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オバマ新大統領の就任式にもの申す。
 昨日から今日にかけて,新聞もテレビもニュースと言えば、オバマ一色だ。当然だろう。なにしろアメリカ合衆国の建国以来初の黒人大統領なのだから。
 そのため、新大統領に対してアメリカ国民のみならず世界中の民衆の期待するところは,まさにギガバイト的な大きさだ。人種間の融和,経済復興,核廃絶,地球温暖化対策,イラクからの撤退とアフガン問題,極東アジアの問題(北朝鮮問題)、そして、さまざまな宗教的対立の解消などなど・・・
 もちろん、僕もついつい期待過剰になる。が、新大統領の宣誓式で、彼が「聖書」に手をおいて宣誓すると聞き及び,そして事実そうしたのをテレビで見た時,新大統領としての画期を彼に期待できないような思いにとらわれた。たとえその聖書が、奴隷解放の英雄リンカーン愛用のものであっても同じことだ。
 彼は就任演説の中で「(われわれは)キリスト教徒,イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ・・・」というようなことを言っていたと思うが(アメリカには仏教徒はあまりいないのかな?),それならば、なぜ「憲法」ではなく『聖書』に手をおいて誓ったのだろうか。もちろんアメリカ大統領は代々「聖書」に誓ってきたという伝統もあるだろう。自身が熱心なクリスチャンということもあるだろう。だが、初めての黒人大統領として、人種的な画期を決定付けようとするのならば、彼は,宗教的にもキリスト教という枠からはみ出して,宗教的な画期をも目指すべきだったのではないだろうか。キリスト教の聖書に手をおいて,その手とつながった口で,「宗教的融和」を唱えても、むなしい。アメリカが真にあらゆる宗教を差別なく受け入れ,右翼、反動のキリスト系保守と決別するには、この度が最大のチャンスだったような気がしたのだが・・・
 もし,新大統領が聖書ではなく憲法に誓ったならば,彼の宗教に関する言説は、どれほど世界的な広がりと力を持ったことか。返す返す残念でならない。


追記 : 目下,新聞(毎日新聞)もテレビ(NHKもテレビ朝日も)も、聖書による宣誓について、批判的な指摘をしている人がいないのに驚いている。まさか、「大統領の就任式において、宣誓は聖書にせねばならない」などと憲法で規定されているわけではあるまいに。もっとも、そんなことが書かれた憲法に誓うくらいなら、トイレット・ペーパーにでも誓った方がましだが・・・
 翌日(1/22)の、毎日新聞の朝刊に新大統領の就任演説について,三人の識者(久保文明東大教授、有賀夏紀埼玉大教授、本山美彦大阪産業大教授)のコメントが載っていたので目を通した。久保氏と有賀氏はほとんど手放しで賞賛し,本山氏は金融・経済分野について落胆を隠していなかった。
 この中で,思わず目を止めたのは有賀氏の次の指摘だ。

《驚いたのは、米国の多様な各宗教と並べて「無宗教者」を挙げていたことだ。神を信じることを前提とする米国政治の伝統ではありえないことで、無心論者の存在を認めたのは大統領として初めてだ。勇気ある発言だ》(p.6)

 無神論者の存在を認めただけで,これほどの讃辞が浴びせられるほどなのだから,アメリカという国における宗教の重さ(くびき?)を痛切に実感せざるを得ない。これでは、アメリカ合衆国大統領の聖書使用問題など、永遠に起こりそうもなさそうだ。そしてさらにその感を強く印象づけたのが,大統領臨席で行なわれたワシントンの大聖堂での「国民礼拝」という儀式だ。フランスを引き合いにだすまでもなく,このような宗教儀式を大統領が主催するなど(もちろん大統領就任式で聖書に誓うこともだが)、政教分離の大原則に違反することになるだろう。麻生太郎首相はクリスチャンだそうだが、彼が首相就任時に「聖書」に手をおいて誓ったり,どこかの教会で「国民礼拝」と称してセレモニーを敢行したら、大顰蹙されるのは間違いない。
 アメリカが、イスラム・アラブ諸国とユダヤ・イスラエルに一定の距離を保てないのは,単に国内のユダヤ資本だけの問題ではない。このように、ことあるごとにひとつの宗教色(キリスト教)を前面に出す、国の体質が大いに関係しているのではないだろうか。
 信仰そのものは、人だけが抱きうる究極の思想であり、人としてきわめて大切な心のよりどころかもしれない。しかし、国の施政者がひとつの宗教だけに偏向した(あるいは偏向したと思われるような)政策は、決して『信仰』というものに最大の敬意を払っていることにはならないということを肝に銘じておくべきだ。

 ところで、《パッチワークの遺産は強みであり,弱みではない》と、新大統領は演説の中で述べているが,それがたとえ宗教のパッチワークの意味だとしても、このフレーズはヤニック・ノアの歌『メティス(混血)』の歌詞を思い出させる。もともと,オバマ氏が大統領候補として頭角を現したときから,僕は,彼こそまさにノアが歌ったメティスを彷彿とさせる《混血のすばらしさ》を体現する人物だと思っていた。
 この就任演説を書いたという若い人は,まさか『パッチワーク』という言葉を使ったとき、ノアが用いた詩句「(人種の)モザイク」を思い起こしたのではないだろうな。もしそうなら,楽しいのだが。

『メティス』は、レゲエ歌手ノアとラップ歌手ペストの掛け合いがおもしろい。次のようだ。

【ノア】俺は混血
【ペスト】混じり合って一つを生み出す、異なる二つの存在さ
【ノア】俺は混血
【ペスト】引き付け合って一つを生み出す、二つの文化、二つの過去さ
【ノア】俺は混血
【ペスト】一つだけを生み出すために引き付け合う、二つの考え方さ
【ノア】俺は混血
【ペスト】遠い国の出身だと言うのに、旅なんてする必要のない人間さ

 全訳はこのブログの「圧倒的な人気、アフロ・レゲエ歌手ヤニック・ノア、『メティス』を歌う」http://scipion.blog60.fc2.com/blog-entry-10.html にあります。

お聞きになりたい方はこちらで。
http://jp.youtube.com/watch?v=DND0al6A7KE
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オピニオン | 23:36:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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