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石田明生

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奈良・京都の旅・・・西ノ京
9月6日(月) 西大寺駅で近鉄線に乗ろうとしたとき,これから行く薬師寺界隈には食堂がなかったことをふと思い出す。そこで西大寺駅構内のショッピング街で目にとまったカレー屋でカレーを食べた。なにも奈良まで来てカレーとは、と我ながらあきれてしまうが、前日食べた腰砕けのテンプラ蕎麦を思い出すとそうも言っておれない。門前の小洒落た和風食堂にはうんざりしている。
 その点カレーライスはたいしたものだ。まずいものにあたることはめったにない。が、カレーを盛りつける皿には文句を言いたい。この度の店もそうだが、限りなく平らな皿にライスとカレーを盛るのはいただけない。スーパーで売っている佃煮昆布の上げ底のパックと考え方は同じだ。見た目になるべく量多く見せたいのだろう。しかし問題はそのことではない。平らな皿では、フィニッシュがうまくいかないのだ。深みのある皿ならなんでもないのだが、最後に一口残ったカレーとご飯をスプーンにうまく載せられない。何度かいたずらにすくったあげく,結局は左手の助けを借りることになる。スプーンや匙で食する料理は右手だけで完結したいものだ。チャーハンはどうかですって? あれもやはり平らな皿に盛りつけられているが、最後の一口は匙を裏返してちょっと押して、すくい上げるときれいにとれる。だから,問題はないし、きれいにとれた時には快感すらある。オムライスやピラフ等もご飯にねばりがあるのでまとめてとりやすい。が、カレーだけは・・・
 なんだかいきなり、カレー皿の話になってしまった。旅を続けよう。


中学生

 久しぶりに西ノ京に降り立つ。刺すような日射しの下、まずは薬師寺に向かう。修学旅行か校外活動か,ちょうど中学生のグループと一緒になる。多分自由見学なのだろう。男女合わせて10人くらいが僕たちの前を行く。彼らも彼らなりにいろいろ苦労や悩みはあるだろうが,14・15歳の頃は一番幸せなときだ。僕も中学の修学旅行で、薬師寺に来たことを思い出した。佐佐木信綱の和歌「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」を口ずさみ,現前とした三重塔に感動した。仲間たちと乱暴な口をきき,いたずらをし,ふざけ合った。
 受付まで行くと,その中学生たちがすれ違いざま「やめた、やめた」と言いながら,どこかへ行ってしまった。「? ? ?」と思って受付の料金表を見て,納得。「一般・大学生 : 800円,中・高生 : 700円」となっていた。中学生たちにとって700円はあまりに高かったのだろう。可哀想に,これからを担う中学生たちこそ、見るべき世界遺産だと思うのだが・・・
 僕たちの時代のように全員が修学旅行の日程に組み込まれて,団体で見学するというのではなく,現在の修学旅行はグループごとに別れて,それぞれ自由研究をするケースが多い。この中学生たちがそれだったのだろう。見学すべきものがどれほど貴重なものでも,中・高生にとって700円という額は、彼らのだれかがつぶやいていた「ゲーセン」に使った方がいいと思ってしまう金額なのだ。なんとかした方がよい。もちろん,薬師寺側が無料か200円くらいにすればいいのだが、寺の事情でどうしてもそれが無理ならば,中・高生の拝観料は文科省か,地方の自治体が援助すればいいのではないか。そういうことに税金を使われてもおそらく納税者たちは文句を言うことはないだろう。
 一般である僕たちは800円(これも高いけれども)を支払って境内に入り,仏像や伽藍(隣の寺院「玄奘三蔵院」の拝観も含まれていた・・・ここにある平山画伯の絵に感動)を見学したが、その圧倒的な美の世界を見学するにつれ、800円を高いとは感じなくなった。そういうものだ。彼ら中学生も拝観すれば同じ感想を抱いたかもしれない。が、後の祭りだ。残念だがおそらくは大人になるまでこの感覚を知らないまま過ぎてしまうのだろう。
 佐佐木信綱が詠んだ頃には、東塔しかなかった三重塔も、今では対となって、色の違いこそあれ安定した空間を作り出している。薬師寺の美はシンメトリーの傑作に他ならないのだから。

薬師寺     玄奘から
  薬師寺                玄奘三蔵院から見た薬師寺


 猛烈な暑さの中,日陰を求めて片側の塀にへばりつきながら,唐招提寺まで歩く。せいぜい10分ほどだ。拝観料600円なりを支払って山門をくぐる。すると境内は、丹色のシンメトリーで圧倒する薬師寺と異なり、天平の甍と古色蒼然とした建物が醸し出す静かな落ち着きに満たされている。気のせいか、日の光さえ弱まったかのようだ。樹木が多いせいかもしれない。

鑑真の墓            唐招提寺
鑑真和尚の墓              境内を歩く僧侶


 ひと渡り見学し終わって、縁側に腰かけてひと休みしていると,日傘をさしてやって来た高僧らしき黄色の衣の僧侶が「今日は鑑真様の命日で」と教えてくれた。ちょうど命日に、鑑真和尚の墓に詣でることができたとは。

    ホーシンツクツク 鑑真和上の 御霊かな(?)

 そういえば、鑑真和上の墓では,やたらホーシンツクが鳴いていた。


 西ノ京をあとにして、奈良県庁に向かう。県庁の屋上から,奈良の町を俯瞰しようというわけだ。受付のお嬢さんにその旨を伝えると喜んで丁寧に屋上への行き方を教えてくれた。「エレベーターの最上階からさらに階段を上った方がよく見えますよ!」
 県庁は奈良の町のほぼ中心にあるのだろう。360度ぐるりと町を見ることができた。その中でも,一番の景色は南側だった。緑の公園にそびえる興福寺の五重塔は他の景色に抜きん出ている。東の方面には緑の樹木の中に東大寺と二月堂の屋根が見えた。これからの予定は、その二月堂の舞台から南都を眺めて,人気(ひとけ)のない夕方の裏参道をぶらついて宿に戻れば完了する。

奈良の町
興福寺五重塔


 夕食は、ホテル(あいかわらずLOHASにいる)近くの「栗の木」というお好み焼き屋で、もちろんお好み焼きを食べた。「栗の木」は、駅前の大通りから路地を少し入ったところにあり,ひどく目立たない、よほどの酔狂でもなければ入りそうもない店だ。我々が入ったのはどんな気まぐれからだったのだろう。
 まだ新装開店したばかりのような新しさと清潔さ、そして何よりも静かで落ち着いた雰囲気、入る気にさせたのはそのあたりだろうか。「静かで落ち着いて」いるのは、誰も客が入らないからであり,新しいのは開店して3ヶ月しか経っていないから、ということが店にいた約90分の間に判明した(ついに我々以外客は来なかった)。店の女将は、兵庫は明石出身でお好み焼きの腕には自信がある(事実おいしかった)と言っていたが,内装に失敗したと愚痴をこぼしていた。僕がお好み焼き屋で好きなのは、プロが手際よく焼き上げるあの技を見られることだ(だから客に焼かせる店には入らない)。ところが,この店では女将の鉄板のところにしきりがあってその技が見えないのだ。彼女はしきりに言っていた。「こんなところにしきりを作っちゃって・・・」
 最後に、気になっていたので訊いてみた。「店の名前『栗の木』はどうして?」
 何度も何度も答えているのだろう。にこりとして言った。「3年店がもてばいいと思ってなんです。その前に3ヶ月もつかどうか心配ですが・・・」
 読者のみなさん(もしも読者がいるならばですが)、どうか奈良に足を運んだおりはお好み焼き屋「栗の木」に立ち寄ってください。そして、店名の由来を聞いてください。女将は、きっとうれしそうに同じように答えるでしょう。それでもいつか、「桃栗三年と言うけど、なんとか三年もちました」と答えられるようになるかもしれません。
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国内旅行 | 14:50:09 | Trackback(0) | Comments(0)
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