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石田明生

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南フランスの町マントン(1)
 3月10日(木)、マントンに到着。
 パリのリヨン駅で朝7時46分発のTGVに乗り、延々と南下すること6時間弱、ニース駅に13時24分に到着する。そこからすぐにヴァンティミル(なんと、イタリアの町だ!)行きの列車に乗り換え,約30分ほどでマントンの駅前に降り立った。
 空はとぼけていて、雲で覆われ、南国(コート・ダジュール)の紺碧の海を満喫しにやって来た旅人には、すこぶる不満だ。
 ホテルで旅装を解くと早速、市内見学に出た。どんよりした曇り空では、海のほうに行く気もしないので、まずは、オテル・ド・ヴィル(市役所)の「結婚の間」を見に行く。ご存知の通り、フランスでは結婚というものはふつう市役所や区役所で行われるものだ。だから、どこの市役所にも結婚の間はあるものなのだから、珍しくないのだが、ここは別だ。というのも、内部装飾は全て詩人で画家のジャン・コクトーが手がけたからだ。

結婚
コクトー作「結婚」右下に「... doit suivre son mari」(・・・は夫に従わねばならない)と書かれていた。
詩人は主語を書くことができなかったのか。
室内は撮影禁止だったので、絵はがきから転写した。



 入場料1.5ユーロを支払い(有料だ!)、結婚の間に入る。写真撮影は禁止だが、さすが有料なだけあって、日本語の音声ガイドがある。係のおばさんによると、日本人もここで結婚式をする人が結構いるらしい。結婚好きな日本人らしい。フランスでは結婚式(または結婚そのもの)をしないカップルがふえたらしいので、この結婚の間は繁盛しているのか、ちょっとよけいなことを考えてしまう。いや、そんなことを言ったら、ジャン・コクトーと結婚そのものがおよそ無関係だと、これまたよけいなことを思う。

花嫁・花婿
コクトー作「花嫁・花婿」


 というのも、周知のようにこの大詩人は女性とは友人付き合い以上には絶対に発展することはあり得ず、恋愛対象はもっぱら男性であったからだ。こういうホモセクシュアルな人は、だからこそ女性と深い友情関係を築くことができる。ココ・シャネルやエディット・ピアフとの友情は有名だ。
 彼の恋人は、言うまでもないが、あの『美女と野獣』の王子役ジャン・マレーだ。もちろんこの二人の関係から、「結婚」という二文字が生ずることはあり得ない。
 ではどうして、コクトーは結婚の間の装飾をしたのか。
 話しは少し長くなるが、戦後まもない1947年、パレ・ロワイヤルでコクトーは22歳の青年と出会い、たちまち意気投合する。その時、詩人は57歳、その青年デルミットをマレーとの住居の庭師と言うふれこみで住まわせる。こうしたことから、マレーは詩人の元を去ったらしい(とはいえ、喧嘩別れしたわけではないことは後の二人の関係からうかがうことができる)。コクトーはこの青年を愛し、遺産相続人および養子として面倒を見る。
 「結婚の間」のガイド説明は「詩人コクトーが息子の結婚の際、この室内装飾を手がけた」と言っていたが、その「息子」とは、デルミットのことだったのだ。詩人にして画家のコクトーは、69歳という晩年(74歳没)を迎えて、恋人にして息子のドゥードゥー(デルミットの愛称)のために、精一杯の愛情表現をしたのかもしれない。
 彼の描いた壁絵はあくまでも美しい。
 後日談になるが、養子のデルミットと元の恋人マレーは、詩人没後、協同してその遺産や美術品の管理にあたったらしい。もしかするとそのおかげ(そのせい)で、彼の作品は全て撮影禁止になっているのかも・・・むむっ。というのも、後に訪ねる「コクトー美術館」もコクトーの礼拝堂もみんな撮影禁止だったからだ。

市役所
オテル・ド・ヴィル(市役所)
この中に結婚の間がある。


 さて、マントンの第一日目は、曇り空に見舞われた。旧市街へと至る繁華街を散歩して、日が暮れたら、ささやかな晩餐をしよう。

内陣
町のシンボル「サン・ミシェル教会」内陣

イエス像
「サン・ミシェル教会」内のイエス像
教会の外観は翌日、晴天の空の下で


<続く>
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フランス旅行記(2010年春) | 23:52:23 | Trackback(0) | Comments(0)
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