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ロマン派の勝利、『エルナニ』
 ユゴーの『エルナニ』を読んだ。恥ずかしいことに今の今まで、このロマン主義の記念碑的な作品をじっくりと読んだことがなかった。もちろん、劇も見たことがない。文学史のなかで、ほとんど丸暗記するほどに、1830年2月25日の『エルナニ』上演の模様を知っているのに・・・テオフィル・ゴーティエを中心としたユゴー親衛隊とも言うべき若者たちの歓声、古典派の連中の野次怒号、ロマン派の勝利・・・いやそれだけではない。スタンダールの傑作『赤と黒』にも言及されていたほどの事件だったのに、肝心要の作品を読んだことがなかった。

 主要人物は4人だ。題名にもなっているエルナニは、スペイン王国に反旗を翻す山賊の首領だが、王国の重鎮ドン・リュイ・ゴメスの姪ドニャ・ソルと相思相愛の仲となっている。こともあろうに、この初老の伯父は、美しい姪との結婚を画策している。ドニャ・ソルはエルナニと結ばれなければ、自害しようと覚悟を決めている。そこに、スペイン国王にして後の神聖ローマ帝国皇帝のドン・カルロスが絡む。というのも、彼もまたドニャ・ソルにぞっこんなのだ。


 結局、皇帝選挙で勝利したドン・カルロスは、カール大帝にみならい、王の寛大さを見せつけて、エルナニの罪を許し、ドニャ・ソルとの結婚も認める。結果、若いふたりは幸せの絶頂に登り詰めたまま、終幕かと思われたが、その時、老いの執念に横恋慕の炎を燃やす伯父ドン・リュイ・ゴメスが登場して、エルナニにかつての約束を履行して欲しいと詰め寄る。その約束とは、かつてエルナニがドン・リュイ・ゴメスに命を助けられたおりに、「何が起ころうと、場所、時のいかんを問わず、おれの死ぬべき時が来たと思ったら、好きな時にやって来て、この角笛を吹き鳴らしてくれ、それだけでほかに心遣いは無用だ。すべての片がつきましょう」というものだ。早くいえば、彼は恋人の伯父に生殺与奪の権利を与えていたのだ。
 武士と同様騎士にとっても、一度した約束を違えることは死よりも恥ずべきこと、エルナニは進退窮まる。そこに、新妻が現れて事情を知ると、ドン・リュイ・ゴメスが持参した毒をエルナニの手から奪ってあおり、残りを夫に渡す。夫エルナニも残りの毒を飲んで後を追う。ひとり残された、ドン・リュイ・ゴメスも、自らを短剣で突いて果てる。
 こうして悲劇は幕を下ろす。

 これから、読もうとしている方がいたら申し訳ないが、最後まで書いてしまった。結局、最後は悲劇らしい悲劇の形をとって、主役たちが自害して終わる。そういう意味で非常に平凡なストーリーなので、初演の時の騒動は一体なんだったのかと思われるが、実は、古典派かロマン派かと騒いだのは、筋書きにあるのではない。劇の作りが、古典派劇の規則から逸脱していたからだ。その辺のことについては、韻文の作詩法の問題となる。スタンダールは、ロマン派劇においては悲劇でさえも韻文で台詞を言うのは滑稽だと主張している。「観客は十二音綴詩句(アレクサンドラン)で書かれた陰謀などには耐えられなくなるでしょう」(p.51『ラシーヌとシェークスピア』)
 しかし、韻文の達人ユゴーは、ロマン派劇『エルナニ』を韻文のアレクサンドランで書いている。そういう意味で新味はないのだが、古典劇で禁止されている「句またがり」を気にせずに多用しているところが今までと違う。句またがりとは、一行の詩句で語句が完結せず、次の行まで「またがって」しまう詩句を言う。こんなことは、現代のシャンソンを聞いていれば、しょっちゅうあることだが、古典劇からすれば規則からの逸脱だった。
 また、古典劇では王や貴族が交わす言葉の使い方に決まりがあったが、言語の解放を目指していたユゴーはそれを無視した。だから、劇の上演中、役者たちの片言隻句に野次や怒号が飛び交ったらしい。
 エルナニ事件から始まる1830年は、ロマン派にとって特筆すべき年となる。というのも、7月には、いわゆる「七月革命」が起こり、反動政治の権化シャルル十世が失脚し、七月王制が成立するからだ。オルレアン公をいただくことになったこの革命は、ドラクロワの絵『民衆を率いる自由の女神』が象徴するように、ロマン主義的革命と呼ばれる。主役を演じていたはずの民衆がいつのまにか蚊帳の外におかれ、王制を打倒したはずなのにいつの間にか王様が即位するという不思議な革命だ。文学的には、『赤と黒』(1830年)『ノートルダム・ド・パリ』(1831年)『ペール・ゴリオ』(1835年)と傑作にめぐまれるのだが・・・
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文学雑感 | 00:08:24 | Trackback(0) | Comments(0)
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