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石田明生

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Starmania
 前期の日程が終わり、採点の山を前にしている。点をつけながら、その対象の学生を思い浮かべている。彼らは、いろいろな18年、19年、いや20、22年を生きて来たのだろう。
 目に浮かぶ若さの狂乱に、これまた愚かな若者の反乱をテーマにしたミュージカルの一曲に耳をすます。曲名は『Complainte de la serveuse automate』、積極的に働く気のしない、いや生きる気のしないと言ったほうがいいだろうか、そんな女給の歌だ。「今日は何をしようか」「明日は?」「何かしたいことをしたいだけなのに、何をしたいかわからない」ずっとずっとあとで、「トマト栽培でもできたら・・・」そんなことをぼんやりと夢見ている。上が1989年版、下が最初の女給役Fabienne。

https://www.youtube.com/watch?v=WnOBbL52kMg


https://www.youtube.com/watch?v=pCD3flnPHFg


 やはり、Michel Berger の『Starmania』はいい。焼酎の水割りを飲みながら、女給の嘆き節に耳を傾ける。彼女の言っていることは本当にそうだと思う。かさかさに渇いた都会の中で、トマト栽培を夢見るのは自然だ。国会中継の安保関連の質疑を耳にすると、つくづく思う : 今、この世は、渇いていない。どころか、べたべたしている。粘着性の時代というのだろうか。この女給のようなふてくされた存在、社会からするりと抜け出したような存在、今はそんなものよりも関係性(絆という人もいるかも)を重んじた人たちの表舞台の時代なのだ。孤独死のない時代、それはそれでよい時代なのか。でも陰湿ないじめの時代(粘着)でもある。
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雑感 | 00:23:19 | Trackback(0) | Comments(0)
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