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石田明生

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映画『雪の轍』を見る
 昨日見た、映画『雪の轍』(英語の題名 Winter Sleep ヌリ・ビルゲ・ジェイラン Nuli Bilge Ceylan 監督)は、昨年のカンヌ映画祭パルム・ドール賞獲得作品だ。さすがに良くできた映画で、上映時間3時間16分という長さも、これだけ濃密な会話と、美しい景色を前にしてはあっという間だ。

 主人公は元俳優でカッパドキアの奇岩を利用して作られたホテルの経営者、資産家でもあるので悠々自適の暮らしをおくっている。場面は彼がホテル前の風景を眺めている場面から始まる。カメラは彼の背後にあり、ズームアップを続ける。薄くなった頭髪をもズームして、最後に彼の脳髄に入りこんだかのような錯覚に陥る。
 それもそのはず、ほとんどのシークエンスは彼の目を通して観客に提示されるからだ。彼の目と耳を通して、我々も彼のトラブル(借家人が家賃を滞らせているので、家具の差し押さえをする。と、その家の子供が彼に石を投げつける)につき合うことになる。
 出戻りの妹との会話は突き詰めていくと兄への非難に繋がり、慈善事業に打ち込んでいた、若く美しい妻は、非難しようもないほど立派で教養があり、やさしい夫に、それでも、まるで存在そのものへの非難、実存主義的非難を浴びせかける。主人公のアイドゥン(これが元俳優の名だ)はあきれかえって、妻に言う。
「君は、人を神のように敬っていながら、神じゃないと言って、非難している」


 彼は、土地の名士であり、後ろ指さされない存在でありたいと思っている。このセリフの中におそらく彼の誇りとおごりがあるのだろう。いつの間にか、貧しい借家人の一家に誇りを認めない人間になっていたのだ。
 ひとつのシークエンスだけが、彼の視点から描かれていない。それは、若い妻が、その借家人の家に一人でいく場面だ。妻のニハルは、誇りを傷つけられた貧しい借家人に高額(「これはたいへんな金額だ、家が買えるくらいだ !」相手のセリフ)の現金を寄付しようとする。アル中の借家人は、「奥さん、これに感謝の言葉はありませんよ」といって、その札束を暖炉の火に投げ入れる。燃えあがる札を見ながら、借家人の目から涙が落ちる。ニハルは、札束が投げ入れられた瞬間「あっ !」と叫び、驚愕の表情をする。と、両眼から涙が流れ落ちる。慈善家ニハルの挫折は、夫が知らなくても、観客だけが知ればよいのだろう。
 妻に非難されたアイドゥンは、イスタンブールに行って帰らない決心をして駅に向かったのだが、列車には乗らず、一晩、友人と深酒をして翌日、ホテルに戻る。「妻の声を聞くのがなによりの幸せだ、たとえそれが罵倒であっても」というモノローグが流れるなか、妻のニハルは、夫が帰ってくる姿を窓からじっと見つめている。このニハルの姿も主人公は見ていない。ものを恵み、自己満足するだけの慈善に、苦い体験をした妻のこれからは想像に難くない。人を、少なくとも夫を本当の意味で愛せるようになるだろう(これは観客の勝手な想像)。この場面で、上映3時間16分になろうとしている。
 映像と会話、表情と仕草、心理描写と風景描写、馬や兎など動物たちの象徴性、どれをとっても完璧だ。ジェイラン監督は映画という芸術手段の可能性をさらに広げたのではないだろうか。
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雑感 | 18:38:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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