく全世界的なアイドルだし、ジュニフェールはスター・アカデミーの第一期生で、日本で言えば超アイドル的な存在だ。もちろんこのために、彼女たちの人気に陰りが見えたなどという話は聞かない。それどころか,驚くぺきことに、この度ジュニフェールの蝋人形がかの有名な『グレバン博物館』展示されたとか。エレーヌ・セガラは、女性歌手の大物中の大物で,あのミュージカル『ノートル・ダムの鐘つき男』の主役エスメラルダを演じ、人気が急上昇,例の『ソワレ・デ・ザンフォワレ(愚か者たちのコンサート)』でも、人気抜群だ。もっとも,現在、彼女は結婚していて,他に子供もいると wiki に書かれているが。

 ついでながら参考として、日本の人気スターの wiki を引用しよう。できちゃった婚ぶりがわかる。

《2003年12月15日 -本人が会見し、モデルでファッションデザイナーの岡沢高宏と結婚、同時に妊娠している事を発表》(広末涼子)

《2003年4月に、舞台演出家で俳優の河原雅彦と結婚。2004年10月に第1子(長男)を出産。自宅出産》(ともさかりえ)

《2001年2月、ドラマ『GTO』で共演した縁で反町隆史と結婚。2004年2月、妊娠が公になる》(松嶋菜々子)


 フランスの小学校では,子供たちの半数近くが,片親しかいないと仄聞する(そんなことを扱った映画は、ちょっと古いが『わんぱく離婚同盟』という、抱腹絶倒の映画だ。小学の教室内で片親しかいない子供と両親がそろっている子供たちがそれぞれ同盟を組んで、戦争ごっこをし、いたずらを仕掛け合う)。いつからか、フランスでは,結婚という制度に重きを置かなくなったのだ。だから,当たり前だが,日本のように結婚式場のための「なんとか会館」はパリの街を歩いても見受けられない。
 また、先のwiki の引用から読みとれるが、フランスなら芸能界以外でも「彼女に子供はいますか」という問いに対して「ええ,二人います」とか「いいえ、いません」という返事が予想される。だが,日本なら、子供がいない場合「いませんよ。彼女は結婚してないから」と、必ずと言ってよいほど、結婚しているかどうかが問題となる。
 フランスで,家族や家庭が崩壊したと聞いて,もう20年近くなる。日本では、結婚に重大な価値が付与されているから,フランスで見られるような家庭崩壊は起こらないだろう。少なくとも,小学校の子供たちの親は「健全」な両親であり、その子供たちがメジャーであるという意識を持ちつづけることができるだろう。そのために残念なことに、離婚した母親という片親を持つ子供は、フランスの子供たちのようにメジャーな小学生活を送ることが、時として難しい場合があるかもしれない。
 それを予想させるのが,茨城で起こった「女の子殺人事件」だ。もしあの事件が,フランスで起こったのなら,たとえ別れたとしても女の子の父親がなんらかの形で、表に出たことだろう。夫婦はやめても,父親であることは絶対にやめることはできないからだ。想像で話をして申し訳ないが,この手の事件・事故のニュースを見るたびに,別れて出て行った父親(あるいは母親・・・自衛艦「イージス」と漁船の衝突事件)の「絶対的な不在」を痛感するのは、僕だけだろうか。
 そういうわけで、まだまだどこかで離婚に対する罪悪感を日本人は背負っているようだ。ちなみに,フランスでは,結婚した夫婦の離婚率は50%近くと聞いたことがある。彼らは,できちゃった婚をしないばかりか,「子はかすがい」と言って、冷めた夫婦生活もしないからだ。
 朝刊の、国際面に掲載されたフランスの大臣の出産、社会面の片隅につつましやかに記載された松田龍平さんのできちゃった婚(?)、二つの記事からこんなことを考えてみた。
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雑感 | 23:44:46 | Trackback(0) | Comments(3)
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2013-07-06 土 00:24:21 | | [編集]
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2013-07-06 土 00:32:43 | | [編集]
Re: your blog for myTwitter
「スキピオの夢」においで下さり、ありがとう。また、どちらかに引用なさったとか、もちろんかまいません。
これからもよろしくお願いします。
2013-07-06 土 23:29:51 | URL | 石田明生 [編集]
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