■プロフィール

石田明生

Author:石田明生
ホームページの方もよろしくお願いします。
文学雑感、旅行記、翻訳などを載せています。

■4travel

スキピオの旅行記(写真付き)もごらんください。

■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ

■最近のトラックバック
■リンク
■アクセス解析

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
谷中七福神巡り・・・田端から上野まで
 元日は、例年の通り近所の神社に初詣をし、実家でおせちを馳走になり、酩酊状態で帰宅し、ニューイヤーコンサートを聴きながら、今年二度目の睡眠に入ったのであります。

氷川神社
毎年初詣する「氷川神社」

 二日目は、何年かぶりで谷中の七福神巡りをしようということになり、遅い朝食後家を出て、田端駅に11時頃降り立ちました。最初に目指すは、駅から徒歩10分弱のところにある東覚寺です。

赤紙仁王尊
赤紙仁王尊

 まず目に飛び込んで来たのは「赤紙仁王尊」です。いつの頃からか、仁王様への祈願者達は赤紙を自分の患部と同じ箇所に貼って病気身代わりと心身安穏を願うようになったそうです。赤紙の赤は火を表象していて、悪を焼き尽くすと言われています。僕も仁王様の肩に赤紙を貼るべきだったかもしれません。近頃、五十肩に苦しんでいますから。


東覚寺
東覚寺

福禄寿
福禄寿

 福禄寿のご利益は、「人望」と言われておりますが、今年はどんな年になるでしょうか。何年齢を重ねても付いてこないのはまさにその人望ですから。

 この東覚寺から約1キロばかりのところに第二の寺「青雲寺」があります。この寺の七福神は恵比寿様です。

青雲寺
青雲寺

恵比寿様
恵比寿

恵比寿様といったら、商売繁盛の神様のように思っておりましたが、パンフレットによりますと、恵比寿様のご利益は「正直」だそうです。これでしたら、自分自身の努力次第でなんとかなりそうですから、大願成就を望めそうですし、望みたいものです。今年は、正直でありたい・・・目標が一つできました。
 青雲寺を出て少し行くと、道路沿いの壁に派手な布袋様の絵が見え始めました。

修性院壁

修性院
修性院

布袋様
布袋尊

 布袋様は、その肥満体から度量の広さを表し、ご利益は「大量」だそうです。ともすれば、小さいことにこだわりがちな性格・・・反省・反省・反省、もっともっと広い心を持ちたいものです。
 修性院から富士見坂を経て、ということは諏訪神社を経てということになります。西日暮里駅の上の高台にある、下町が一望できるすばらしいロケーションのこの神社は諏訪大明神をまつっているから当然でしょうが、となりに「御嶽山」までも連座しております。

諏訪神社
諏訪神社、この左手に「御嶽山」がある

御嶽山
「御嶽山」の道しるべ、とはいえ、すぐとなりの小さな盛り土のようなもの


 この神社のすごさは、臆面も無い完全な伝統主義的主張にあるようです。数年前に、ここに立ち寄った時には掲示板に《女系天皇反対》のキャンペーンが書かれていました。今回は、次のようなキャンペーンです。

掲示板

 拡大してご覧ください。なかなか気合いの入った、高らかにラッパを吹き鳴らしているような掲示板ではありませんか。ここの氏子の方達も一緒に拳を突き上げているのでしょうか。

 さて、ここから諏訪台通りを南に行くと、谷中銀座にぶつかります。この交差点のところにある「経王寺」という寺には、幕末にかの彰義隊の残党をかくまい、官軍に攻撃されたという武勇伝があります。

経王寺

弾痕
弾痕

 この通り、その際官軍が放った弾丸の痕が、名誉の傷として残っています。

 さてお腹がすいてきました。七福神巡りのほぼ中間地点となる谷中銀座にはたくさんのミニ巡礼者達がいました。考えることは皆同じ、おいしいものはないか、物色しています。

谷中銀座
谷中銀座のにぎわい

屋根の猫
谷中銀座の家の屋根に白い猫が、と思ったらオブジェでした。

夕焼けだんだん

人だかりがしている店の看板に「コロッケ30円、メンチ150円、焼き鳥80円、焼きおにぎり80円」の文字がおどっていました。そのおいしそうな光景と匂いに抗しきれず、以上の品を買ったのです。それを携えて、次のお寺「天王寺」へと向かいました。
 天王寺は谷中の墓地の中にあります。

天王寺
天王寺・・・毘沙門天にお参りするために列ができていました。
毘沙門天
奥の奥に毘沙門天がいらっしゃいます。

 境内にあるベンチに腰掛けて、谷中銀座で買い求めた食料を食べます。コロッケとメンチと焼きおにぎりのうまさといったら・・・焼き鳥はいまいちでした・・・なんだか安上がりの昼食となってしまいました。
 パンフレットによりますと毘沙門天のご利益は「威光」だそうです。そういえば、越後の上杉謙信は毘沙門天の生まれ変わりと思っていたらしく、さぞ威光に満ち満ちていたに違いありません。我が身に振り返ってみると、《威光》にほど遠い存在で、学生達に「タメ語」で話しかけられている始末、何とも情けない教師です。だからといって、威光を身につけようとはつゆ思わず、きっと今年のみならず死ぬまで「威光無し」のままでい続けるでしょう。

 次の長安寺は、谷中の墓地を横切ってすぐ近く、だんご坂を上りきったところにあります。

長安寺

寿老人
寿老人

 長安寺には「寿老人」がいらっしゃいます。寿老人は名前の通りで、その御利益は「長寿」です。そうでしたら、せめて今年一年位、長らえたいと思います。毎年一年一年、己が人生を噛み締めながら生きたいものです。

狩野芳崖
長安寺には狩野芳崖の墓があります。


 さて次は、大黒様のいらっしゃる護国院です。が、その前に昨年亡くなった義母の墓にお参りします。というのも、墓は谷中の墓地にありますので、ちょうど道の途中ですから。墓前に線香を供えて、ご冥福を祈りました。思えばちょうど一年前、寒風の中にもかかわらず一緒に王子の狐行列を見に行ったものでした。その時の元気さ加減といったら・・・まことに、人の命はわからないものです。

 護国院は芸大の隣にあります。

護国院
護国院

大黒天
大黒天

 大黒天のご利益は、パンフレットによりますと「富財」だそうです。打ち出の小槌と大きな袋を持っているからでしょうか。とはいえ、この「富財」という言葉、宝くじも買わず、裕福な親戚もおらず、株も証券もなく、もちろん商売とは何の縁もない僕にとってどう考えても関係なさそうです。毎日口に糊できれば僕にとってそれで十分です。
 さあ、いよいよ最後の目的地は不忍池の真ん中にある弁天堂です。上野高校の脇を通り抜けて、森鴎外の住居跡の前を歩くと・・・驚いたことにそこには「鴎外温泉」なるものがあるそうな、看板あり・・・にぎやかな不忍池が見えてきました。

弁天堂
弁天堂

 弁天堂の前には長蛇の列ができて、係の人がスピーカーを片手に「弁天様にお参りする人は列の後ろにお並びください」を連呼していました。『うるさい日本の私』の著者中嶋氏でしたら、「君、そんなにスピーカーでがなり立てなくとも、列の後ろに並ぶぐらい誰でもわかりますよ」と言うでしょうか。
 並んで待つこと約20分、やっとお堂の入り口にたどり着きました。残念ながら、弁財天のお姿は部屋の奥の方に鎮座ましますために、写真で撮ることはおろか、よく見えもしませんでした。そういうわけで、弁天様だけここで紹介することができません。そのかわり、彼女(弁天様は女性です)の愛用の琵琶を写真に納めました。

琵琶

 弁財天のご利益は「愛敬」とありました。ありがたいことです。僕のような客商売に近い仕事についているものにとっては、愛敬はやはり必要なものでしょう。他人との関係は摩擦がないほうが良いにきまっています。そんなとき愛敬は潤滑油の働きをするでしょう。
 ところで、弁財天はその名前からして「蓄財」と関係あるのかと思いましたが、弁才天と書かれているのもあるところから、むしろ「タレント(才能)」の神様と考えられるかもしれません。琵琶はその象徴と言えるでしょう。

 弁天堂を後にして、上野の山を横切り、駅へと向かいました。途中、西郷像と電飾というきわめてミスマッチな光景に遭遇しました。

西郷像


 七福神巡りを終えた今、改めて今年はどんな年になるだろうかと考えてしまいます。先に書いたように何年か前に一度したことがありました。その年は、僕の生涯にとって最も嫌な年、最悪の年となりました。もちろんそれは七福神巡りをしたからとは思いませんが。それでも、この度あらためて七福神を巡って歩きますと、その数年前が思い出されてしまいます。
 むしろ、この二度目の七福神巡りは、その嫌な思い出を払拭するべく敢行したといったほうが良いのかもしれません。
 どうかこれをご覧の皆様にとって、今年が良い年でありますように。

七福神朱印
七福神巡りの御朱印・・・巡った証拠です。
スポンサーサイト
プロムナード | 15:33:58 | Trackback(0) | Comments(1)
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010-01-10 日 23:28:27 | | [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad