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石田明生

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ビキニ、モノキニ、ブルキニ
8月15日(土)

 昨日の夕刊に、おもしろい・・・けど根が深そうな・・・記事が載っていた。パリの公共プールで、イスラム教徒の女性が全身を覆う水着を着て入ろうとしたところ、「非衛生的」との理由で入場を拒否されたとのことだ。
 これに対し、件の女性は「イスラム教の教え通り、肌を人目にさらさないように着た」だけだと言って、提訴も辞さない構えだとか・・・


 このニュースを見て、ずっと以前ヴィシーという田舎町に滞在していたときのことを思い出した。夏の盛りで暑かったので、町の公共プールに日参していた。あるとき、Tシャツを着たままプールサイドを歩いていたら、係の人にTシャツを脱ぐように注意された。あまりに唐突なことで、わけがわからないまま指示に従ったが、今その謎がやっと解けた。
 もちろんそのとき僕はTシャツを着たまま泳ぐつもりはなかったけれど、一体、服を来たまま泳ぐのはそれほど非衛生的なのだろうか。ひるがえって日本のプールを頭に浮かべる。確かに服を着たまま泳いでいる人は皆無だ。というよりも、プールに服を着たまま入っている姿は、想像できないほど違和感がある。
 だから、そのヴィシーのプールでは、もちろん服を着たまま入っている人はいるわけもなかったが、おもしろいのは、中学生や高校生くらいの女の子が、ワンピースの子は腰まで引きずりおろし、ビキニの子は上をはずして泳いでいる光景だ。脱ぐほうはいくら脱いでもかまわないということか(全裸では多分ダメ)。えっ! 大人の女性はいないのかって? 大人はプールのまわりの空き地で、ブロンゼ(日焼け)に余念がない。もちろんモノキニで。
 ビキニは1946年7月5日にデザイナーのルイ・レアールが発表したが、プールでの着用はさすがにモデルたちも二の足を踏んだとか。そこで、初めてのビキニを着て歴史に名を残したのは、「カジノ・ド・パリ」のヌードダンサー、ミシュリーヌ・ベルナルディーニだった。この五日前にアメリカがビキニで核実験をして(広島、長崎に続いて4度目の核爆発)、世界中を驚かせたばかりだった。こうして、露出度の高い水着は核爆発のようにショッキングだいうので「ビキニ」と名付けられた。
それから約20年後、コート・ダジュールはニースの海岸に、上の部分を取り外して、日焼けを楽しむ女性たちが出現した。その大胆な女性たちはだんだん北上し、数年でパリに、セーヌ河のプールに現れ、徐々に人々の目になじんで、ついに海岸はもちろん、プールサイドや公園の夏の風物詩になってしまった。そういう水着とその水着を来た女性たちを、bikini の bi が2を思わせることから、1を意味する mono を kini につけて、monokini と呼んだ。
 それから、約40年、ビキニ誕生から約60年、今度は全身を覆った水着が現れるとは! そういう水着は、イスラム教徒の女性の着るブルカ burqa からの発想で、「ブルキニ burkini(=burquini)」 と呼ばれることになった。こうなると、kini は、あたかも水着の意味のようになってしまうから不思議だ。もっとも、ハンバーガーはハンバーグ、チーズバーガーがチーズをはさんでいるのと大差ない気もする。モスバーガーの「モス」はなんだ、食べられるのか?
 さて話を戻して、なにしろサルコジ大統領はブルカの着用を「女性の隷属の象徴」と批判して止まない人だ。この問題どうなるか。そういえば、大統領夫人のカーラ(カルラ)・ブルーニさんは多くのヌード写真を世界中にばらまいているが、彼女は「女性解放の象徴」というわけだろうか。
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雑感 | 09:13:14 | Trackback(0) | Comments(0)
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