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映画『96時間』とフランスのアメリカ人好き
 先日、『96時間』という映画をテレビで放映していた。フランス映画で,しかもパリが舞台ということなのでしっかり見てしまった。脚本はあのLuc Besson、要するに『トランスポーター』の作りと同じのりで,監督はPierre Morel、ドンパチ映画だった。不思議な題名だなと思ったら,原題は Taken ケベックでのフランス語題名は L'enlèvement だった。つまり「拉致」「誘拐」といった意味だ。それを「96時間」としたのは,誘拐されて96時間以内なら助けられる,という情報をつかんでいたからだ。残念ながら,映画の流れの中で、「96時間」というタイムリミットはそれほどの重要性を持っていなかったので,タイトルにするほどの重みはなかった。というのは、もしも娘の解放までに96時間以内だったとしても(そうだったかも知れない)、娘が生き残っていたのは単なる偶然だったからだ。一緒に拉致された友人のアマンダはたぶん薬漬けになって死んでいたのだろう。二人の容姿にほとんど差がないことから、主人公の娘のほうが商品価値として高いのは,ヴァージンか否かということでしかない。実際、アルバニアのマフィアのひとりはそう言っている。



 主人公が仲間の情報部員から、救出リミット96時間と聞いたとき,ヴァージンか否かと言う話題はなかった。もちろん映画のストーリーとしては,それで何の問題もない。父親はただひたむきに「96時間」以内を信じて行動しているのみだからだ。問題は、それをタイトルにするほどの意味がないということだ。変な邦題が多々あるが,これもその一つか。
 しかし,この映画について言いたいのはそのことではない。娘たちのはしゃぎ過ぎや19歳の友人のばかさ加減(その報いをしっかりうけているが)には眼をつぶろう。第一,この映画にケチをつけるつもりなど毛頭ないのだ。
 この映画の不思議なのは(同時に興味深いのは),映画のスーパーヒーローがアメリカ人であることだ。どこの国の映画に、他国の人物がスーパーヒーローで、自国の人物が悪党もしくは悪党もどきの映画があるだろうか。世界中の映画を見ていないのでわからないが、少なくとも僕が知っている日本やアメリカの映画ではそのようなものはない気がする。もちろん、日本映画ではヒーローがアメリカ(もしくはそれ以外)からやって来て日本で活躍する作品はある。たとえば,昔見たやくざ映画で・・・タイトルは忘れたが,確かあったはずだ。しかし、そのヒーローの友人に必ず日本人がいたと思う。二人は意気投合して・・・という具合だ。
 それに対してこの『96時間』はどうだろう。アメリカからやって来たヒーローが,パリもしくはパリ郊外でドンパチやって,死体の山を築き,あげくのはては、旧友と思われたフランスの役人がマフィアから袖の下をもらう悪党だったとは。いやはや、驚いたものだ。他の国だったら(日本やアメリカなら間違いなく)、これほど非愛国的な映画はブーイングの対象となったかもしれない。
 フランス人はおもしろい。こんな映画も喜んで観ているのだ。特に,アメリカンヒーローなので爽快な気分なのかもしれない。
 そう,フランス人はそういうところがある。自国の政治家や警官・役人などをばかにして喜ぶ傾向があるのだ。たとえば同じコンビの映画『トンスポーター』もそうだ。主役のマーチンというヒーローは国籍はなにか。フランク・マーチンという名は、アングロサクソン的とも言えるが,フランス語読みすれば「フランク・マルタン」となる。ひどくありふれた名前なのでかえって国籍不明のところがある。見た目はもっと北の人間に見えるが。問題は,彼と付合いのあるマルセイユ警察の警視だ。ドジで滑稽な警察を演じている(この役者さん(François Berléand)はのちに(2004年),映画『コーラス』の校長役をし、やはり滑稽でドジな役を演じていい味を出している)。このドジによっていっそう引き立てられているかっこうの良いヒーローは、北アイルランド生まれのイギリス人でJason Statham(ジェイソン・ステイサムと読むそうな)だ。彼が役どころでフランス人かどうかはともかく,見る側としては、外国人のヒーローが活躍して、ドジなフランス警察が笑わせているという構図になっている。リュック・ベッソンという監督は,フランス人のそういう自虐的な部分をよく承知しているのだろうか。ヒーローにアメリカ人やイギリス人を使えば,当然のことながらアメリカやイギリスでも受けが良いだろうからだ。そういう意味で彼のアクションものはインターナショナル(コスモポリット)ということができるだろう。
 それは、フランスやパリが目指しているものとも一致しているのかもしれない。デファンス地区の「グランド・アルシュ」も、オルセー美術館のインテリアも、ルーヴルのガラスのピラミッドも,みな世界中にコンペを出して選ばれた外国人の手になるものだ。新オペラ座の最初の指揮者は,記憶違いでなければ、韓国人だったと思う。要するにコスモポリットを意識しているのだ。それはトントンことミッテラン大統領が推進した考えでもある。
 しかし、パリの地図を開いて、通り名や広場名を見れば,かなり昔から外国人に対するそういう開かれた姿勢はとられていたことがわかる。サン・ラザール駅界隈の8区から9区にかけては外国の都市名を持った通りがある。たとえば「ロンドン」「アテネ」「ミラノ」「リエージュ」「アムステルダム」「ザンクト・ペテルスブルグ」「トリノ」「ウィーン」「ベルン」「フィレンツェ」「ローマ」「マドリッド」「ナポリ」「コンスタンチノープル」「エディンバラ」「コペンハーゲン」「モスクワ」「リスボン」「ブカレスト」「パルム」「ブタペスト」「ストックホルム」「ダブリン広場」このほぼ中央に「ヨーロッパ広場」があるから、19世紀には意識してヨーロッパの地名が付けられたに違いない。それではアメリカのはあるかというと、実はもっとも目立つところにある。セーヌ河沿いの通りは「ニューヨーク大通り」と付けられている。エッフェル塔の対岸の通りだ。ちなみにそこには「トーキョー宮殿」がある。その「トーキョー宮殿」の北側の広場は「トーキョー広場」といい、そこから宮殿の名前が付いたそうだ。それでは中国の地名はあるだろうか。調べてみるとあるある。20区の中華街近くの「北京広場」だ。こうなると韓国の都市名はパリにあるのかどうか気になる。見るとしっかりある。14区に「ソウル広場」があった。極東三国の首都名が、通り名としてではないが広場としてあるところはいかにもコスモポリットだ。では人の名前はどうだろうか。
 まず,真っ先に目に入るのは先ほどの「ニューヨーク大通り」の西南延長上の「ケネディ大統領大通り」だ。また、「トーキョー広場」と「トーキョー宮殿」にはさまれた巨大な通りは「ウィルソン大統領大通り」だ。この通りの真ん中にはアメリカ初代大統領ワシントンの騎馬像が立っている。もちろん「ワシントン通り」もある。ちなみに、「ニューヨーク大通り」の途中のエッフェル塔の真下の橋のところにある広場は,「ワルシャワ広場」だ。ここはいつも観光客でごった返している。
 こうやってあげていくときりがないが,要するにパリの地図を見ると、外国の地名,外国人の人名が通りや広場に数多く付いていることがわかる。とりわけアメリカが多いのは共和国としての18世紀以来の親しみからかもしれない。リュック・ベッソンではないが,アメリカン・ヒーローがパリで縦横無尽に活躍し、フランスの役人のドジ・間抜けぶりを見るのは、フランス人にとってカタルシスになるのだろう。
 えっ! 外国の地名でアフリカ諸国はないのかだって? もちろん,アルジェやアルジェリア,モロッコやチュニスなど旧植民地の地名はたくさんあるが、それは違う意味のコスモポリットかもしれない。また、エジプトの地名が多いのもナポレオンと関係がある。開かれた世界というよりも、過去の栄光みたいな,あるいは過去の罪悪みたいな、国粋主義者の喜びそうな恥部かも。
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雑感 | 11:28:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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