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おもしろい本
 今頃読んで、今更書評めいたことを書くのも気が引けますが、『十字架と三色旗』という本は、僕がこのたびのパリについての考察、教権主義と反教権主義のせめぎ合いの19世紀末というテーマに、きわめて近い問題を提起しています。言わば、僕の推論の強力な後押しとなる、主張を多く含んでいるということです。
 あらためてこの本を紹介しましょう。『十字架と三色旗 もうひとつの近代フランス』(山川出版社 1997年)で、著者は谷川稔氏です。




 ここに次のような記述があります。

《また、この総重量七000トン、地上三00メートルの鉄塔は、共和国の威信をかけた世俗建築という使命を担っていた。それというのも、当時モンマルトルの丘の丘には、かのサクレ・クール聖堂が建造中であったからである。小高い丘のうえに、八0メートルの巨大なドームをもつロマネスク-ビザンチン様式のこの聖堂は、十九世紀の教会が「カトリック的フランス」再建の夢を託した一大モニュメントである。その白亜のドームは、パリ北郊から市内を睥睨する教会芸術の結晶であり、まさに教権派の象徴となるべきものであった。
 エッフェル塔はこの中世教会風の石造り建築にたいして、近代社会と科学技術を象徴する鉄製の世俗建築物として、けっしてひけをとってはならなかった。地上三00メートルというその高さへのこだわりは、明らかにモンマルトルのサクレ・クールを意識したものであった。設計者ギュスターヴ・エッフェルが狂喜して叫んだように、これ以降「フランスは三00メートルの旗竿を持つ唯一の国」となったのである。パリを代表するこの二つの建造物が、世紀末における「二つのパリ」の対立を象徴する建築でもあったという事実は、もっと記憶されてよい。》(pp.189-190)


 これを読みますと、以前ここに書いた「パリの風景・・・エッフェル塔とサクレ=クール聖堂」(投稿日:2007-04-13 Fri)の記事とほぼ同じではないかと思われます。
 浅学の徒である僕は、やっと今頃「サクレ=クールとエッフェル塔」の表象論的解読の緒についたというのに、10年も前に考えておられる方がいたのですね。
 まあ、いずれにしても、僕にとっては強力な味方を得たような、うれしいことではあります。

 谷川氏は、このエッフェル塔とサクレ・クールの対立に至る、歴史の新しい流れを、大革命から丁寧に解きほぐして説明しておられる。とくに、大革命時代の宣誓僧と宣誓拒否僧の問題、妻帯した僧侶、修道士の問題がおもしろい。そこで氏は、《カプララ文書》なるものを紹介している。
 これは、革命中に俗化した聖職者たちが、コンコルダによりフランスが再びカトリックになったとき、カプララ枢機卿に提出した、いわゆる懺悔あるいは言い訳の文書のことである。
 曰く、「なぜ妻帯したか」「ずっと貞節を守っていた」などなど・・・宣誓僧・聖職放棄僧・妻帯僧の三種類に分かれるそうだ。
 また、妻帯した場合、相手はどんな女性だったか、まず修道女があげられる。次に、親族つまり従姉妹、姪、義理の姉妹などである。またこれらの婚姻の中には偽装婚もあったことは確かだ。

 以下に一つ紹介してみよう。
 《この結婚によって二人の子供とその母親を得ました。私は、この結婚に署名しながら、それが教会法ではまったく認められず、教会のあらゆる権威に抵触することも知っておりました。・・・(略)・・・たえず、良心の叫びが聞こえてきましたが、私はそれを黙らせました。と申しますのも、本来的に無効な行為を暴力的に押しつけられたのだと、日々自分に言い聞かせておりましたので。どうしようもない脅迫的な仕方で強制されたのであり、もし私が拒否していたら、自由はもちろん命さえも失う恐れがあったのだと。・・・》
 ちなみに、カプララはこの人物を復職させるよう指示している。

 また谷川氏の力量の高さは、文学作品を一級資料として扱っていることでも伺われる。例えばフロベールの『ブヴァールとベキュシェ』、これは僕も以前読んで、田舎における教師・村長・司祭という鼎立構造のおもしろさを感じたことがあった。ほかには、ゾラやマルセル・パニョルの作品を引いておられる。
 特に後者(『父の栄光』)は、田舎の教師が主人公なので、教権・反教権の関係が分かりやすい(映画でも少し描かれているが、当然だがいまひとつ)。残念ながら、このパニョルの自伝は翻訳がない、というより翻訳が許可されないので、ない。
 とまあ、そういうわけで、19世紀の教権・反教権についてはお薦めの本だ。
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書評 | 22:11:13 | Trackback(0) | Comments(0)
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