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石田明生

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今年のお正月
 毎年のことながら今年の三が日も好天に恵まれました。元日には例年通り家族三人で近くの氷川神社へ初詣に行きましたが、その頃起こった地震に誰も気づきませんでした。ちょうど歩いている時だったのでしょう。それにしても、正月早々人騒がせなことです。昨年のようなことは二度とごめん、今年は平安であって欲しいとあらためて願わずにいられません。
 翌日はすることもないので、妻と語らい、一昨年に回った谷中の七福神めぐりをすることにしました。今年は独り住まいの義妹も誘い、総勢三人です。
 まずは田端駅で電車を降りて、一番北に位置する東覚寺に行きました。ここには福禄寿がいます。本堂にはご本尊が安置されていて、この福禄寿は隣の建物の入り口にいます。ふだんは目立たない仏様なのでしょう。この寺ではむしろ赤札不動様が有名です。隣接する境内に立っている二体の不動様には、姿が見えないほど赤札が貼られていました。病んだ方がその痛む部位に貼ると効き目ありと言われています。様々な病で苦しんでいるのですね。

赤札



 二番目は、西日暮里駅に近い青雲禅寺の恵比寿様をお参りしました。どんな由来があるかわかりませんが、この寺には滝沢馬琴の筆塚があります。恵比寿様は本堂の中央に座って堂々としたお姿を参拝客たちに見せていました。

恵比寿                  布袋
恵比寿様と布袋様


 次の布袋様のお姿はとても印象的でした。布袋様のおわすこの修性院は、外の壁にもさまざまな姿の布袋尊の姿が描かれており、まさに布袋様の寺といった印象です。きっと、この寺の人気者なのでしょう。それもむぺなるかな、写真の通りなかなかのできばえです。
 修性院の隣の富士見坂を昇ると、西日暮里駅の上の台地に出ます。そこには、七福神とは関係ありませんが、諏訪神社があります。かなり立派な神社で、その社の両隣に「御嶽山」と「三峰山」が作られていました。おそらく、本当の両山にお参りに行かなくても、そのミニチュアの山で済ますことができるのでしょう。実用的とも経済的とも言える祈りの形です。
 諏訪神社を後にして、寺がいくつか点在する「諏訪台通り」をいくと、突き当たりが「夕焼けだんだん」のある「谷中銀座」の通りです。10時半に田端駅を出発して、この日暮里辺りでちょうど昼時でした。かねての予定通り、この銀座通りの肉屋でコロッケと焼き鳥を買い、空腹を紛らわせることにします。焼き鳥は歩きながら食べられるのですが、コロッケは、谷中の墓地にある小さな公園のベンチで食べました。落胆したのは、焼き鳥です。なんと、なんと、冷たかったのです。二年前にはこんなことはなかったように思います。多分、今年は思ったよりも客足が伸びず、売れ残っていたのでしょう。ちなみに、コロッケも前のように「あつあつ」ではありませんでした。谷中の墓地の公園に行く頃には冷めていました。実を言いますと、食いしん坊の僕にとって七福神巡りの楽しみの一つは、この焼き鳥とコロッケを「野蛮に」食べることでした。まるで冷水を浴びせられたような・・・

谷中銀座
谷中銀座(この階段が「夕焼けだんだん」と言われている)の風景・・・この雑然とした様子が日本的か・・・

 さて、次は長安寺の寿老人と対面です。谷中の墓地の隣にあるこの寺は実に地味なお寺ですが、狩野芳崖の墓があります。寿老人の姿も愉快げで、ありがたいお姿でした。

寿老人
寿老人

 谷中の墓地の中にいるのは天王寺の毘沙門天です。凛々しい立ち姿を見せておられるのですが、残念ながら、外からちらとしか拝めません。しかも長蛇の列をなして、参拝客の皆さんが並んでいます。日暮里駅に近いので、参拝客が多いのでしょうか。それとも時間的にちょうど、多くなるタイミングなのでしょうか。

天王寺
長い列をなしてお参りすれば、ありがたみも増すと言うもの

 毘沙門天と対面した後、谷中の墓地にある妻の実家の墓を詣でました。妻も父・母を何年か前に相次いで亡くしているからです。墓地を抜けると寛永寺に出ます。寛永寺では、正月だからでしょうか、特別根本中堂に上がって拝観してよいとのことでした。われわれ三人とも初めてのこととて、喜んで堂内を見学させてもらいました。中には徳川将軍15人の肖像画が展示されており、親しく見ることができました。将軍たちの墓の所在も示されていました。それによりますと、増上寺に6人、寛永寺に6人、家康は日光東照宮、家光は日光の輪王寺、最後の将軍慶喜は先ほど歩いた谷中の墓地にあります。大政奉還をした慶喜だけは将軍の墓地に名を連ねることができなかったのでしょうか。それとも、時代がすっかり変わってしまい、本人の意思によるものなのでしょうか。ちなみに、その15代将軍の墓は、先ほどの妻の実家の墓のすぐ近くにあり、何度も行ったことがあります。
 思わぬ道草を食ってしまいましたが、次の大黒天のいる護国院はすぐ近く、芸大の隣です。

護国院 弁天堂
護国院と弁天堂

 本堂に上がりますと、大黒天様は驚いたことに本尊と思われる釈迦三尊像の前におわしました。恐らくはこの期間だけだと思います。立派なできの像でしたが、写真にうまく撮れませんでした。
 護国院から道なりに不忍池に向かいます。まずは上野高校の隣を通り、森鴎外の旧邸の前を過ぎて、坂を降りますと、子供たちの賑わしさと野生動物独特の臭いで上野動物園に来たことがわかります。少し行くと不忍池が、その真ん中に弁天堂が見えます。その堂の前には、天王寺の列とは比べ物にならないほどの長蛇の列がありました。他の七福神参りの寺とは根本的に違っているのは、たくさんの若者、特にカップルがいることです。つまり、ここは七福神巡りとは別個の世界なのでしょう。そういう若者を見ていて、ふと気づいたのですが、和服姿をほとんど見なかったということです。今、若者たちは正月でも着物を着なくなったのですね、
 堂内の弁財天様はあまりにも遠くてよく見えません。結局七福神の中で、最もよく見えない神様となってしまいました。

 長い散歩を終えて、次の楽しみに移ります。それは、にぎやかなアメ横のほうで飲食をすること、実はそれが一番の楽しみでした。人ごみにもまれて探しましたが、以前入ったことのある狙いの店がなくなっていることがわかりました。がっかりし、恨めしそうに通りを見ていますと、なんと不思議な名前の店があるではありませんか。「うみブタ」と書いてあります。恐る恐る覗くと、いわゆる居酒屋風です。なんてことはありません。要するに、海のものと豚料理がメインの店という意味でした。それにしても、最近は婉曲に「トン」とは言わなくなったのですね。そういえば、肉まんは豚まんというそうな。

うみぶた

 この店にはいろいろと驚かされます。一番驚いたのはワインをカラフではなく「やかん」で出してくることです(グラスもあり)。こんなのは初めてです。注文してみるとやはりまずそうでした。また、焼きトンの中に「おっぱい」というのがあってビックリしてしまいました。もちろん、ブタの乳房でしょうが、さすがに頼む気がしなくて、ですがやはり食べてみたくて、結局「おっぱいの酢豚」を注文しました。味ですって? 味はもちろん酢豚の味です。歯ごたえは少しこりこりしていました。

やかん      うみブタ料理
やかんでワイン   刺身の盛り合わせと酢豚

 ふと周りを見回すと、店内は若者でいっぱいになっていました。

 歩きに歩いた翌日は、ぐったりとして終日家にいました。
 今年は驚いたことに、4日から授業が始まりました。まだまた疲労の残る体はなかなか仕事モードになりません。というわけで、昨日は体にむち打って出かけて来ました。電車は空いていてよかったのですが・・・

 今年こそ良い年でありますように。
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日常スケッチ | 15:00:16 | Trackback(0) | Comments(0)
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