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石田明生

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ストラスブール
 「街道の町」という意味のストラスブールは、まさに東西南北、西ヨーロッパのその十字上にある。とくに、ライン河を使った舟運は古来栄えていたと言う。その名残を目の当たりに見せてくれるのが、運河の街、プチット・フランスだ。今は観光地として、世界中から旅行者を集めている。そして、期待を裏切らない。木組みの古い家並と、ヴォーバンの堰のおかげで雄渾と流れるイル川の運河、そこをゆったりと通る観光船、見ていると時間を忘れてしまいそうだ。

Petite France 2            Petite France 5
水をいったんせき止め、船を上下させるいわゆる閘門式運河  水量の豊かさには驚く。



 街道の町、ストラスブールは商業の町として繁栄を続ける。その豊かさは、町の中心に立つ大聖堂の美しさと規模の大きさにも見ることができる。その大聖堂が完成して、繁栄の極みにいた中世の末期、グーテンベルグはこの地にあって印刷術を完成させたと言われている。1440年、グーテンベルグは40歳頃の働き盛りだった。

グーテンベルグ広場
偉人像の隣は子供たちが興ずるメリーゴーランドだ(グーテンベルグ広場)。


 当時町は、フランス領でもドイツ領でもなく(まだドイツという国は存在していなかった)、おそらくは神聖ローマ帝国とゆるやかな主従関係を持つ自治都市だったのだろう。グーテンベルグは1434年から約10年間ストラスブールで仕事をしたあと故郷のマインツに戻る。マインツは偉人の生誕の地と終焉の地という名誉を受け取り、ストラスブールは、ルネッサンス三大発明のひとつ、印刷術完成の地という伝説を与えられた。
 偉人を祀るグーテンベルグ広場のすぐ近くに大聖堂がそびえ立つ。ただし、建物がまわりにひしめき合い、その全貌を見るには鳥瞰を獲得する以外にはないだろう。

カテドラル Strasbourg
通りの奥に大聖堂がそびえ立つ。ばら色の砂岩が黒く見えてしまった。


 大聖堂のまわりには、土産物屋やレストランが建ち並び、観光客の波がどっと押し寄せる。ちょうど昼時だったので、我々もそうだが、昼食とレストランの選択に、皆右往左往している。そんな中、大道芸の芸人がマネキン人形のように身動きひとつせず、瞬きひとつせず(と書きたかったが、一度したのを目撃している)、じっとたったまま一点を見つめている。

大道芸黄色
直射日光の下では相当暑いだろうに、ただただ感心する。


 昼食は大聖堂近くのレストランで、妻は原始的なビザのような「タルト・フランベ」を、僕は「アルザス風サラダ」を注文した。飲み物は、もちろんアルザスビールとリースリング・ワイン。

アルザスビール          リースリング・ワイン
まずはアルザスビール・Fischer(250ml 3€)で乾杯 次にリースリング・ワイン(1/4ボトル 6€)

タルト・フランベ          アルザス風サラダ
アルザス名物タルト・フランベ(7.2€) アルザス風サラダ(11€)

 今手もとにその時のレシートがあるが、おもしろいのは、サラダ以外はTVA(消費税)が7%で、サラダだけ19.60%だということだ。つまり、サラダは贅沢品ということか。また、サービス料1€が値段の中に組み込まれているので、チップの必要がない。結局、ここでの昼食料はしめて30.20€だった。これを高いと見るか、安いと見るか。少なくとも、ビールとワインのうまさはたとえようもなく、贅沢品ではないこれら飲み物はとても安く思われたが、贅沢品の部類に入っていると思われるアルザス風サラダは平凡で、タルト・フランベはよくある名物ものというところで、庶民の味だ。総じてみると、観光地にしては安いか(いい忘れたが、もちろんパンは食べ放題)。
 アルザス第一回めの食事は可もなく不可もなし。
 午後は、ストラスブールの観光パスを使って、美術館と観光船を楽しんだ。美術館は、L'oeuvre de Notre-Dame(ノートルダム大聖堂の作品)という名前で、すぐ隣の大聖堂の、いわば宝物館だ。キリスト教芸術の粋を集めている。この場でそれを紹介し尽くすことは至難の業だ。だから、2・3の作品だけ、写真を載せよう。

誘惑者と二人の愚かな娘              誘惑者の背中
「誘惑者と二人の愚かな娘」左の誘惑者はりんごのようなものを手にしているが、
真に怖いのは表からは見えない背中の部分である。
蛇やらガマガエルやらひしめき合っている(13世紀末)。

サン・マルタン
寒さに苦しむ者に、マントの半分を切り分けて与えようとしている聖マルチヌス(15世紀中葉)。

 素朴な表情に中世を信仰深く生きた人たちの精神性が見えるようだ。静謐な館内を一回りして、美術館を出ると、そこはにぎやかな観光地、まるでタイム・トラベルのように再び現代に戻る。
 疲れてはいたが、簡単な夕食後、観光船に乗り、運河をめぐった。船が動いていたせいもあり、写真はことごとく失敗だった。
 旧市街にある「ETCホテル」というけったいな名前のホテルに泊まった。
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2013年フランス旅行 | 18:27:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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