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石田明生

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モーパッサンとフリーメーソン
 2007年の元日未明、気分的には大晦日の夜、モーパッサンがどうしてあれほどエッフェル塔を毛嫌いしたのか、について書いたが、エジソンのほうに目が行っていたために、肝腎のモ-パッサンのほうをうっかりしてしまった。
 僕としたことが、汗顔の至りだった。というのは、彼は『ソステーヌおじ』というコミカルな短編小説で、フリーメーソンのことを揶揄しているのだ。どんな話か紹介しよう。

ロンドリ.jpg
短編集『ロンドリ姉妹』
「ソステーヌおじ」はここに収録されている。




 僕のおじさん、ソステーヌは自由思想家だ。だから、司祭なんか見るとものすごい。こぶしを突き上げたり、からかったり、てんでキリスト教を相手にしない。おじさんは、フリーメーソンでもある。と言うか、だからフリーメーソンになったと言うべきか。僕からすると、あれも一種の宗教みたいなもんで、十字架の代わりに三角形、教会の代わりにロッジになっているだけだ。互助精神だって、キリスト教のそれとあんまり変わりはありゃしない。違うのは握手する時、少々しつこくくすぐり合うくらいだ。おまけに名前の後ろに∴を添える。そう言うと、おじさんは、
 「まさにその通りだ。我々は宗教に対抗する宗教を打ち立ててんだ。フリーメーソンとは、神なるものの破壊者総てが結集する砦なんだ」
 また次のようにも言う。「我々は徐々に確実に、王党派の精神を切り崩しているのだ」
 ところで、僕たちの村に、ジェジュイット(イエズス会)の司祭が1人いた。もちろんおじさんはその司祭を目の敵にしている。そこで彼は聖週間(復活祭前の一週間)が近づいたのをいいことに、金曜日に教会の禁じている肉類などを大っぴらに喰ってやろうと、思いつく。
 当日四時からレストランで晩餐は始まる。そりゃあ、すごいもんだ。アンドゥイユやらセルヴラやら(ともにかなりどぎつい腸詰め)やっつけて、五人でシャンパン四本、葡萄酒十八本、それ以外に一気飲みの連発ときた。
 おじさんはぐでんぐてんに酔っぱらっちまって、家に帰ってもひどい状態、消化不良とでも言うのか、うんうん唸ってる。
 そこで僕は、悪ふざけを思いついて、ほくそ笑んだ。
 例の司祭の所に行って、こう言ってやった。
「僕のおじが、瀕死の状態になり、今までの考えをあらため、教会と仲直りをして、司祭様に聖体拝領なんかをお願いしたがっています。ただし、僕が頼んだなんて言わないで下さい。啓示によって来たとでも言って下さい」
 それを聞いた司祭、自分の手柄にすっかりいい気になって、押っ取り刀ですっ飛んで行った。
 さあ、どうなるか。おじさんがいきり立って、司祭に飛びつくか、まあ、殺すほど元気がないだろう。それとも司祭の奴がののしり声でも上げるか。
 ところが、司祭の奴、おじさんの家からいっかな出て来ない。
 翌日夕方になってやっと司祭が出て来た。しかも穏やかそうな顔つきだ。びっくりして、おじさんの家に飛び込む。
 「いったいどうしたんです」
 「驚いたよ。司祭さんが神のお告げを聞いて、わしの見舞いに来てくれたんだ。話してみたらいい人で、すっかり仲良しになったよ」
 思わぬ展開に腰が抜けるほど仰天した。
 なんとおじさんはすっかり宗旨がえをしちまったのだ。そのために、おじさん、遺産をそっくりジェジュイットに寄付しちまって、僕にはなんも残してくれなかった。

 こんな話だ(これは翻訳ではありません)。
 モーパッサンはもちろんフリ-メ-ソンではなかった。ここでの語り手「僕」もおじと同様自由思想家で、宗教心を持ち合わせていない。そういう意味で「僕」は作者モ-パッサンに近いかも知れない。「僕」はフリ-メ-ソンを嫌う理由として、メーソン内の儀式や、メーソンどうしの約束事など(例えば握手)を上げている。確かに自由人モ-パッサンはあらゆる形式や儀式などは耐えられなかっただろう。

プレイヤッド.jpg
プレイヤ-ド版『アルバム・モーパッサン』


 また、『脂肪の塊』の中で、ブルジョワどうしが意気投合する様子を《互いにフリーメーソンのように目配せをして》と表現しているように、モーパッサンはフリーメーソンを俗物的なブルジョワや貴族と見ていたのではないだろうか。
 もっとも、それだけで彼がエッフェル塔を嫌ったわけでもないだろうが。

*            *           *

 昨日は節分だったので、家族そろって豆まきをしたが、近所からは「鬼は外ぅ!」の声が聞こえなかった。我が家だけ鬼を追い出してもいいのだろうか。なんだか、申し訳ないやら、心配になるやら・・・
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文学雑感 | 19:25:26 | Trackback(0) | Comments(0)
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