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石田明生

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忍び寄るあいまいなエロチスム
 電車内の天井からぶらさがった週刊誌の吊り広告は、無聊をかこつ乗客にとって,格好の暇つぶしだったが,携帯電話などモバイル機器が出回ってからは、以前ほど注目度は減ったようだ。吊り広告の最大の敵は、昔は新聞と週刊誌だったが,今はモバイル機器というわけだ。とはいえ、携帯電話を持っていない僕にとっては、まだまだ吊り広告は、満員のときの貴重な暇つぶし手段となっている。通常ならたいして面白くもない「アエラ」のだじゃれも,身動きはままならずとも目だけはキョロキョロ元気がいい状態では,小さな楽しみとなる。
 ところが、そんな広告のなかに、今のような寒い冬にまったくそぐわないコマーシャルがある。それは、水着姿の少女たちの写真が掲載された某々週刊誌の吊り広告だ。その愛くるしい、にこやかな顔をした少女たちの持つコンテクスト(文脈)は、常夏の国への旅行案内でも,温泉プールの宣伝でもない。もちろん真冬なのだから,真夏から連想される暑さ、海岸、ビキニ、日焼けという、若者のおおらかで健康的なエロチスムとも無縁だ。たぶん、そこには順序立てて読み解くようなコンテクストそのものさえないのかもしれない。オーバーを着込んだ乗客の視線の先にある、色白の少女のビキニスタイルは、どこか不健全なにおいのする,漠然としたエロチスムの空中撒布のように思えてならない。


 僕はなにもそのような写真を公の場で見ることに悲憤慷慨しているのではない。公序良俗に反すると目くじらを立てて、怒っているのでもない。そうではなくて、あの手の写真はあまりにセンスが悪いと言っているのだ。
 この寒空に、鍋をつつきに料理屋に入ると、時々生ビールのジョッキを持ったビキニスタイルのおねえさんの巨大なポスターに出くわすことがある。汗の吹き出した日焼けした肌と大ジョッキのビール、この真夏のコンテクストは,夏の暑さの中でこそ威力を発揮するものの、ブルルッとふるえながら,眼鏡を曇らせて入る冬の飲み屋では、興ざめも甚だしい。まさに気の抜けたビールだ。
 ただし,このポスターは、おそらく店の主人の怠慢か無神経によるもので、決してなんらかの効果を期待した結果ではないだろう。
 それに対し、吊り広告のビキニは本質的に意味が違う。きわめて意図的な「こび」が加味されているのだ。季節をあえて無視したその「こび」は、季節の中で生きている見る者(つまり僕)の環境や状態を完全に排除しているために、僕たち見る者からしっかりと距離を置き、侮蔑感をほのめかす(「おじさん、要するに見たいんでしょ」)。
 だから、車内の冬の広告に現れるビキニは、季節感を読める,読めないというような単なるセンスの問題だけではなく、公の場における、性的なもののあり方とも関わる、微妙な問題なのかもしれない。
 車内にこのような写真のない国の人たち・・・イスラム圏のような宗教的に規律の厳しい国の人たちは論外だが,フランスのような自由な国でも吊り広告の写真に季節外れの水着姿は見かけない・・・はそれを見てどう思うだろうか。残念ながら,感想を聞いたことがない。ぜひ聞きたいものだ。
 フランスのように写真であれ,映画であれ,漫画であれ,性的な描写におそらくほとんど規制のない国では,逆に公の場にこのような、コンテクスを無視したあいまいなエロチスムは求められていないように思われる。ただし,絵画や彫像等の造形美術品としての裸体はフランスの町のどこでも目にする。これが性的エロチスムに結びつくのかどうかは難しい。フランス人は子供の時から町のいたるところで,男女の全裸の彫像を見て育っている。もちろん日本にも裸像はあるにはあるが、その量と露出度において比較にならない。それだけではない,フランスの街角やメトロの通路に貼られた映画や劇等のポスター写真は、日本ではおそらく自粛せざるを得ないような露出度のものもある。ところが,そこにあの「こび」の持つ不健全さは感じられない。

pavillon noire
去年(2008年)の夏、マルセイユ近郊の町「エクス・アン・プロヴァンス」の町を散歩している時、路上で見つけたKaori Ito(伊藤郁女)主演のバレー『Noctiluque 夜光虫』上演のポスター。美しい写真に思わずシャッターを切った。日本だったら過激すぎるかもしれないこのポスターに、見る者を蔑むような「こび』がまったく感じられない。
伊藤さん(1979年生)は欧米で活躍しているモダンバレーのダンサー。


 反対に、日本のように規制の厳しい国では,性的関心やエロチスムが、厚着をした乗客で混み合った車内の水着姿の写真によって、さらにこれも言えることだがスポーツ紙の写真及び見出しなどによって、たえず公の場で提供され続けているように思われてならない。

 最後にひとこと・・・スポーツ紙のえげつない紙面に関しては、よくも世の女性たちが柳眉をさかだてないものだと,ずいぶんと前から思っている。実は,スポーツ紙を読んでいる「おとうさん」だってそんなえげつない写真や記事を読みたくて買っているわけではない(と思う) 。スポーツ記事を読んでいると、たまたま読んでいない紙面が他人様の方を向いて,やたら車内に性的アピールをばらまいて、気まずい雰囲気を醸成しているだけだ。哀れなのはその紙面に向かい合わせで立っている妙齢の,楚々とした女性(???)・・・
 あの,エログロとスポーツニュースが背中合わせになったスポーツ紙、なんとかならないものだろうか。寒い冬の水着姿のセンスの悪さにもげんなりするが,所詮それは寒い時期だけの話、スポーツ紙の品のなさ加減は一年中だから始末が悪い。
 こんなところにも、フランスと日本という、ユーラシア大陸両端の比較文化論が垣間見える。電車内はなかなか捨てがたいミニシアターだ。
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オピニオン | 22:10:37 | Trackback(0) | Comments(0)
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