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石田明生

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コルマール旅情
 ストラスブールから電車で南に下ること30分、すぐにコルマールに着く。宿は駅と旧市街とのあいだ、駅寄りにホテルを取った。旅装をとくとさっそく、旧市街に繰り出す。まずはなんと言っても、ウンターリンデン美術館直行を優先する。美術館見学がこの町訪問の第一の目的だからだ。
 地図をたよりに、13世紀に建てられた古い教会に急ぐ。この美しい教会こそが、改修されたウンターリンデン美術館なのだ。この美術館最大、最高の作品は「イーゼンハイムの祭壇画」だ。ドイツの巨匠グリューネヴァルトの傑作を見ずして、コルマールを離れるべからず。

ウンターリンデン美術館内部
ウンターリンデン美術館内部、中央がイーゼンハイムの祭壇画だ。



 美術館に入り、回廊をめぐり、建物内に入る。すると、そこにあっけなくグリューネヴァルトの傑作がある。「これか」と思って、祭壇画の前に立ってじっと絵を見つめる。祭壇画は、三枚一組になっていて、中央にイエスの磔刑図、右に聖アントワーヌ(アントニオ)、左に聖セバスチャン(セバスチアーノ)の絵がある。下壇に十字架降下図が描かれている。

キリスト楔刑図
中央の十字架上のイエスの右下には洗礼者ヨハネがいて、
左下には、跪き祈りをささげるマグダラのマリアと、白衣をまとった聖母マリア、マリアを支える聖ヨハネがいる。


 この絵に登場する誰もが、ドラマチックな姿を見せている。このドラマ性は、中世の美術にはもちろん、グリューネヴァルトの同時代であるルネッサンス芸術においても、見ることはできない。同じ年頃のアルブレヒト・デューラーですら、これほどの劇的描写をなし得なかった。
 イエスの右側の洗礼者ヨハネは、「この人を見よ(エッチェ・オモ)」の指をし、彼のシンボルである羊は首を傾げ、イエスを見上げている。全体的に「静」の空間である。対して、左側の、卒倒するマリアと、両手を高く掲げて祈りをささげるマグダラのマリアの反り返った姿は、対になって「動」的な空間を作り出す。この左右の空間を突き抜けて、苦痛の絶頂のまま息絶えたのだろうか、中央に位置するイエスは、楔を打ち込まれた手から、天に向って指をひろげている。この指から発せられる苦しみは、あたかも人類の苦しみのようだ。画家の天才は、登場人物の指先に収斂していると言ってもいいくらいだ。それは、十字架降下図でも同様、イエスの手が体全体に比して、デフォルメされ、大きいことで分かる。手は、肥大し語る。
 驚くべきことに、この祭壇画は、『イーゼンハイムの祭壇画』の序曲に過ぎないことだ。これは、聖アントワーヌの木像を安置するための祭壇画であり、第一面に過ぎない。イーゼンハイムの聖アントワーヌ会修道院付属の施療院の礼拝堂に飾られていたこの祭壇画は第二面のマリアと第三面の守護聖人聖アントワーヌの木像があるのだ。美術館では、展示面積の関係からだろうか、第二面と第三面は分けて展示されている。

第二面
本来なら、第二面はこのようになっている。中央左に「天使のコンサート」右に「キリスト降誕」
左翼に「受胎告知」右翼に「キリストの復活」が配置されている。(wikiより転載)

 第二面は、このように心なごませるテーマが主になっていることが分かる。が、下のプレデルと呼ばれる場所には第一面と同様の、凄惨なピエタ図があるのはどんな意図なのだろうか。
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2013年フランス旅行 | 17:07:58 | Trackback(0) | Comments(0)
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