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石田明生

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映画「黄色い星の子供たち」を見る。
 おととい、新宿で映画を見た。タイトルは邦題「黄色い星の子供たち」、原題は
La Rafle (一斉検挙)という作品だ。題名でわかるとおり、ナチス占領下のパリで行われた、ユダヤ人一斉検挙、つまりユダヤ人狩りと、その後の運命が描かれている。重たいテーマのわりに、それほどの疲労感のない映画だった。良質な作品だったからだ。

黄色い星
パンフレットの表紙



 監督はジャーナリストから映画界に転じたローズ・ボッシュという女性だ。経歴を見ると、コロンブスの新大陸発見5百周年にあたる1992年の映画『1492・コロンブス』の脚本を担当したということだ。それ以降4つの映画の脚本を書いたが残念ながらまだ日本では未公開だ(そのうちのひとつ『Animal』は監督も兼ねている)。
 以前このブログに、ユダヤの少女ドラ・ブリュデールの足跡をたどってパリを歩いた旅行記を書いたことがあった。ドラは、この映画で描かれた一斉検挙の前、1941年に消息を絶ち、翌年、1942年にパリの北にあるドランシーという町の収容所に入れられた(次のURLでご覧になれます。 http://scipion.blog60.fc2.com/blog-entry-75.html#moreドランシーについては、 http://scipion.blog60.fc2.com/blog-entry-85.html#more)。
 映画の中でもこの「ドランシー」という不吉な地名は何度か出てきた。しかし、'43年の一斉検挙で狩り出されたユダヤ人たちが収容されたのは、ドランシーではなかった。おそらくドランシーはもうすでにユダヤ人で満杯だったのだろう。彼らは、一時的にパリにある「冬の競輪場(ヴェル・ディブ)」に押し込まれ、次にロワレ県(Loiret --- オルレアンの近く)のボーヌ=ラ=ロランドに移送される。それから先は遥か彼方ポーランドのアウシュヴィッツだ。
 映画の中で、アウシュヴィッツに最新式の焼却炉ができて、一日二千人を処理できるようになったと語られるシーンがある。このナチスの何気ない会話の中に、彼らの残虐性と凶暴性が示されるが、なによりも収容所で生活している男、女、老人、子供たちを待つ運命の恐ろしさが、現代の観客に見て取れる。その恐ろしさとは、人を人としてではなくあたかも家畜のように扱うこと、そして家畜のように扱われることだ。
 ヒロイズムを描くのはたやすい。しかし、加害者となった人の臆病や、被害者となった人の日々を描くのはむずかしい。ローズ監督は優れた俳優たちとともにそれをした。
 競輪場のなかに押し込まれた万を越えるユダヤ人たちの渇きと飢え、恐怖と絶望が余すところなく描かれる。しかし、観客の目を引き、観客に強烈なインパクトを与えるのは、競輪場の斜めになったコースに初めて立って、遊んでいる子供たちの姿だ。大人たちの絶望をよそに、子供たちはどんなところでもどんな状況でも、遊びを見つけて、一瞬一瞬を精一杯生きる。斜めになった自転車のコースは絶好の滑り台だ。
 人の不幸や悲しみ、恐怖や絶望はこのようにして描かれる。

映画 大人たち


 あるいは、「僕は列車に乗りたかったんだ」「ママに早くあいたい」と言って、アウシュヴィッツ行きの列車に走って乗るいたいけな子供の姿に観客は胸を打たれる。と同時に、その子供を二列になって見張っている(大人である)兵士たちの無表情(あるいは装われた無表情)に、大人の残酷と無力感を味わう。
 人はハリウッドのヒーローではない。哲学者パスカルが言うように人はひどくか弱い存在だ。戦争や虐殺行為を許してしまうのも、その人の弱さゆえだろう。だが、戦争や虐殺を引き起こすのは、いつもヒロイズムが中心にあることも覚えておこう。映画の中で、悲惨な状態のユダヤ人たちと対比されて、ヒットラーとその取り巻き、ペタンとラヴァルたちの姿が映し出されていたのは、その警告でもあったのではないだろうか。彼ら、ヒロイズムの塊たちを熱狂的に指示したのも、「無力」を「力」と勘違いした大人たちだったのだから。もちろん、彼らと同盟を結んだ日本も、例外ではない。
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雑感 | 13:44:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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