■プロフィール

石田明生

Author:石田明生
ホームページの方もよろしくお願いします。
文学雑感、旅行記、翻訳などを載せています。

■4travel

スキピオの旅行記(写真付き)もごらんください。

■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ

■最近のトラックバック
■リンク
■アクセス解析

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
ゾラの『獣人』・・・ある妻の外食
 今エミール・ゾラの『獣人』を読んでいる(寺田光徳訳 藤原書店)。この恐ろしい題名の、恐ろしい小説は、パリ・サン=ラザール駅からノルマンディー最西端の町ル・アーヴル駅までを管轄する西部鉄道が舞台だ。登場人物はルーゴン・マッカールのマッカール側の青年ジャック・ランチエ。機関士の彼は、飲んだくれのマッカールの孫に当たる。小説『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの次男、つまり小説『ナナ』の兄だ。といっても、『居酒屋』のヒロインが15歳くらいの時に生んだために、パリのほうにもらわれていった子供だ。だから、親子の情はない。
 物語は、彼の上司にも当たるル・アーヴル駅の助役ルボー夫妻の殺人事件から始まる。彼らは、恩人にも当たるが人でなしの西部鉄道の重役を列車という言わば密室で殺して死体を窓から突き落とし、完全犯罪をもくろむ。


 仕事があけで、線路近くをぶらついていたジャックはその殺人の様子を猛スピードで走り去る窓の中に見てしまう。ところが彼は、死体が発見され、犯人探しをする検事にはあいまいにしか答えない。内心、あの窓辺で殺人を犯していたのはルボー夫妻に違いないと思いながらも、何となく言い出すことができない。ルボー夫妻は、彼の表情から、彼に見られたことを確信する。
 夫妻は、犯罪を隠蔽するために、若いジャックと親しくなって彼を取り込んでしまおうとする。チャーミングな妻のルボー夫人が彼を誘惑する。ふたりはパリのパティニョル公園で親密度が深まる会話を交わした。男の心をつかめたと確信した夫人はその足で、パリにいる有力者のもとに夫の仕事上の安泰を頼み、保護の約束を引き出す。すべてうまくいったと満足したルボー夫人はル・アーヴルに帰るべくサン・ラザール駅にやって来た。朝この駅に降り立ったとき、目撃者ランチエにどう言いくるめるか、有力者に弱みを握られていないか、不安で仕方のなかった夫人は、早い昼食が喉を通らなかったのだ。だが、今は違う。両方ともうまくいったのだ。突然食欲がわく。

《彼女が、サン=ラザール通り(駅前の通り)に出たとき、宝石商の時計が六時二十分前になっているのを見た。
「そうだわ! おいしい夕食を奮発しよう、時間があるから」
 駅正面で、もっとも豪華なレストランを選んだ。通りの動きに活気づく店先の透き通ったガラスのそばで、真っ白い小さなテーブルに一人着き、彼女は上等な夕食を注文した。牡蠣と舌平目のフィレ、若鶏の手羽肉ロースト・・・せめてたらふく食べて不愉快な昼食の埋め合わせをしなくちゃ。彼女はむさぼるように食べ、上質小麦粉製のパンをおいしく食べ、さらにケーキとベニエスフレ(シュー生地製の揚げたボール)まで出してもらった。それからコーヒーを飲むと、あわてて席を立った。急行に乗るのにもう数分しか残っていなかったからだった》(p.204)

 彼女の乗る急行は6時30分発だ。だから、彼女は以上の食べ物を50分ほどで平らげたことになる。何とも小気味よい食欲ではないか。ゾラの小説はこのように細部にも言葉の魔術が使われている。この食事シーン一つとっても、ルボー夫人ことセヴリーヌの性格を食べ物というきわめて即物的な単語を並べて巧みに描き出しているのがわかる。
 ちなみに、この6時30分発の急行こそ、あの殺人で使われた同じ列車なのだ。
 この小説は、ドストエフスキーの『罪と罰』のように、ゾラ自身の『テレーズ・ラカン』のように、最初から犯人はわかっているが、スリル満点の推理小説タッチのおもしろい作品だ。
スポンサーサイト
文学雑感 | 14:00:29 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad