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恥ずかしいリーダーと彼方の孫達・・・猛暑
 今年もお盆が過ぎた。毎年8月のこの時期を過ごすとき、広島・長崎の原爆記念日および終戦記念日があるために、日本中が厳粛な気持ちになる。65年が過ぎたとはいえ、被爆体験はあとにも先にも広島・長崎以外この地球上にないのだから、常に人はこの非人道的行為を告発し続けなければならない。
 今年の記念式は、広島に米・英・仏の代表が初めて参加したことが話題となった。特に原爆投下の当事国である米国の式典参加は、コペルニクス的な発想転換とも言えるほどの画期をもたらすものと期待できる。
 だからといって、英・仏両代表の式典参加の価値を下げるものではないはずだ。どう狂ったのか、菅直人首相はそう勘違いしたらしい。というのは、彼は子供代表の平和への誓いのあと、あいさつで次のように言ったからだ。「本日の式典には、バンキムン国連事務総長、さらにはルース駐日米国大使をはじめ70カ国を越える国の代表の方々が出席されています。心より歓迎いたします」(毎日新聞より)
 この文言は毎日新聞の『金言』(西川恵)でも指摘されていることだが、英・仏をすでに参加している他の国と「十把一からげ」(金言)にしてあつかい、きわめて失敬だと言わざるを得ない。
 広島市長の平和宣言の冒頭に耳を傾ければ、その違いは歴然としている。「今回初めて米国大使や英仏の代表が参列されています」
 国の代表としての言葉はどちらが妥当か。どうも我々は恥ずかしいリーダーを持ったようだ。


 長崎の記念式典では、米国の不参加に対して、彼が軽く扱った英・仏両国の参加というかたちで、首相の言葉の愚かしさが完全に露呈した。この米国不参加は多分長崎の人たちの心を深く傷つけたことだろう。戦争終結を速めるための原爆投下というなら、広島への一発だけで十分だったはずだ。長崎への投下は一体なんだったのか。おまけのようなものだったのか。「おまけ」だったから、ルース大使は長崎に来なかったのか。
 まさか、エノラゲイに搭乗し、原爆を投下した米兵の孫の反発に耳を貸したわけではあるまい。彼は、狂ったように祖父の行為の正当性を喧伝して歩いているそうな。
 信じられないことだが、どうして孫がそれほど祖父の行為の正当性を主張するのだろう。原爆投下を決定したのは、彼ではあるまい。彼はしがない兵卒だったはずだ。要するに命令に従っただけではないか(拒否は可能だったかもしれないが・・・)。その孫が、「祖父は命令だったのでやむを得ず、原爆を投下した。被爆した方はどれほど恐怖し、苦しんだか。察するにあまりあります」と言ってもいいのではないか。
 孫話と言えば、16日の毎日新聞『論調観測』(社説の下)に、トルーマン大統領の孫が登場している。この孫も祖父のくびきから逃れられないでいるらしい。
 8月6日の「シカゴ・トリビューン」紙に、彼は手記を掲載したが、その中で次のようなことを書いた。
 原爆投下を命じた大統領の孫は、今年ニューヨークで佐々木雅弘・祐滋父子と面会し、一羽の古びた折り鶴をもらった。その折り鶴は、広島の平和記念公園にある原爆の像のモデルであり、お二人の妹・おばにあたる佐々木禎子さんが12歳のとき、白血病からの回復を祈って折った千羽鶴のうち最後に折った一羽だった。
 トルーマンの孫はその鶴を握りしめたときどれほどの重みを感じたことだろうか。次のように書いている。
「私は同じ手で、祖父の決断を涙ながらに感謝していた老兵士の手も握っている」「彼らの涙もサダコの鶴も両方尊い」(『論調観測』)
 佐々木さん父子が地球の重みにも匹敵するほどの折り鶴を置いた手は、原爆投下を感謝していた元兵士の手を握りしめたことのある汚れた手だったのだ!!!
 原爆投下という人類史上最大の汚辱を背負った大統領の孫は、歴史になにも学ぶこともなく、ユマニスムという哲学を自分のものにすることなく、ただただ祖父の偉大にだけすがって、生き残った兵士の涙と白血病の娘の折り鶴を「両方尊い」と臆面もなく断言してはばからないのだ。
 しかし、『論調観測』を書いている福本容子という人は、この孫トルーマンの言説を肯定的に受け入れて、「新しい可能性」を感じた「65年後」だと結んでいる。つまり彼女は、戦争終結を速めた功績としての原爆投下(おまけの長崎も忘れるな)と、被爆した被害者の涙以上の、まさに筆舌に尽くしがたい苦しみとを同じだと言っているのだ。
 いやいや、この孫の「両方尊い」という言葉は、「新しい可能性」よりも、米国が持つ相変わらずの頑迷さをあらためて感じさせただけだ。強いて評価するなら、彼が佐々木さん父子と面会したということが、米国ルース大使が初めて広島平和記念式典に出席したという功績に匹敵するのかもしれない。もっともそれを「新しい可能性」と言えば、言えないことはないが・・・
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雑感 | 09:43:03 | Trackback(0) | Comments(0)
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