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奈良・京都の旅・・・今井町から当麻寺
9月7日(火) 今井町、当麻寺、信貴山

 午前9時、奈良三条通と安らぎの道の交差点で,待ち合わせていたN氏の車に乗り込む。N氏は,数年前に埼玉の市役所を定年退職したおり,京都の木津のほうに移り住んだ大学時代の先輩だ。この度の旅行計画を知らせると、7日は空いているので一日付き合ってくださるとのことだった。それならばと、車がないと行けないようなところを選んで一緒に行ってもらうことにした。
 まず向かったのは、古い町並みが今なお残るという橿原市の「今井町」。途中,通りかかったので「唐子遺跡」に立ち寄る。弥生時代の環濠遺跡らしく、そこで発見された壷に描かれた建物を復元した楼閣がその名も唐子池の一隅に建っていた。

唐子楼閣           説明
唐子遺跡の楼閣                             


 唐子池を回りかけたが、N氏によると、この辺りにはマムシが出没するとか、強烈な日差しにもげんなりしてきたので早々に引き上げることにした。
 今井町は、戦国時代「海の堺」と並び称される自治都市として「陸の今井」として栄えたらしい。日本では珍しい、環濠をめぐらせた一種の城塞都市でもある。


 保存区域は修復も再建もされているのだろうが、碁盤の目のように古い町並みが甍を連ねている。東西か南北かわからなかったが、どちらかだけ電信柱が地下に埋設されているのは、ご愛嬌だ。この電信柱というやつ、本当にどうにかならないものだろうか。翌日京都の先斗町に行ったが、そこにまで電信柱があるのにはあきれかえってしまった。地下埋設というのはそんなにたいへんなことなのだろうか。フランスと比較しては申し訳ないが、あちらのほとんどの町に電信柱はない。フランスではどうして可能なのだろう。不思議だ。

上田家                  町並み
今井町・上田家                            今井町町並み

 とはいえ、半分だけでも電信柱がないのはとてもいいことだ。何よりも歩いていて邪魔ではないし、写真映りも良い。
 N氏によるとつい最近まで町の近くで無料駐車ができたらしい。今は無人の有料駐車場が設置され、時間いくらでしっかりとる。修復、維持に費用がかかり、なおかつ見学者が増えたからだろう。
 次にN氏の軽四輪は当麻寺に向かう。途中、N氏が竹内街道を教えてくれた。《竹内街道(たけのうちかいどう)は、大阪府堺市から東に向かい、二上山の南麓・竹内峠を越えて、奈良県葛城市の長尾神社付近に至る約26kmの街道である》とウィキペディアにある。この街道は日本最古の官道だった。大和に国が定まって以来、海と都をつなぐ最重要の街道だったのだろう。遣隋使や遣唐使たちが、大陸に向かう船に乗るために難波を目指して竹内峠を越えていったか。あるいは遠い大陸から船旅を終え、難波に上陸するとまっすぐここを通って都へと足を急がせたものか。想像するだけでわくわくする。
 N氏が車を止めたのは長尾神社だった。つまり、竹内街道の東端ということになる。

長尾神社                  絵馬殿
    長尾神社                           長尾神社・絵馬殿内

 ここからほんの数分間、竹内街道を西に行くと、今では閑静な住宅街となっている竹内集落がある。そこに芭蕉が一時期滞在していたという古風な作りの住宅が建っていた。さっそく中に入って見学させてもらう。句碑にある句を詠むと、芭蕉という人の好奇心の旺盛さと眼力の鋭さにはつくづく感服する。彼はここを拠点にして、長尾や当麻寺に出かけて、彼にとってのいにしえと出会い、風流を味わったのだろう。旅人に理想の姿があるとすれば芭蕉をおいて他にあるまい。

芭蕉
芭蕉が滞在した友人宅

 当麻寺は二上山のほぼふもとにある。何年か前、神田神保町の岩波ホールで人形劇映画『死者の書』(原作折口信夫)を見たことがある。この前逝去された川本喜八郎監督の作品だ。
 時代は平城遷都がなった奈良時代、藤原南家の姫(中将姫という)は、二上山の両山のあいだに落ちる夕日の中に、50年前に憤死した大津皇子の化身を見る。中将姫はその姿に阿弥陀仏を重ね合わせて、蓮の芯を使って、衣を織り上げようとする。その布に模様を書き入れようとするが、姫の命数は尽きて完成を見ない。が、菩薩が地から湧き出でて、それを曼荼羅に仕上げる。

護念院   三重塔   中将姫
  当麻寺・護念院と三重塔       当麻寺・三重塔     当麻寺・中将姫の像と二上山

 その曼荼羅こそ、当麻寺に伝わる「大麻曼荼羅」だ。拝観できるのは「お練り供養」の5月14日だけと聞く。今日はただ、当麻寺の伽藍を見学するだけだ。それにしてもこの寺、背後の二上山といい、凛として静かなたたずまいを見せる三重塔といい、こころいくまでの絶景を提供してくれる。猛暑でなければもっとゆっくり見学できるのだが・・・
 中将姫が髪を落としたと言われる「中の坊」の入り口で、着ぐるみの中将姫が我々を請じ入れようと盛んに手招きをしていた(この中は有料だから)。張り子のような中将姫は女性か男性かわからないが、その楽しそうな姿に同情を禁じ得なかった。着ぐるみの中は卒倒するほどの暑さに違いないのだから。

蓮花ちゃん
暑さもなんのその、愛想を振りまく平成の中将姫、蓮花(れんか)ちゃん

 信貴山に行く前に、当麻寺のすぐとなりにある石光寺に立ち寄る。こんな時、車の威力はすごいものだ。いくら近いとはいえ、この暑さの中、徒歩だったならきっと行けなかっただろう。
 中将姫が曼荼羅を織る糸を染めたと言う「染めの井」のある、この寺は牡丹の花で有名だそうだが、この猛暑の中では、山門の百日紅の巨木が目を引いた。暑い夏の寺に百日紅がよく似合う。

百日紅                  境内
石光寺山門の百日紅(さるすべり)              石光寺庭園、手前は「想観の沙(すな)」と称される。

さあ、いよいよ信貴山へ! ---続く
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国内旅行 | 07:18:34 | Trackback(0) | Comments(0)
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