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石田明生

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『聖灰の暗号』読了
9月4日(金)

 未明に、『聖灰の暗号』下巻(帚木蓬生著)を読了する。
 日本人の歴史家須貝は、中世に南西フランスで行なわれたカタリ派弾圧の研究をするために、トゥールーズの市立図書館で古文書を漁る。
 すると、ピレネー山脈のフランス側の地図とオキシタン語の文章の書かれた羊皮紙を発見する。フランス人でもなかなか読めないオキシタン語だが、日本人の須貝には読める。

空は青く大地は緑。
それなのに私は悲しい。

鳥が飛び兎が跳ねる。
それなのに私は悲しい。


生きた人が焼かれるのを
見たからだ。
焼かれる人の祈りを
聞いたからだ。
煙として立ち昇る人の匂いを
かいだからだ。
灰の上をかすめる風の温もりを
感じたからだ。

この悲しみは僧衣のように、
いつまでも私を包む。
私がいつかどこかで
道のかたわらで斃れるまで。

 これを書いたとおぼしきレイモン・マルティは、粗雑な地図に△の印を二ヵ所つけている。この文書には続きがあり、その秘密の文書は、△印の箇所に隠されているにちがいない。こう思った須貝は、研究会でそのことを発表し、続きの文書探しを宣言する。
 こうして、トゥールーズに再び降り立つと、驚いたことに、図書館の館長は行方知れずになっていて、件の羊皮紙は消えている。カトリックの汚点とも言えるカタリ派弾圧の記録をこの世から消し去ろうという力が現在でも働いているのだ。
 二つ目、三つ目の文書探しと、第二・第三の殺人事件、ピレネー山脈のふもとでスリルとサスペンスが展開される。
 恋仲となる魅力的な精神科医クリスチーヌ・サンドル、山奥の川で砂鉄を集め、ナイフ作りを生業とするたのもしい男エリック、よだれを誘う地元の料理と地酒の数々、物語は700年前の凄惨なカタリ派弾圧の描写と相まって、意匠の限りを尽くす。読者は小説から離れられない。
 たとえば、須貝がクリスチーヌの家でとる夕食を覗いてみよう。「期待してもらうと困るわ」と言った料理と飲み物は次の通り・・・
 アペリティフは、「トマト」というもの。須貝はトマトジュースにアルコールを加えたものと早合点するが、《パスティスとイチジク酒を混ぜたもの》らしい。トマトジュースの色をしている。
 前菜は、生ハムのサラダ・・・色とりどりの野菜(その中に帰りがけに摘んだタンポポの葉)
 葡萄酒は、《アリエージュのワイン・・・「シャトー・ド・ロード」》ロゼワイン
 魚料理は、《ピレネー地方に古くからある料理「メルリュサード」》・・・白身の魚に蒸したジャガイモ添え(《魚の身はほぐされているためなんの魚かわからない。塩こしょう、ニンニクとパセリ、バターの味が絶妙に混じり・・・》魚は塩ダラ、レシピあり)
 肉料理は、「挽き肉料理のラ・ゾル」・・・《平べったいハンバーグの上にキノコのソース、サヤインゲン添え》
 二本目の葡萄酒、「ベアルンのロゼ」
 デザートは、「ガトー・ド・マッサ」・・・《ケーキの形をしたデザートで、上に茶色のクリーム・・・レモンの香りがほのかに匂った。フォークで切って口に入れると、香ばしいクルミの味がする。クリームにはどうやらコーヒーも・・・》
 食後酒(須貝はクリスチーヌの家に泊まる)は、《グラス二個を運んで来る。中身の赤い色が鮮やかだ》・・・残念ながら名前が記載されていない。

 ざっとこんな具合だ。二人は、フルコースの食事をとりながら、羊皮紙の文書を解明していく。

 ひとつ残念なのは、レイモン・マルティの手記に次の文を読んだことだ。

《フランス語とラテン語を習い、長さや重さ、計算、月や太陽、星、動物や植物、水や鉱物、火に関する事象を学び、聖書を読み、合唱に加わり、農地に出て、大豆や麦、トウモロコシ、ぶどう、野菜を栽培し、牛と羊を飼って、バターやチーズを作った》(下巻 pp.29-30)

 この手記は1316年に書かれたという設定になっている。それならば、ここで挙げられている「トウモロコシ」はどんなものか。もしも、今も使われている maïs (マイス)という単語なら、ご存知のように、この maïs(トウモロコシ)はコロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)以降に、ヨーロッパにもたらされたものだ。したがって、レイモン修道士の時代には maïs という語は存在しなかったことになる(このカリブ海の言葉は1516年以降に登場)。
 この小説の眼目のひとつは、この古文書が本物かどうかということだが、僕はこの明らかな事実を作者が知らないわけがないと思っていたので、もしかすると、この「トウモロコシ」の一語が時限爆弾となり、偽書と結論づけられるのではないか、とも考えていた。
 このことを作者に問い合わせたい誘惑に駆られている。

 ちなみに、この題名には横文字(オキシタン語?)も付け加えられている。
 「灰のコード」
 そういえば、主人公と恋仲となった女医の名は、クリスチーヌ・サンドルだった。「サンドル」は Cendre(s) だから、作者はネイミングでも楽しんでいたことになる。
 今度のフランス旅行に楽しみが増えた。
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書評 | 09:35:41 | Trackback(0) | Comments(0)
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