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石田明生

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トルコ料理「ザクロ」と谷中散歩
2月14日(日)

 昨日みぞれ混じりの空の下、谷中から上野まで歩いた。今や中学生の子を持つ母親となった,かつての教え子である二人のマダムを伴っての逍遥だ。
 日暮里駅の改札を出たところで昼の12時に待ち合わせ、早速谷中銀座に向かった。まずは右手途中にある経王寺という寺に立ち寄る。ここは、上野戦争の折り彰義隊をかくまったために,いわゆる官軍の攻撃を受けた由緒ある(?)寺だそうだ。我々のみならず何処から来たのか何人もの漫遊者達が,山門に残る鉄砲弾の貫通した痕に指を突っ込んで歴史の事実を実感する。さりげない維新の傷跡から、ここに逃げ込んだ青年達の運命に思いを馳せる。

弾丸跡


ザクロ外観
経王寺の少し先にレストラン「ザクロ」がある。入り口の上に横たわっているお兄さんが、達者な日本語で給仕をしてくれる。



 お二人とも谷中は初めてだったので、昼食前に、右に左に庶民的な店の立ち並ぶ、ほんの百メートルばかりの商店街を往復する。さて下町気分にしっかり浸ったところで,谷中銀座入り口にあるトルコ料理「ザクロ」に入る。東京の下町気分とは何の縁もないが,お二人のマダムと日暮里駅で待ち合わせをすると決めたときから、ここに入ろうと密かに考えていたのだ。
 理由は,もちろん安くておいしいからだがそれだけではない。というのも、この風変わりな店の性格と外観から、おそらく初めてやって来た女性だけでは店に入ることはあり得ないだろうと思ったからだ。案の定,後でそのことをうかがったら,絶対に入れないとおっしゃっていた。
 店内に入るとまず驚かされるのが、広い一面の座敷だ。ところどころに客達があぐらをかいたり,足を崩して座ったりして食事をしている。我々も一郭に案内される。

店内
店内の様子。水パイプも吸えるが,多分有料だと思われる。


 次にビックリするのが,メニューがなく、とにかく千円コースを注文するのがこの店の常識であると説明され、それを注文するとひっきりなしに様々な料理が運ばれてくることだ。トルコはもちろん,その周辺の国々の料理が小皿にのってやって来て、エキゾチックな香りと味を、遥かアジア西方のひとたちの知恵と欲望の結晶を、我々東洋人の目の前に展開してみせてくれる。牛肉料理も,トリ料理も、ピロシキ風の揚げ物もポテトのクリームソース掛けも,こんがりと焼き上げられたナン、サフランを散りばめられたトルコ米、ヨーグルトのような甘い液体のデザートも、プルーンや杏の干し物も、ライムジュースとアールグレー風の茶も、みんな美味で、思わず舌鼓を打つ(この列挙は僕の記憶の一部にすぎない。もっとたくさんの料理があった)。

筆者
看板のお兄さんがふざけて,キンキラのベストを着せてくれた。思わず,シャッターを。

注文は
注文・会計担当のお姉さん。愛想が良くてかわいい。

 さらに驚くのが,これらの料理どれでもお代わりし放題なのだ。いや本当に驚くのは,そのお代わりが食べきれなければパックにつめて持ち帰ってもよいということだ。試みに,マダムの一人が家で待つ中学生のお土産にしようと、サフラン掛けのトルコ米・・・米は日本が世界一だという自慢を軽く崩してしまいかねないほどおいしい・・・をお代わりして,持ち帰りを頼んだ。すると、パックと袋とセロテープ(こぼれないようにパックをくっつける)を快く持って来た。
 トルコ料理に舌鼓を打ちながら,僕は二人のマダムに<タオール王子>の話をした。「落ち」はこの店にあるからだ。物語はこんなふうに始まる。

 《むかし,インドにマンガロールという小さな王国がありました。
 その国の跡継ぎはタオールという王子です。ところでこの若者は、武器にも黄金にも女性にも芸術品にも馬にもなんの関心も示しませんでした。そうではなくて,彼が大好きだったのは飴や菓子、押し並べて甘いものはなんでもでした。》(『奇跡への旅』ミッシェル・トゥルニエ作石田明夫訳パロル舍刊 p.91)

 ある日,そんな王子のもとに西方より珍しい菓子、ラハット・ルクム(喉の至福)と呼ばれる菓子が運ばれます。甘いものに目がない王子はその一口大の小さな菓子をパクリと食べてしまいます。
 そのうまさと言ったら,今まで王子の経験したことのないものでした。早速お抱えの菓子職人に同じものを作らせようとしましたが,たった一つのラハット・ルクムを食べてしまった今,どうしようもありません。その作り方をさぐるために、使者を二人西方に使わせましたが,船はモンスーンを利用するため往復2年かかります。それでも王子は待ち続け,やっとのことで使者を迎えますが,残念ながら彼らはその製法を持ち帰ることができませんでした。それでも、その西方では偉大な菓子司が間もなく生まれるという噂を耳にして来ます。
 ラハット・ルクムのような美味なものを作る西方に、その作り方を求めて旅をしたいという誘惑に王子は勝てませんでした。そこで王子は象5頭を引き連れ,5艘の船に分乗して、遥か西へ西へと、紅海を縦断して、今のイスラエルに上陸します。
 そこから北への道を辿って行くと,3人の王達に出会います。王子は彼らに旅の目的を語り、そんな夢のような人物が誕生したのかどうか尋ねます。すると,王達の一人は,自分たちが拝顔した赤子がそのような人物になるかどうかわからないが,その赤子はベツレヘムという町にいる。が、早く行かないとどこかに行ってしまわれるかもしれない、と教えてくれます。
 王子は道を急ぎます。が、ベツレヘムに到着した時にはそのような赤子はどこにもいませんでした。落胆した王子は、それならば、象に運ばせて来た食料を使ってお菓子を作り,ベツレヘムの子供達を招待してお菓子の夕べを開こうと思いつきます。ただし,子供と言っても、一人で歩ける子に限ろう,つまり2歳以上の子にしよう。
 こうして、ベツレヘムの町を見下ろす丘でお菓子の会が催されました。とその時,恐ろしい知らせが王子の元に届きます。なんと! 町では招待されなかった2歳未満の子供達が皆殺しになっているというではありませんか。
 失意と絶望に陥り,死海のほとりまで来た王子は,ついて来てくれた部下達とも別れてしまいます。ひとり,ソドムという町に残った王子は、ある裁判に立ち会います。妻や子のある被告は33タラント分の強制労働を課されましたので,世間知らずの王子は,あわれに思い身代わりを申し出ます。すると、33タラント分の強制労働はなんと、33年間の塩鉱での労働だったのです!
 タオール王子、あんなにも甘いものが好きだった王子は,毎日毎日、日の射さない塩鉱で塩を掘り続けます。
 ある時,囚人仲間の一人が、ラハット・ルクムの作り方を教えてくれました。不思議なことに、王子にとってそんなことはどうでもよくなっていました。またある時,デマスという新入りの囚人がやって来ました。彼は外の世界のことをよく語ってくれました。

《そんなときにデマスは、ティベリア湖(=ガリラヤ湖)畔で教えを聞いたひとりの説教師のことを口にしました。人々はその人をナザレ人(びと)と呼んでいました。タオールは口に出してはなにも言いませんでした。けれどもこの瞬間から,彼の胸のうちで熱くきらめく小さな炎がゆらゆらと燃え始めました。なぜなら,その人はベツレヘムで会いそこなった人、仲間とともに国に帰ることをやめさせた人のことだとピンと来たからでした。》(同書 p.185)

 そのナザレ人は、カナというところで水を葡萄酒に変えたり,五千人の聴衆にパンと魚を与えたりしたそうです。タオールは決心します。
 やっと強制労働の33年が過ぎ,タオールは外の世界に出ることができました。彼は死海にそって北上し、あのナザレ人のいるエルサレムを目指します。が、彼の体はもうぼろぼろです。それでも最後の力を振り絞って、エルサレムのある家にたどり着き,そのナザレ人が仲間と晩餐をしているという部屋まであがります。

 《部屋には人っ子ひとりいませんでした。またしても彼は遅れたのです。
 ここの食卓には食事をしたあとがありました。まだそのまま・・・(中略)
 タオールはめまいがしました。パンとワインだ! 彼はひとつの杯に手をのばして、唇までそれを運びました。それからパンのかけらを拾い集めて,食べました。》(同書 p.195)

 すると彼は,天使につれられて夜空に飛び去りました。《遅刻の常習犯だったくせに、一番最初に「聖体」のパンとワインを授かったこの男》は。
 タオール王子の話はここで終わりです。

 この物語を僕が翻訳したのはもう15年も前だ。この本を何度も何度も読んでいるうちに、ここに登場する,タオール王子の人生を変えたラハット・ルクムなる菓子をどうしても食べてみたいと思うのは,自然の成り行きだ。どうやら,中近東の菓子らしい。と思っても,中近東の菓子屋など知る由もない(まだインターネットのない時代だ)。そうするうちに,たまたまこのトルコ料理店「ザクロ」に入り,料理を堪能した。帰り際,試しに聞いてみた。
「ラハット・ルクムっていうお菓子知っていますか?」
「えっ? ルクム? ルクムならこの店にあるよ」
 こうして、東洋のボンクラはタオール王子よりもいとも簡単に貴重な菓子を見つけたというわけだ。ちなみに,タオールが食べたのはピスタチオ入りのラハット・ルクムだったが、それはないそうだ。
 さて、だいぶ「ザクロ」に長居してしまった。そろそろ谷中散歩をしよう。帰り際,二人のマダムにラハット・ルクムをお土産に渡したのは言うまでもない(この「ザクロ」で、ルクムが売られています)。

ルクム
これは,バラの香りがするルクム(ロクムとも)。

朝倉
朝倉彫塑館の屋根にある彫像

 谷中銀座に至る通りと直角に交わる朝倉彫塑館のある通りを上野に向かう。残念ながら,現在彫塑館は修復工事中だ。目指すは,国立博物館の隣にある「黒田清輝記念館」。

黒田記念館
黒田清輝記念館・・・美しい洋館だ。

湖畔
清輝の傑作『湖畔』。すぐ傍に元となった妻のスケッチも展示されていた。

智・感・情
この連作は右から《智》《感》《情》を表している。

 冷たい空気の中,黒田清輝館は文字通り暖かく迎えてくれた。ここは、彼の傑作中の傑作があるにもかかわらず,入場料が無料でなおかつ写真撮影が可能だ。なんだかフランスに行ったような気分だ。
こんな美術館が増えればもっと美術が身近になるのだが・・・

清輝像
黒田清輝像

 霧雨のような中を忍ばずの池に向かう。忍ばずの池を渡って、少し行くと今日の最終目的地、旧岩崎邸がある。岩崎弥太郎の物語はないけれども,今NHKで放送されている大河ドラマ「龍馬伝」で、香川照之が弥太郎を演じている。彼は個性的な俳優さんだから,三菱の創設者がこれまでになく身近になるかもしれない。お二人のマダムも大河ドラマを見ているらしく,その話題で花が咲く。
 邸内に入るのには400円の入場料を払わねばならない。もう五時近くなっているので、外観だけで我慢した。

岩崎邸
旧岩崎邸正面 一瞬パリのリュクサンブール宮殿を思い起こした。

 谷中から池之端まで、今日の散歩はランチのフルコースのような軽いけれどもそれなりの充実ぶりだった。というのは僕の勝手な感想で,お二人のマダムはどう味わわれたか。お付き合いくださり,ありがとう。
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プロムナード | 22:52:37 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
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2010-02-16 火 14:33:56 | | [編集]
Re: タオール王子の物語と散歩について
先日はお付き合いくださり、ありがとう。
もしかすると、引っ張り回しすぎたかもしれませんね。
次はもっとゆるりとした散歩にしましょう。
ところで、「ラハット・ルクム」はいかがでしたか。もし二千年前にこの甘いお菓子を口にしたら,タオール王子ならずとも、取り憑かれるかもしれませんね。もっともこの菓子、その頃本当に存在したとは思えませんが・・・

もうひとりのマダム、Kさんにもよろしくおっしゃってください。
2010-02-16 火 15:52:54 | URL | 石田明生 [編集]
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