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石田明生

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難しい病気
9月20日(日)
以前から楽しみにしていた、我が家での食事会、K夫妻、F氏、義妹のF江、息子のChisato、我ら夫婦を含めて総勢7名のささやかな会だ。昼食後、自転車距離にあるスーパー・ロジャースにつまみの刺身を買いに行った。異変に気付いたのはそこのトイレでのことだった。到着してさっそく入ったのだが・・・そもそも尿が近いなと思いつつ入った・・・放尿しようとしてもなかなか出ず、強烈な痛みが尿管辺りを走り、しずくのような尿が申し訳程度に出た。長い人生、このような痛みは初めてだった。かつて同僚だったAさんが腎臓結石か膀胱結石が忘れたが、石を出した時のことが頭をよぎった。「あれとは違うな」
それほど気にせず、買い物を済ませて帰宅した。すると、すぐに尿意を催す。放尿しようとすると、先ほどの痛みが再発する。みんなが集まり、食事会が始まったが、みんなに気にされないほどにはホスト役ができたと思うが、どうだったろうか。妻と義妹に後片付けを任せて、11時頃床に着いた。
実は地獄が待っていたのは、それからだった。0時過ぎまでうとうとしたが、尿意を催し、痛い放尿をした。すると、10分もするとまた尿意を催し、痛い放尿をせざるを得なくなる。これは10から15分ごとに1時、2時3時頃まで続いた。あまりの辛さに、先月旅行前に歯医者からもらった化膿止めの薬(どうせ尿道炎か何か炎症を起こしているのだろうから効果は同じだろう)フロモックスを一錠呑んだ。すると、尿意の間隔は遠のき、6時くらいまでうとうとした。



9月21日(月)
朝食後、再びフロモックスを一錠呑み、祝日でも診察している診療所を調べてタクシーで出かけた。体温は37℃位だったが、眠れなかったせいか体がふらふらだ。
診察の結果、膀胱炎ということだった。薬はフロモックスを続ければよいということだった。三日分の薬を処方してもらい家で安静にした。すると、尿意の間隔は短いものの、痛みは薄れ、翌日の快方は十分期待できた。

9月22日(火)
体温はあいかわらず37℃前後あったが、解熱剤を呑むと36℃台になったので、快方に向かっていくのが感じられ、終日安静にしていた。翌日も祝日だが、講義はある。

9月23日(水)
体温は37℃前後だったが、尿意と尿の頻度は平常に近くなり、痛みはほとんど感じなくなったので、解熱剤を呑んで大学に出かけた。体調も普段と変わらないほどで、初回の講義は簡単なガイダンスだけと思ったが、ついつい、時間たっぷり授業をしてしまった。が、体調は疲労を少し感じたが、際立って悪いわけではない。放尿時の違和感はほとんど感じなくなって、翌日からの快方を十分期待できた。

9月24日(木)
5時頃起床したが、体温計を見てショックを受ける。39℃、こんな高熱は記憶がない。大学は休講にして、朝食後、近所の医院に朝一番で行った。体全体が、ひどくだるい。
馴染みの医者にそれまでの経過を説明したが、彼は、膀胱炎に関してはそれほど関心を示さず、前回の血液検査と尿検査のほうばかり気にしている。結局、今朝採血した結果は翌朝にわかるから、その時ということで、医院をあとにした。
解熱剤を服用せずにその日一日体温を計ったが、38℃には達したのは一度きりで、尿のほうも平常どおりなので翌日の快方を今度こそ期待できた。

9月25日(金)
起床時(6時)の体温は36.4℃、これなら翌日の講義に出かけられるだろう。いや、これから仕事を続けられるだろう。
朝一番で医院に歩いていったが、どういうわけか自身の体の中に力がない、数値はほぼ正常なのに、どうしようもなくふらつき、歩くのもやっとという状態だ。わずか10分程度の医院まで倍もかかったようだ。
医者と面談するや、彼は「石田さん、これは危ないね。すぐにでも入院しないとだめだよ」
ハンマーでガツンとくらったようなものだ。「えっ !、そんなひどいのですか、今朝は体温36 .4℃でした。尿もほとんど平常ですし」
「貧血がひどい。自己免疫性溶血性貧血だね。要するに黄疸だよ。赤血球が破壊されてしまうのだ。これを治療するにはステロイド系の薬でなくては・・・ここではできない。メディカル・センターに電話する。すぐ入院だ」
「ちょっと待ってください。大学のほうもありますし。とりあえず、だましだまし生きていくっていうのはだめですかね」
「命がなくなるだろうね。10分ばかり考えて。次に患者さんが待っているから」
結局、最初の一週間は入院して大学を休んでも仕方ないか、と決意し、その旨を伝える。
ところが、メディカル・センターには血液内科の専門医はいなかった。電話でいろいろ探して、結局日赤病院ということになった。月曜日に予約患者の列に割り込んで入れてもらうことになった。
自宅に戻ると、月曜日の休講届けを大学に電話で提出する。また、翌日の講義も・・・ゆっくり、体に負担をかけずに行こうとしたら、妻は憤慨し医者に電話する。「まったく、明日仕事に行くと言ってますが、だめですよね」
「エスキモーみたいな格好して、養生していなければだめだ」と、妻に叫んだらしい。
というわけで翌日の仕事も休講ということになった。ちなみに、ここ10年以上休講した記憶がない。そのせいか、休講に対して過度に敏感なのだ。要するに過信していたということか。

9月26日(土)
眠りも、尿も、体温もほぼ平常。特に体温は36.3℃前後で安定し、自分の異常が信じられない。
そう、体がけだるく、力がなく、腰痛がひどい。確かに、今日大学に行っていたら、途中でへたり込んでいたかもしれない。家でおとなしくしているだけだ。

8月27日(日)
思えば一週間前の、ホームパーティーの準備している時から始まったのだ。放尿時の痛みから、こんな難病が導きだされるとは・・・膀胱炎と聞いた時の、あの安堵感はなんだったのだろう。
思えば、倦怠感は時々あった。知らず知らず、貧血になっていたのかもしれない。今は、やはり自己免疫性溶血性貧血の状態がひどいせいか、少し動いただけでも疲労感がひどいし、耳の中は以前にも増して耳鳴りが激しい。
今は、明日の治療が待ち遠しい。というよりも、予約なしに日赤病院に押し掛けて、しっかりと治療を受けられるのだろうか。B医師の紹介状はちゃんと水戸のご老公の印籠のように威力を発揮するのだろうか。
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日常スケッチ | 16:54:48 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
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2015-10-20 火 11:09:15 | | [編集]
Re: タイトルなし
お気に留めてくださり、ありがとうございます。
まさに今日、血液検査をしました。担当医によれば、検査結果はとりあえず快方に向かっているとのことです。

貴兄のますますのご活躍を念じております。

石田
2015-10-20 火 20:21:59 | URL | 石田明生 [編集]
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