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お薦め映画
 先日(9月11日)久々映画を見た。題名は『幸せはシャンソニア劇場から』という、おめでたくも、ちょっとうっとうしい邦題のついたフランス映画だった。

天使横
有楽町駅から映画館に行く曲がり角にクピドーが

シネスイッチ
『幸せは・・・』を見るために30分前から並ぶ


パンフ表紙
パンフレットの表紙



 原題は “ Faubourg 36 ” 、たしかにこれをそのまま『フォーブール36』としても、直訳して『場末36』としても、日本ではピンと来ないだろう。映画に限らないが、外国物の邦題は訳者の頭を悩ませる。以前、ミッシェル・トゥルニエの小説 “ Les Rois Mages ” を訳したことがあるが、邦題に苦労したことを思い出す。僕は単純に『三賢王』でもいいかなとぼんやり思っていたら、編集者から×を言われた。日本ではなんのことかわからない、というのだ。キリスト教という基盤のない我が国では、「三博士」とか「東方三博士」とか言ってもあまりインパクトを与えないのは確かだ。結局、編集者との侃々諤々の議論の末『奇跡への旅・・・三賢王礼拝物語』という長い邦題に落ち着いた(ちょっと宣伝・・・「パロル舎」から、おもしろいですよ!!!)。

ペピノ
映画の一場面、左からカド・メラッド、ジェラール・ジュニョ、クロヴィス・コルニアック
前の子供が『コーラス』でペピノ役を演じたマクサンス・ペラン(パンフより)

 かつて “ Quatorze juillet ” というフランス映画が大ヒットしたことがあった。これを直訳すると『七月十四日』だ。日本ではこんな題名ではなんのことかわからない、つまり小難しくいえばコノテーション connotation(内包・・・内に持つ意味) がないのだ。たとえば、日本で「2 ・26」という題名を見ると、普通の日本人なら、「2・26事件」を想起するとともに、右翼、青年将校、雪、北一輝とうとうさまざまなコノテーションがついて来る。
 “ Quatorze juillet ” という語から、フランス人なら「革命記念日」を想起し、ダンスパーティー、花火、行進・・・という具合にさまざまな意味を付加していくだろう。日本ではそうはいかない。そこでこの映画は『パリ祭』という邦題が付けられた。これなら「パリ」という町のイメージに、「祭」という賑やかさが加わり、コノテーションがたやすく形成される。そのためだろう、映画の質の良さも相まって、フランスの革命記念日を日本では「パリ祭」と呼ぶようになった。以前は銀座などで「パリ祭セール」などと称して、それこそ七月に大売り出しをしていた(今でもあるかな?)。
 またまた、すっかり話しを脱線させてしまったようだ。
 ところで“ faubourg ”の意味だが、“ fau ” は “ faux ”(偽)に通じていて、「疑似のブール」ということで、“ bourg ” は「ハンバーグ」の「バーグ」と同じ「町」の意味だ。つまり、“ faubourg ” は「疑似の町」の意となる。パリに限らず、西洋の町は基本的に城壁都市になっていて、城壁の中に入るのに入市税がかかる。そこで、安い飲み屋や食い物屋は税のかからない壁の外に店を構え、貧しい人たちはそういう安い店に集まることになる。その壁の外の町が「疑似の町」つまり “ faubourg ”というわけだ。ちなみに、“ bourg ” の中の人間は “ bourgeois ”(ブルジョワ)と呼ばれ、後に有産階級を表す呼称となったのはつとに知られている。
 現在、パリには “ faubourg ” の付く通りが八つある。
Faubourg du Temple(10~11区)
Faubourg Montmartre(9区)
Faubourg Poissonière(9区)
Faubourg Saint-Antoine(11~12区)
Faubourg Saint-Denis(10区)
Faubourg Saint-Honoré(8区)
Faubourg Saint-Jacques(14区)
Faubourg Saint-Martin(10区)
 これらの通りはすべて、その名を冠する通りの延長戦にある。
Rue du Temple(3区)
Rue Montmartre(2区)
Rue Poissonière(2区)
Rue Saint-Antoine(4区)
Rue Saint-Denis(2区)
Rue Saint-Honoré(1区)
Rue Saint-Jacques(5区)
Rue Saint-Martin(3区)
 このように並べてすぐにわかるのは、“ faubourg ” の付く通りが、町の中心の1区から5区の外側にあり、町の外郭を構成している18区から20区にはないということだ。つまり、現在の「フォーブール・・・」はかなり昔から、パリ市に組み入れられたとも言えるし、それ以前のパリ、中世のパリはとても小さかったとも言える。“ Rue Saint-Honoré” の延長戦にある現在の“ Faubourg Saint-Honoré ” は有名ブランドの店が建ち並ぶ、パリの名所のひとつとなっているのでわかるとおり、名前に “ faubourg ” のつく通りにはあまり郊外・場末のイメージはない。
 この映画のタイトルのように、“ faubourg ” が単独で用いられたときに、「場末・下町」の意味で使われるようだ。映画を見ればわかるように、「フォーブール」はモンマルトルからベルヴィル、つまり18区から20区にかけての新しくパリ市に編入された地域を指している。庶民的な町はたびたび「下町」と呼ばれるが、パリの場合はむしろモンマルトルやベルヴィルはもっとも高くに位置している。そのことが、「フォーブール」から見たパリを美しくする。映画の中で、彼ら庶民たちのぼろビルからパリを見下ろすシーンが何度か登場する。その瞬間、まさにパリは彼ら庶民のものだ。
 「36」は、1936年のことだ。この年、急進社会党、社会党、共産党からなる人民戦線が総選挙で勝利を収め、左翼政権、すなわちレオン・ブルム内閣が成立した。
 先日、民主党が衆議院選挙で大勝利して、「革命」とも「維新」とも言われた。半世紀にも渡る自民党政権が初めて政権の座からすべり落ちたのだから、確かに歴史的勝利には違いない。これから、どれだけ世の中が変わるだろうか。庶民・労働者の生活は生き生きとしたものになるだろうか。老後のケアは、福祉は、労働時間短縮と労働のシェアは? 環境問題はどう進展するのだろうか。楽しみだ。が、1936年の人民戦線の勝利は、多分それ以上に歴史上重要な「大事件」だった。
 1933年にはヒトラーが政権を取り、イタリア、スペインとともにファシズムが攻勢を強める中、フランスは国内のファシストたちと戦い抜き、ついに労働者たちが政権を奪取する。レオン・ブルム内閣の成立だ。1936年は、パリの労働者たちが初めて「海」を見た年だ。それまで、パリの庶民たちは週に一度の休みでは一番近い海でさえも往復することはかなわなかった。庶民は人民戦線内閣により、2週間のヴァカンスを勝ち取って、ついに本物の「海」を見たのだ。このことは、映画中に現われるシャンソニア劇場のショー『海に出かけよう Partir pour la mer』を見、聞けばそのスペクタクルのおもしろさとともにわかるはずだ。

海に行こう
ショーの一場面、左からカド・メラッド、クロヴィス・コルニアック、ノラ・アルネデゼール
(パンフレットより)

 1936年は、週40時間労働が制定された年でもあった。人が働き蜂として働くだけでなく、余暇を楽しめるようになった。ムーランルージュのような19世紀のスペクタクルは中産階級のもので(それだけでも大変な大衆化だが)、まだまだ庶民には手が届かない。だが、1936年のスペクタクル(シャンソニア劇場 → フォーブール36)は労働者、庶民のものだ。
 映画タイトル『フォーブール36』には、そういう思いが込められている。ヤクザ=右翼=ファシストとの絶え間ない戦いも、この映画にたっぷりと盛り込まれている。それは、後のナチス占領という暗い時代も暗示しているのかもしれない。圧倒的なファシズムと帝国資本主義の世界に、あだ花のように生まれた1936年の人民戦線内閣、それはたった2年という短命ではあったが、庶民の生きる指標を世界に知らしめた。確かに、福祉優先の、戦争にはめっぽう弱い国家だった・・・戦争が始まるとあっという間に軍事国家のドイツに占領されてはしまった・・・それでも、一度火がついた人民戦線の思想は、占領下でも燃え続け、最後にはファシストに勝利する。
 失業者や落ちこぼれ達の勇気と陽気さに満ち満ちたこの映画はそんなことまで考えさせた。
 セットで再現されたという、雪の降る36年のパリは美しい。映画『コーラス』で成功したので、監督(クリストフ・バラティエ)はかなり潤沢な資金を使うことができたのだろう。一瞬、名画『パリの屋根の下』を思い出した。映画『シャンソニア劇場』の底辺に流れているのも、やはり下町のメロドラム・・・オーディションに現れた美しい二十歳の娘(ドゥース)と、反ファシズムの急先鋒で情熱家のコミュニスト(ミルー)との恋、父と子、仲間、喧嘩と抱擁、泣き笑いの人情、そして歌と踊りだ。上映時間の2時間はめくるめくスペクタクルな世界を展開させながらあっという間に過ぎていく。
 なによりも音楽がいい。作詞家フランク・トマと作曲家ラインハルト・ワーグナー(フランス語風に発音すると「レナール・ヴァグネル」)の息がぴたりと合い、戦前のシャンソンとショービジネスの世界を眼前とさせる。パンフレットの解説によると、この映画の成り立ちは、監督から出発したのではなく、この二人の作詞・作曲家コンビの数々の名曲が先にありきだったそうだ。これらの歌をどう使うか、何年か過ぎて、映画『コーラス』の成功があって、バラティエ監督が乗り出したらしい。彼は、下町のシャンソニア劇場という場と36年という時代を設定して、スペクタクル性に富み、人情味にあふれ、激動の歴史を見据えた良質な作品に仕上げた。
 配役は、『コーラス』の主役ジェラール・ジュニョが妻に逃げられ、失業したダメ男のビゴワルを、やはり『コーラス』の体育教師役のカド・メラッドが冴えない芸人を演じている。この他『コーラス』で可愛いペピーノ役を演じたマクサンス・ペランがビゴワルの息子を、地味な数学教師の役者さん(名前を忘れた)がファシスト=ヤクザの手下を演じていた。この気の弱い手下が口にする台詞は、フランスの歴史がらみの冗談で、さりげない笑いを取る。たとえば、親分のギャラピアが劇場をビゴワルたちから奪い取った時、「あなたはシャルル6世のようにならなくては」という。
 「なぜだ」
 「彼は《最愛王 Bien-aimé》というあだ名がつけられました。みんなに愛される王ということです。親分もそうなれば格好がいいですよ」(こんなような会話だったと思う)
 そう言って、無慈悲な親分の気持ちをゆるめ、結局はビゴワルたちに劇場を貸すようにしむける。事実シャルル6世は「最愛王」と呼ばれたが、狂気の発作にとらわれたことから、別に「狂王」とも言われている。またその妻はフランス史上もっとも悪妻で名高いイザボー・ド・バヴィエールだ。彼女は王の発狂後実権を握り、こともあろうにイギリス側に立ち、フランス王座をイギリス王ヘンリー6世に与え、フランス王太子シャルルの権利を剥奪する(彼女自ら、王の子ではないと言ったとか・・・つまり、姦通宣言)。のちにこのシャルルは王の子かどうか悩んで意気の上がらない時、救いの乙女ジャンヌ・ダルクが登場する。とまあ、脱線してしまうのだが、ようするに、ヤクザの親分は、そこまでは知らなかったのだろう。知っていたなら、シャルル6世になどなりたくないはずだ。
 血の気の多いコミュニスト役にクロヴィス・コルニアック、新人の歌手ドゥース役にノラ・アルネゼデールが当たっている。実際二十歳の彼女は歌のうまいのはもちろんだが、なかなかチャーミングだ。パンフの中で誰かが、ミシェル・モルガンを引き合いに出していたが、確かに似た雰囲気がある。あるいは、それを意識して演技をしていたか。フランス語のネット教材(chocolat)で、Bobさんが彼女にインタビューしている(ネット上に出るのは少し先になります)。それによると、この歌姫は、オーストリア人の父親とエジプト人の母親から生まれたそうだ。ボブさんのインタビューを受けているということは、今日本にいるということか。お話しできたボブさんがうらやましい。
 現在シネ・スイッチで上映中だ。お薦めの一作!!!

ノラ
ノラ・アルネゼデール(パンフより)
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劇評 | 15:19:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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