■プロフィール

石田明生

Author:石田明生
ホームページの方もよろしくお願いします。
文学雑感、旅行記、翻訳などを載せています。

■4travel

スキピオの旅行記(写真付き)もごらんください。

■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ

■最近のトラックバック
■リンク
■アクセス解析

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
好著『医系技官が見たフランスのエリート教育と医療行政』について
 以前ここで、『医系技官から見たフランスのエリート教育と医療行政』と書名だけ紹介しましたが、今回は、中身について少し話しましょう。これは昨年の9月に出版された本で、まさに書名通り、医系技官である«入江芙美»という方が書いたものです。この若い女性(著者紹介の項に年齢が記されていないのでわかりませんが、2002年に九大医学部を卒業、とありますから、逆算すると1978年頃の生まれ、まだ三十代の方でしょうか。巻末の写真がそのことを裏付けています)は、その教養は日仏のことに止まらず、様々な古典的教養を身につけられて、さらに海外の留学体験で培った実にバランスのとれた知性の持ち主です。
 そんな彼女が、フランスのエリート校「行政学院ENA」で学び、その体験記を細かく書いてくれました。これは、フランス学を学生たちに広めたいと思っている僕にとって、絶好の書となりました。


 ENAの創設は、戦後の1945年とつい最近なのですが、創設時のコンセプトは、彼女の言葉を使うと「高級官僚の世襲化とエリート階級の再生産をなくす」ことだったということです。
 そこで、新たな全く平等な入試制度を持った行政専門の学校を作ったのです。定員は毎年100から120名で、3分の2がフランス人、3分の1が外国人だそうです。
 まずはフランス人の入試ですが、その受験者は3通りに分けられます。一つは、高等教育を終了したばかりの外部コンクール(定員40名)、次に、4年以上の勤務経験のある公務員を対象とした内部コンクール(定員30名)、最後に8年以上の民間に勤務経験のある第三コンクール(定員10名)です。ですから、当然年齢層も様々ですし、経歴にも多様性が保たれるのです(これに海外の学生も加わりますからなおさらです)。
 夏に実施される一次試験は、筆記試験で5科目、5日間に及びます。科目は、公法、経済、社会・国際問題、一般教養。1科目の試験時間は3から5時間で、とりわけ、一般教養の試験は、フランス式試験の集大成ともいうべき小論作成試験だと、著者は書いています。それは非常に納得できます。フランスは論理的な思考に基づく論文作成、つまり哲学的思考を重んじるからです。試験問題は、例えば「近代生活における情報」とか「革命は時代遅れか ?」とか「国家は文化に関わるべきか ?」といったシンプルなものですが、受験者はその問いに対して、5時間かけて文学・哲学・歴史・芸術など知識を総動員し、真っ白な解答用紙に文字を埋めなくてはならないのです。
 フランスの政治家は、このような試験を経ているから、演説の中に何気なく文化の匂いを入れることができるのでしょう。日本の大臣たちとは大違いです。
 この試験をパスしても、次に口頭試験が秋にあります。これが、大変な試練となるそうです。なにしろ、ずらりと並んだ大物試験管の中で独り、周りからの矢継ぎ早の質問に答えなければならないのですから。答え方は、「優雅さ」と「バランス感覚」が求められます。もちろんいくら知識があっても衒学的態度は嫌われるそうです。
 このような試験も、というよりもこのような試験だからこそ、やはり世襲的エリートの再生産に繋がってしまうという問題に直面すると彼女は書いています。とりわけ一般教養試験や口頭試問は、受験者の育った家庭環境に大きく影響されます。何気ない知性とか、バランス感覚とか、ましてや「優雅さ」などは一朝一夕で身につけられるものではありません。上流階級の師弟がどうしても有利になります。そのことを著者は上品に「文化的背景の異なる移民出身者には不利なのかもしれません」と言及しています。そのために、移民の多く住む地域の高校卒業生に対してENA受験準備の補助をする取り組みも行われています。この補助枠は「機会平等枠」と呼ばれているそうです。
 彼女は書いておりませんが、日本でも上位大学の入学試験にも似たようなことが起こっています。知識を問う問題の多い日本の試験は、フランスほどではないにしても、上流階級の師弟や知識階級の師弟が有利なことは、例えば東大合格者の家の年収を調べれば明らかでしょう。公平と思われるどんな形式の入学試験も、どこかいびつなところが出るのです。家庭環境の公平は、個々人に均一性を求めることができないのと同様、不可能だからです。
 さて、著者が受験した外国人向けの試験についてですが、筆記試験と口頭試験があるのはフランス人と同じですから、あまり変わりがないようです。大きな違いは各国の大使館で受験することと、口頭試験の試験官が少人数ということでしょうか。彼女は自ら挑んだ自由作文についての経験を書いていますが、その内容の深さには驚きます。ちなみに題名だけここに書きましょう。「統治すること、それは選択することだ」というピエール・マンデス=フランスの1953年の国民議会の演説の一節について、思うところを書けというものだったそうです。この問題を突破した著者の知識とフランス語力のすごさには敬服します。
 入学した学生は外国人もフランス人も、全く同様の扱いを受け、授業料無料なのはもちろん、授業は実習形式ですので、公務員と同様の仕事をこなしたりします。上級公務員、つまり国のリーダーを育てるのですから、もっぱら実践力を養うわけです。在学中も常に同級生とはコンクールにさらされていて、フランス人の場合は卒業時にトップからラストまで席次が発表されるのです。その順番に働く省庁も決まるというのですから、フランスの順位好きも相当なものです。そういえば昔、大統領のジスカール・デスタンは2番で卒業したと聞いたことがあります。
 そうはいっても、同学年の同級生たちはもちろん反目しあって学生生活をするわけではありません。グループ授業が多いのでむしろ絆が深まるとも言えるでしょう。おもしろいのは、同学年のクラスに自分たちで学年名をつけることです。学年名は、昔からの伝統で、「国連」とか「連帯」とか「ヨーロッパ」とか「パスカル」とか「モンテーニュ」とか、概念であれ人名・地名であれどんな名前でも良いのだそうです。彼女の学年も喧々諤々の議論の末に投票で「エミール・ゾラ」という名前に決定しました。そういうところにも、日本の大学や高校にない自由と知性を感じます。その同級生たちは、とりわけ外国人留学生たちは卒業後世界各地に散らばります。また、フランス人の学生たちは政府の中枢に入っていきます。彼らは時々電話で「エミール・ゾラ学年の〇〇だと名乗り合い、お互いを懐かしみ合うのでしょうか。
 実を言うと、ENAのことを長々と書いていますが、この書物は医療行政についての本です。ENAについては、300ページほどのうち、わずかその5分の1ほどでしかありません。他は、フランスで見聞きし、実際仕事に携わったフランスの医療行政についてページが費やされています。フランス医療の優れた点や問題点、フランから見た故に見えてきた日本医療の良し悪しについて実に様々なことが書かれています。
 少々専門的な分野については、ここで拙速な紹介はやめておきます。ひとことだけ言えば、日本とフランスは、著者も言っておられますが、世界的に最高水準の医療体制を有していること、世界最高の高齢者社会となっていることなど、共通の特徴も、共通の課題も抱えています。それなのに、残念ながら彼女のようにフランスに(あるいは多分ドイツやイタリアでも同様でしょうが)留学する医療関係者は少なく、多くはアメリカか英国になるそうです。著者にこの書を書くきっかけを与えたという聖路加国際病院の院長福井氏もそのことを述べています。多分、アメリカの医療制度は、優劣は別として全く違うものなのかもしれません(オバマケアの噂だけでもそう考えざるをえません)。
 ちなみに、ENA時代の彼女の同級生の外国人の内分けは、一番多かったドイツ人が6名でヨーロッパ出身の学生が15名強で、アフリカ出身の学生が10名近く、アジアからは、日本人2名、韓国人2名、中国人2名、タイ、カンボジア人がそれぞれ1名の8名で、それにトルコ、ロシア、メキシコ、コロンビアの出身者がいたそうで、総勢38名、30国籍からなるそうです。アメリカ、イギリスといったアングロサクソン系の国の出身者は、偶然かどうかわかりませんが、いなかったそうです。

『医系技官が見たフランスのエリート教育と医療行政』入江芙美著(NTT出版)
スポンサーサイト
書評 | 11:02:49 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad