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ファールかデッドボールか
8月16日(月)

 終戦記念日の翌日、ひどく暑い一日もいよいよ日が暮れようとしていた。
 そこで、ニュースでも見ようと、たまたまテレビを付けたら、甲子園の第四試合「九州学院対鹿児島実業」が放映されていた。ちょうど9回裏で、鹿児島実業が3点差ながら、1点を入れなお1・2塁と攻めているときだった。おもしろい局面だったので思わずテレビに釘付けになった。
 そのときピッチャーの投げた球が、バッターのグリップヘッドあたりにあたった。デッドボールかファールかどっちなのか。デッドボールならワンアウト満塁、攻撃側にとってこれ以上ない好機となる。審判は迷うことなくすぐにファールを宣告した。仕切り直しだ。ところが、バッターは手の甲を押さえて痛がったまま、なかなか打席に立てない。ついに手袋を脱いで、どうやら腫れているらしい部分に痛み止めのスプレーをかけている。それだけではない。スプレーをかけている補欠の選手が審判に腫れているらしい部分を示している。会話は聞こえないが、「ここにあたった」と言っていたのだろう。


 そんなやり取りを見て、気をきかせたのかもしれない。ビデオ担当者は問題の一球のリプレーを流した(あとで大目玉を食らってなければいいが)。僕も目を凝らしてそれを見たが、やはり手の甲にあたっていた。
 しかし、試合はファールのままで続行となった。もちろん、審判の人はそのビデオを見ているわけではないので、それが当然だが、驚いたのは、実況中継しているアナウンサーと解説者の反応だ。
 つまり、無反応だったのだ。なにも言わない、沈黙の長い瞬間が流れた。この二人はなんのためにマイクの前に座って試合を見ているのだろう。なぜなにも言わないのだろう。これがもしもプロ野球中継だったら、解説者は審判の間違いを指摘し、ケチのひとつも付けるかもしれない。
 高校野球の審判はボランティア活動だと聞いている。だから審判の判断にいちゃもんを付けるのは御法度なのは納得できる。とはいえ、アナウンサーと解説者が審判の判断を間違っていると言っても、それは審判に対するケチとはならないのではないのだろうか。というのは、野球の試合というものは、ある意味では審判の恣意的な判断で行われると言ってもいいくらいのおおざっぱなスポーツなのだし、見ているものはそのことを誰でも知っている。「あれは審判の判断ミスだね」といっても、それは試合の流れのひとつでしかない。
 プロ野球の中継のときは、審判の判断がどうであれ、眼前たる事実を前にしたとき、審判のミスをいい、当該の選手の不運を語って、視聴者に説明してくれるのに、高校野球のときは、だんまりを決め込むのはいかがなものか。アマだからこそ、教育の一環だからこそ、アナウンサーも解説者も堂々と真実を話すべきではないだろうか。誰も審判の無謬性など信じてはいない。どんな人でも、どんな審判でも間違いのない人など存在しない。そんなこと誰でも知っている。たまたま彼は間違えた。それだけのことだ。
 ちなみに、手の痛みをこらえて打席に立った件の選手はレフト前にヒットを放ち、ワンアウト満塁とし、結果的にデッドボールと同じになった。もしかするとその結果に一番ほっとしたのは、例の審判だったのではないだろうか。
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雑感 | 22:35:35 | Trackback(0) | Comments(0)
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