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「種飛ばし大会」の中止
5月29日(金)

 朝刊の社会面下方にある何気ない小さな記事が気になった。見出しと記事は次のとおり・・・

《「種飛ばし大会」が唾液感染恐れ中止 山梨・南アルプス市

 山梨県南アルプス市は、6月7日に市内で開催予定だった「さくらんぼ種飛ばし大会」の中止を決めた。唾液の飛沫を介して新型インフルエンザの感染が広がる可能性が指摘されている中、「つばを飛ばすイベントは世間に逆行する」(観光商工課)というのが理由。【春増翔太】》

 ここに何が見えるだろうか。
 南アルプス市の観光商工課の慎重さ? 賢明さ? 先見性? それとも、怯懦? 愚昧さ? 滑稽さ?
 あるいは、「ふむふむ」と頷いておられる方がいるだろうか。それよりもなによりも,他市の行政も、さまざまなイベントの開催見直しを検討し始めているのだろうか。


 この小さな記事の意味するところは意外と大きいかもしれない。もとより、ぼく自身は「サクランボの種飛ばし大会」に何の興味ももっていない。何年か前に、テレビでこのニュースを知ったとき、「安上がりで下品な行為も村起こしになるのか」と、少々感心しただけだ。
 その大会が中止となった。理由は、大会が下品だからでも,滑稽だからでも,不衛生だからでもない。また,押し寄せてやって来る大勢の観光客に混じって新型インフルが町に入って来るという恐怖感からでもない。そんなことではない。気持ちの悪いことに「イベントが世間に逆行する」からだというのだ。
 そう、この記事を読んだときの、率直な感想は「気持ちの悪さ」だった。こういう気持ちの悪さはいつ以来だろうか。前も味わったことがあるのは確かだ。と,ここまで書いて思い出した。今年は平成21年だから、この気持ち悪さは、21年前昭和天皇崩御のあとで、次々と世の中が右にならいして自粛したとき以来だ。戦後生まれのわれわれは、あのとき初めて、世間が一色になり、「世間への逆行」を恐れて次々と「自粛」するさまを体験した。もちろん民主主義の世の中だから、そこからはみ出すものもいたし、反逆するものもいた。もしそうでなかったら,戦前に逆戻りになってしまう!
 ところが,このたびの「種飛ばし大会中止」は、父や母から何度も聞いた戦時中の村人たちの行動様式に似ているような印象を受けるから気になるのだ。つまり,科学的な根拠も、決定に至る論理性もなにもなく、ただひたすら、「町」や「世間」の思潮(風評とまでは言わないが、今回のはそれに近い)の流れに沿って、村の方針を決めるあれだ。「あっちでこうやっているから、ウチもやらねば」「世間じゃこうだから,ウチもこうせにゃ」
 《唾液の飛沫を介して新型インフルエンザの感染が広がる可能性》があることはよくわかる。だからといって、そのことが即「種飛ばし大会中止」に結びつくところに,村的な思考の短絡が垣間見える。新型インフル感染の人が咳やくしゃみをして、ウィルスが唾液に混じり体外に出て,他者の口や鼻を通して感染するということと、新型インフルに感染していない種飛ばしの名人(もちろん,感染していないことが出場資格になるだろうから)の空中への種飛ばしと何の関係もない。南アルプス市の観光商工課も、そのことを言っているのではない。新型インフル感染の人が咳やくしゃみをして、ウィルスが唾液に混じり体外に出て,他者の口や鼻を通して感染するという事実と、種飛ばしの際唾液も一緒に出るという事実を、本来なら何の関係もないはずなのに、二枚重ねあわせて重大視しているのだ。
 テレビ討論での口角泡を飛ばす議論も,ドラマでの絶叫も,歌謡の絶唱も、サッカー選手の唾吐きも、スポーツ観戦の応援も,「唾液の飛沫」現象をともなう。それどころか、恥ずかしい話だが、ぼく自身授業中に「唾液の飛沫」を教室内にまき散らしている。南アルプス市の「種飛ばし大会」よりも、こっちのほうがはるかに危険のようだが・・・
 もっとも「観光商工課」が大会を中止にした根拠は、「危険」だからではなく、「世間に逆行」ということだから、危険度は関係ないだろうが。

 真夏のパリ、市場には山のようにバーガンディ・ワイン色のサクランボが並ぶ。それを半キロほど買って,歩きながら食べる。日本ではこの行儀の悪い「歩き食い」はなかなかできないが,パリでは自然にできるし、絵になるから不思議だ。一粒のサクランボを口の中に放り投げ、残酷に噛み潰す。すると甘酸っぱい汁が口中に広がり、おいしさが脳髄にまで上昇する。そして最後の最後に丸裸になった種をポンと車道に吹き飛ばす(くれぐれも歩道に飛ばさないように)。すると、日本では絶対に味わえない開放感に包まれる。ここ数年「サクランボの季節」にパリに行ってないので、この気分を味わっていないが,パリッ子たちは市場の帰り道、サクランボの歩き食いを今でも楽しんでいるだろうか。
 パリに限らないだろうが,あの車道のもつ包容力のようなものはすごい。もちろん今ではパリ市もゴミは舗道に並ぶゴミ袋に入れることを推奨しているが,サクランボの種やタバコの吸い殻のような小さいものは車道に投げ捨てられる(そのゴミがどうなるかですって? 以前,パリ市の下水見学について書いたことがあるのでそれを読んで下さい)。

 南アルプス市の「種飛ばし大会」に参加する競技者のひとたちも、公でできる「下品な開放感」を味わい楽しんでいるのだろう。今年はそれが中止になった。この一年間、練習に練習を重ねて来た(どうやって?)猛者たちの落胆はいかばかりか。
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雑感 | 07:15:26 | Trackback(0) | Comments(0)
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