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石田明生

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二泊三日の奈良旅行
 今日は雪の中、奈良旅行から帰ってきた。新幹線は約40分遅れで東京駅についた。と,ここまで書いて、昨日は用事ができて中断してしまった。あまりに半端なので,雪の猿沢池と興福寺五重塔の写真を貼付けておこう。最終日、本当は京都に寄って、先斗町辺りで昼食をとろうと思っていたのだが・・・雪のせいで全部だめになった。雪は,景色を一変させ,美しくはしてくれるが,あまりに脆弱な鉄道のために喜んでばかりいられない。

雪の五重塔

前日の猿沢池は、水がなく無惨にも底の泥濘をさらしていたが、雪が景色を一変させた。
雪の五重塔を背景に、息をのむような美しさに変身していた。




 家に辿り着けなくなったら困るので,帰りの時間を繰り上げ,早々と新幹線に乗った。京都先斗町の昼食は淡雪のごとく消えてしまった。昼食は,京都駅で手に入れたバッテラ寿司とコロッケとあいなった。

 奈良旅行は何となく行きたくなって実現したものだ。第一に二月の奈良なんて、寒いだけで良いことはなにもないような気がしたが、それでも、古都を散歩して、何かおいしいものが食べられれば、それでよい。そんな軽い気持ちで行ったのだが、ちょうど古都奈良の夜は「奈良瑠璃絵」のお祭り真っ最中で,寒いけれども,光の東大寺や春日大社を堪能することができた。最近は,どこの町でも,イリュミネーションを飾り付けて楽しんでいるので,奈良だけが突出して良いとは思えないが,そこは古都、伽藍や鹿が祭を盛り上げる。ただし、寒い中,ギターひとつの伴奏で坂本九の「見上げてごらん夜の星を」などをトランペットで演奏していたが(著名な演奏家だったかも)、なんだかみすぼらしげだった。原因は,演奏家の腕前というよりも、演奏会場以外に、いろいろなところに拡声器を設置していたからではないだろうか。演奏会場で立ち止まって聞いたあと,少し歩いていると,また別のところから演奏が聞こえてくる。それが実に寒そうなのだ。とくに寒そうで,頼りないのはボロボロとしたギターの伴奏だ。だいたいにおいて、寒中での弦楽器演奏は、想像するだにいやなものだ。
 と、まあケチを付けたが、その先にある光の絨毯は、寒さを吹き飛ばすほどのきれいさだった。

光の絨毯

光の絨毯の中を歩くには有料、その写真を撮る人たち側は無料


 この「奈良瑠璃絵」に行く前、早い夕食を軽くとった。妻が前々から行きたがっていた「いづみ」という店は、何でも知り合いの知り合いくらいの関係らしい。猿沢池の近く、狭い路地の中にあって、なかなか難しいところにある。結局、出前姿の人に尋ねて、やっと店を見つけた。入り口に大きな提灯がかけられていて、そこに「鮑腸汁」と書かれている。この店の名物はどうやら「鮑腸汁」という料理(一人前750円なり)らしい。それにしても、もの凄い名前だ。たぶん「ほうちょうじる」と読むのだろう。なにしろ、あわびの腸の汁という意味なのだから、どんなものか訳が分からない。我々は5時過ぎに入ったので、口開けの客となったようだ。
 まずはビールとしめさばを注文する(奈良のほうではしめさばではなく、「きずし」というらしい)。ビールを飲みながら、「鮑腸汁」の勉強をする。壁に名前の由来が書いてある。なに、なに、大友宗麟が鮑の腸の料理をある店で所望したところ、その店には、鮑の腸がないので困り果て、うどん粉を捏ねて、伸ばし、みそ仕立ての汁ものにして急場をしのいだそうだ。その代用品に、宗麟、すっかり満足したとか。結論を言えば、「鮑腸汁」の名前は、鮑の腸となんの関係もなく、その由来にあるらしい。
 店の主人が手にうどん粉の塊を持って、我々の前に現れ、目の前で、捏ね捏ねし、みるみる手延べうどんをこしらえた。「これをみそ仕立てにしたものです」と、なれた様子。「関東のほうではほうとう、言うのありますが、あれに近いです」とパフォーマンスを見せながら解説している。。
 実を言うと、僕はほうとううどんに対して食指は伸びない。麵そのものにはなんの恨みもないのだが、かぼちゃなどを入れて、汁が甘くなるので元気が出ないのだ。その点、さすが宗麟のお墨付き、味噌仕立てでほのかにカボスの香りが漂う鮑腸汁は舌にやさしく美味しさを語りかける。多分、飲んだ後は格別なのだ。店名の「いづみ」とは、鹿児島の芋焼酎の名前から取ったと言うおかみさんの言葉からすると、お湯割の焼酎をやったあとに、これを食べたら最高かもしれない。このあと、瑠璃絵見学がなければ、体験できたのだが・・・ちなみに、女将さんは大分出身で、ここを経営して50年になるとのこと。

いづみ 店内
少々ボケていますが、「いづみ」の店内

 瑠璃絵見物で冷えた体を、室温26度に設定されたホテルの部屋で、地元の酒を飲んで暖まる。さすがホテル・フジタ(ダブルの部屋で一泊7600円なり、最近ホテル業界も競争が厳しいのか、僕らにはうれしいが安くなったものだ)、我が家の設定温度よりも3度は高い。さて奈良は宇陀で産するこの酒は、昼間秋篠寺から西ノ京のほうに散歩した時、途中の酒屋で仕入れたものだ。試飲ができなかったので、瓶のラベルをしげしげ見て判断する。地元の「生酒」、名前は「睡龍」、予備知識がないので、これだけの材料で良しとする。

お酒と帽子
純米生酒、「久保本家酒造」と書かれている。
隣の帽子は、先日丸刈りにしたので、必需品となったもの。
ダンロップと書かれているので、楽天等で同じような帽子の値段を見たところ、
だいたい2000円弱の値段だった。僕は近くの量販店で1100円なりで買ったのだが・・・

 さてこの酒のお味のほうは、口を開けたばかりの時、麹の香りが強くてぴりっとしたが、空気になじむにつれまろやかな味になった。途中コンビニで買ってきたチーズとちくわをつまみにして、二人だけの宴会だったが、大いに盛り上がった。
 ちなみに、今回の奈良旅行で、奈良の酒を3本買った。あと2本は次の写真。

日本酒2本
三輪山の今西酒造「三諸杉(みむろすぎ)」の露葉風(つゆはかぜ)と
吉野の猩々酒造「善童鬼(ぜんどうき)」
善童鬼とは、役の行者(えんのぎょうじゃ)に仕えた鬼「前鬼」の別名だそうな。

 味のほうは、これからゆっくりといただくことにしているので、楽しみだ。

 翌日は、20年ぶりくらいで、飛鳥を散歩した。飛鳥駅から飛鳥寺まで、3時間くらいだったろうか。まずは駅から、欽明天皇陵へ、というよりも吉備姫王墓に行き、猿石を写真に収める。

欽明天皇陵           猿石
欽明天皇陵と猿石(もちろん、猿ではない。いつ頃からこう呼ばれたのか)


 欽明天皇は、29代天皇で、継体帝の子、用明、推古帝の父親、要するに聖徳太子の祖父ということだ。彼の時代最大の出来事は「仏教伝来」ということらしい。確かに、それ以降、神道と仏教、物部と蘇我の対立となり、大和は激動の時代に入る。吉備姫王は、欽明邸の孫で、皇極・斉明帝の母親、ということは、天智、天武帝の祖母ということか。奈良旅行の楽しみは、古代の日本史を再勉強できる楽しみでもある。
 このふたつの陵墓から少し歩くと、天武、持統帝の古墳がある。夫婦そろっての古墳というのは珍しい、というよりこれ以外ないそうだ。いずれにしても、日本という国が、歴史を持ち、国としての体裁を整えて歩き出すのは、この二人の天皇の時代からだ。と同時に、藤原氏が天皇家にあたかも藤の木のようにまとわりついて深い縁を結ぶのもこの時だ。爾来、天皇家は藤原氏とともに歩むことになる。前夜、奈良瑠璃絵見学の際、幻想的な光に彩られた春日大社も詣った。夜目なので見えなかったが、ここの巫女たちは髪に藤の花を飾って、この神社が藤原氏のものであることを誇示している。
 天武・持統帝の古墳の手前に、通称「鬼の雪隠」「鬼の俎(まないた)」と呼ばれる石がある。前者は石棺を構成していたもので、後者は水を通す導管のようなものなのだろう。後世、村人たちは、その自然の石ではない形態に恐れを抱いて、鬼のものとしたに違いない。

鬼の雪隠                   鬼の俎
鬼の雪隠と鬼の俎(以前はどちらも石の上に乗れたのに、いまは世知辛い、
立ち入り禁止になっている。それどころか、鬼の俎には「宮内庁」の立て札が)


天武・持統陵墓
偉大な両帝夫妻の墓にしては地味なのは、
大化の改新で定められた「薄喪令」に従ったためだという。
持統帝は、火葬で、自らの墳墓を持たず、夫の墓に入った。

 天武・持統帝の陵墓をあとにして、橘寺に向う。途中に「亀石」なるけったいな石がある。先にある「川原寺」の標石ではないかと、立て札にあるが、あまり標石らしくない。それよりも、以下の伝説のほうがおもしろい。
 昔大和が湖であった頃、ここ河原は対岸の当麻と水争いをしていたとか。結局、水は当麻にとられてしまい、住んでいた亀は皆死んでしまった。そこで河原の村人は亀を彫り、供養したそうだ。いま亀は、西南を向いているが、西を向いて当麻を睨みつけると、大和盆地は泥沼となると言われている。

亀石
亀石・・・自然の巨岩に顔だけ彫ったようなできばえだ。
顔を奥のほうに向けたら、大和盆地は大変なことになる。


 この辺りを散歩していて、ふと気付いたのだが、食堂というものがない。この亀石のとなりに、掘ったて小屋か納屋のような家があって、無人のまま野菜やらお菓子やらを売っているのだが、食事ができそうには思えない。亀グッズもあるらしいのだが、それは戸を開けて、中に入って注文するらしい。泥棒対策として「監視カメラあり」の注意書きがあった。
 この先、橘寺から飛鳥寺まで延々と歩くつもりだったし、実際歩いたが、結局いわゆる食堂はひとつも見当たらなかった。観光局でもらった地図には、ナイフとフォークのマークのついた食堂マークは記されているのだが、やっていないか(季節外れ?)、いまの亀グッズ屋のような店だった。僕が入りたいのは、田舎の、村人が日常入るような食堂だ。この辺りの人たちは、小学や中学もあるから子どもたちもそうだが、食堂に入って食事したり、出前を取ったりしないのだろうか。実に不思議だ。結局、橘寺に行っても、食べ物屋は見つからず、川原寺跡から飛鳥川沿いを空きっ腹をかかえて歩き、飛鳥寺まで行った。寺のそばには地図によるとナイフとフォークのマークがついているので必死になって探したが、閉まっているのか閑散とした高級料亭とカフェがあるにはあった。仕方ないので、飛鳥寺の山門前のいかにも典型的なお土産物屋に入った。「にゅう麺」と書いてあったからだ。仇のように食べたかったのに、にゅう麺とは悲しいが、なにも食べないよりはましだ。入ると、やはり「にゅう麺」しかないとおばさんに言われた。「はい、お願いします。熱燗でお酒もください」体が冷えきっていたので、壁に書いてある「ワンカップのホット」を思わず注文する。ところがこの熱燗、なかなか来ない。思わずおばさんに「ワンカップまだですか?」「ああお酒ですね。麺と一緒に持って行きますよ」むむっ、このおばさん、僕の気持ちを読んでないな。熱いお酒を飲みながら、ニュウ麺の到着を待ちたいのに・・・同時だと、ゆっくりお酒を飲めば、三輪そうめんは伸びてしまうし、そうめんをおいしくいただくには、お酒を急いで飲まなければならない。
 結局同時に到着し、お酒を飲みながら、そうめんを食べたので、か細い麺はすっかり伸びてしまった。

 話が先走ってしまった。さて、亀石のあと、橘寺に行った。

橘寺                   二面石
橘寺、西門側。この写真を撮ったあたりで聖徳太子が誕生したと言われている。
右の写真は、境内にある二面石。善と悪の顔を表していると言う。


 この、聖徳太子ゆかりの寺から、川原寺跡を見て、先ほども言ったが、飛鳥川沿いを空腹をかかえ、寒風にさらされて、ひたすら飛鳥寺に向った。結果は先の通りだ。
 途中、飛鳥寺の西側に(かつては境内だった)「入鹿の首塚」があった。蘇我入鹿は飛鳥板蓋宮の大極殿において、中大兄皇子や中臣鎌足らに斬殺されたと言われているが、伝説によると、この首塚のあるところまで、入鹿の頭は飛んできたらしい。飛鳥板蓋宮からここ飛鳥寺まで、1キロ弱というところか。さすが、根性のある人は違うものだ。

入鹿の首塚
歴史は、入鹿を朝敵としたためだろうか、
蘇我入鹿の首塚は田んぼの中にさびしくぽつねんと立っていた。


 直接飛鳥寺に入らず、まずは腹ごしらえをしようとこの辺りを歩き回ったが、先ほど書いた通り、見つからず、山門の土産物屋でにゅう麺となったことはすでに言った。
 食後、飛鳥寺に入る。拝観料は先ほどの橘寺と同様、1人350円だ。ちなみににゅう麺代はひとり500円、ワンカップは300円だった。橘寺と違って飛鳥寺がよいのは、仏様等内陣の写真撮影が許されていることだ。ここにはもっとも初期の大仏がある。

飛鳥大仏.
法隆寺のもそうだが、初期の大仏は大陸の影響がそのまま反映しているせいか、
面長だ。仏像は、奈良、平安と時代が下るに連れて、お顔は丸くなる。


 バスは一日何本かしかないので、帰りのバスの時間を考慮して、近くの「飛鳥坐神社(あすかいますじんじゃ)」を見学する。神社の鳥居をくぐり、階段をのぼるやいなや、ぎょっとする。路傍に石棒が立っているのだ。いわゆる男性のあれだ。よくもまあ、あつめたものだ。境内のあちこちに鎮座している。一番の奥には、ご丁寧なことに陰陽の石が祀られていた。ある意味、日本の精神のあけっぴろげな表現なのかもしれない。西洋の(キリスト教の)ように、日本は性をタブー視して来なかった。極端に言えば、日本は西洋文明に染まり出す明治時代から、性に対して厳格になる。野蛮な国と思われるのを時の政府、インテリたちは嫌がったのだろう。

飛鳥坐神社
こういう風に彫刻したのではなく、自然のままの似た石を集めたのだと思う。
つまり、性を自然の摂理として、とらえようとしたのではないだろうか。


 ホテルに到着したのはすでに5時半頃になってしまった。奈良の浄瑠璃寺に近い京都に隠棲した(埼玉県の役所で働いていたが、退職後やってきた)大学時代の友人と会う約束があったので、遅れては失礼になると思って、少々ハラハラした。N氏はホテルのロビーで待っていてくれた。
 さっそく近くの飲み屋に行き、たこ焼き、お好み焼き、串カツ(といってもトンカツではなく、キスとエビ・・・要するに串揚げのフライ)、おでんをつまみに、一杯やった。一日中飢餓状態だったせいもあり、どれもこれもおいかったこと・・・
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国内旅行 | 18:58:27 | Trackback(0) | Comments(0)
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