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石田明生

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最近の失言、暴言、軽口 ???
 最近の舌禍問題には、うんざりすると同時に本当に暴言? と考えたくなるような内容がある。
 たとえば柳田法相のこと。
 要するに彼は地元に帰って、大臣就任祝いの折り調子に乗りに乗って軽口をたたいたにすぎないのではないか。今日のニュースで田原総一郎という人が言っていたことにまったく同感だ。柳田氏は辞任することも、罷免されることもないはずだ。駄目なのはそれをはっきりと国民に説明できない本人と、任命責任を持つ首相ではないか。彼の発言の内容は、国会軽視があったとしても決して国民軽視はなかったと思う。えっ? 国会軽視が許せないですって? 国会のような「権力装置」に対してはいくら馬鹿にしてもいいのではないか。何しろ権力なのだから。
 柳田氏に一番がっかりしたのは、それくらいのことを言ってくれなかったことだ。
 「装置」と言えば、官房長官が自衛隊を「暴力装置」と称したことで、失言問題でまたまた揺れている。まったくあきれかえった国だ。


 自衛隊というのは、軍隊であり、敵を殲滅することを目的とする。これを暴力の訓練の場であり、暴力の貯蔵庫と考えなければ、どう考えろというのだろう。まさか、平和装置とか仲好し装置とか言って欲しいわけではあるまい。日本は、いかなることがあろうとその解決に軍事力は用いないと明記している。そういう文脈の中に存在する人気回復中の自衛隊の存在は矛盾に満ち満ちている。
 僕は、千石という人になんの関係も、関心もない。けれども、彼が「暴力装置」という《暴言》を吐いたことで、自衛隊に謝罪すると言ったと聞いて、つくづく「嫌な奴」だと思った。本当のことを言って、謝る人間ほど嫌な奴はいない。
 要するに、かれら(柳田も千石も)は、己の背負って来た人生の文脈というものがわかっていないのだ。
 結局のところ、本家本元の首相が断固としたことばでものを言わないのが、最大の失政ではないのか。この一連の流れは、菅直人にとっても民主党にとってもいわゆる退嬰的に過ぎるのではないのか。

 11月23日に、ここまで書いて、筆ならぬキーを休めていたら、昨日の毎日新聞の『木語』というコラムに金子秀敏という専門編集委員のかたが、僕とほぼ同様の主張を掲載していた(11/25日毎日新聞3ページ)。もっとも彼は僕よりも格調高く、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーを引き合いに出しているが。いわく、
 《すべての国家は暴力の上に基礎づけられている》

 自衛隊は、いったん事あれば、侵略する敵に暴力をもって対応する機関(=装置)であることに、なんの疑問もないはずだ。そしてそのために装備を充実させ、実射訓練等、暴力の質向上に常に努めているのではないか。
 金子氏はさらに、暴力装置というけしからん言葉を使う千石官房長官を左翼過激派と非難するマスコミに対して、《的外れ》と結論づける。というのも、暴力装置とは、秩序維持のために国家が保持する「力」に他ならないからだ。彼(金子氏)は述べていないが、「暴力装置」という語を用いて事に当たろうとした官房長官こそ、今や国家権力そのものであり、左翼過激派とは万里の距離にある。
 
 とこうするうち、北朝鮮が砲撃をし、韓国軍が応戦するというとんでもないニュースが飛び込んで来た。仄聞にすぎないが、それを《神風》が吹いたと喜んだ民主党議員がいたらしい。たしかに、一枚岩になりやすい「反北朝鮮」コールは、支持率が最低になり窮地に陥っている現在の内閣を立て直すチャンスになるかもしれない。が、それにしても、他国の不幸を声高に喜ぶとは、不謹慎きわまりない(そう思っても外に表すべきではない?)。北朝鮮もそうかもしれないが、民主党政権もいよいよ末期症状を呈しているということか・・・
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雑感 | 04:49:28 | Trackback(0) | Comments(0)
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