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石田明生

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沖縄の旅(ひめゆりの塔)
 「沖縄の旅」とタイトルを書いたが、今ひとつ調子が出ない。なぜなのか考えた結果、おそらくは初めてのツアー旅行だったからではないかということに思い至った。「旅」という語が持つ語感もイメージも、指定された時間、組み込まれた売店巡り、そして何よりも予定された名所旧跡を団体で巡って歩くこととそぐわない。だからと言って、今回のツアー旅行が楽しくなかったというのではない。どころか、3泊中2泊も豪華なホテルに泊まれたし、潤沢な朝食と夕食に恵まれ、個人旅行とはまた別の楽しさ、面白さがあった。それを満喫したと言ってもいいくらいだ。
 とはいえ、旅の思い出を文章にするとなると、どうしても団体のそれではなく、自由行動時に見学した場所になるし、その時の体験になってしまう。脳のどこかにインプットされる強度が、個人旅行と団体旅行とでは違うのだろうか。というわけで、三日目の午後、初めて単独行動をして、「ひめゆりの塔」を見学した思い出から、今回の旅行記を書いてみようと思う。

 三日目は、沖縄本島の中部の恩納村のホテル(新婚旅行でもなければ泊まれないような豪華なホテル)を出発し、近くにあるけったいな「琉球村」に寄り(村見学はオプションなので、参加せず。参加しない者は土産物売り場で待たされる)、その後バスは一路首里城に向かった。首里城の見学時間はたったの一時間だったので、ほとんど駆け足。けったいな琉球村を省いていればとついついぼやきたくなる。


 正午過ぎに、那覇市の中心地「国際通り」の端で、一時解散する。昼食付きのバスツアーはオプションだったので、僕たち夫婦は、自由行動を選択した。とはいえ、解散した場所で再び集合せねばならない。与えられた時間は5時間だった。これを利用して、僕たちは「ひめゆりの塔」を見学しようというわけだ。
 まずは、「牧志」という駅でモノレールに乗って「赤嶺駅」に行き(280円)、そこから糸満市のバスターミナルまでバスに乗る(500円)。次にそこでバスを乗り換えひめゆりの塔まで行く(300円)。地理感覚が鈍いせいか、那覇からひめゆりまで大したことはないだろうとタカをくくっていたが、とんでもない。距離や時間もさることながら交通費もばかにならない。ちなみに、糸満のバスターミナルで計算したところ、もしもモノレールを介さず、バスだけならば300+580円となる。
 その代わり、バスの車窓から、糸満市の風景を見ることができた。季節が悪かったのだろうか、ちょっと干からびたような、活気のない街という印象を受けた。唯一の交通手段であるバスに乗車し、降車する人たちはほんのわずかだが、そのわずかな人たちは皆僕たちよりも年上のように見えた。壮年期や青年期の人たちはたいてい自家用車を利用するので、バスになど乗らないのだろう。バスが停車して、発車するまでの時間が途方もなく感じられた。結局、ひめゆりの塔に到着したのは午後1時半過ぎになった。帰りのバス時刻を確認し(14時23分)、ひめゆりの塔を見学する。

ひめゆりの碑          ひめゆりの防空壕
            ひめゆりの碑    ひめゆり部隊の少女たちと教師たちが身を潜めた第3外科壕

 そこは、バス停のすぐ近くにあった。公園の体をなしているが、もちろん公園ではない。何かピーンと張り詰めたような重たい空気が漂い、冗談や戯れ事を排除する。ここでは、人はとりわけ内地の人はどうしようもなく首(こうべ)を垂れるしかないのだ。彼ら、彼女らは(女学生以外病院の関係者の人たちもここにいた)我々みんなの身代わりとなって亡くなった、というのは容易い。「亡くなった」というのは死のことだ。その死をどう迎えなければならなかったか、何のために迎えねばならなかったか、誰のために死なねばならなかったのか。僕は、沖縄戦のことを思うと、なぜその前に日本は降伏しなかったのかと、悔しさに涙がこみ上げる。「国体護持」=天皇制の維持、どれだけこのことのために、人は苦しんだことか(広島、長崎も、北方領土も)。もしも、もしも、もっと早く降伏していたら・・・そして、沖縄は今なお基地に苦しむ。米軍基地を沖縄に負担させて、どうして僕たちはのうのうと生きて来れたのだろう。本来なら、九州の県であれ、本州の県であれ、もちろん埼玉県(僕の住む地)であれ、基地負担を申し出るべきではないだろうか。このままずっと我々はのうのうと生きるつもりだろうか。
 首里城を見学中、米軍のジェット戦闘機と思われる飛行機が列をなして飛んで行った。その飛び方を目の当たりにした時、推進力の桁が旅客機とは問題にならないくらい強いことを実感した。飛んでいるというよりも空気を切り裂いているようだった。沖縄の基地負担をゼロにし(米軍の都合で不可能かもしれないが)、沖縄を資本主義的競争の地から遠ざけたいものだ。どこも干渉しなければ、暖かい南の国はのんびりとして、平和で豊かであるはずだ。
 ひめゆりの塔を見学し、全国から集まった千羽鶴を見て、帰る前にまた振り返る。すると、ヒカンザクラが美しかった。

ひめゆりの緋寒桜
「ひめゆりの塔」は桜の木の左下に見える小さな塔
荒崎海岸の地図
この地の犠牲者は第一高女の女学生ばかりではない。地図は、この地の呻き声を伝えている。

 14時23分発のバスを待っていると、あまり人相のよろしくない男の人が、「那覇まで行くんかい?」と声をかけてきた。「タクシーなら、そちらのお二人を混ぜて、一人800円で行くよ」
 バスで帰っても、800円以上かかるとわかっていたので、僕たちはもちろん以前からバスを待っていたお二人もまんざらではない。「では国際通りでは?」というと、タクシーの運ちゃん「じゃあ、850円!」
 というわけで、タクシーで帰ることとなった。3・40分の道のり、饒舌な運ちゃんは、最初は野球話(沖縄の人は野球好きが多いと見た)、ついで、幽霊話を延々としてくれた。
 「この前も、見たよ。もう少しで引っ張られそうになった。引っ張られなかった代わり、全身にひどい痛みが走ったよ。それだけで済んだけど、ある人は若いのに、引っ張られちまって、死んでしまったさ」
 「沖縄は幽霊がよく出るんよ。ひめゆりとかああいうところでも、写真撮るといつの間にか女学生がいっぱいいたりするんよ」
 運ちゃんは、川が見えるとこう言った。「川で遊んでいても、よく引っ張られて、沈んじまうんだ」

 深い深い怨念の眠る国、沖縄。しかし、沖縄は我々を乗せてくれた運転手さんのように、その負の遺産を明るく語って、煙に巻いている。「人相のよろしくない」などと言って(思って)、運転手さん、ごめんなさい。今回の旅で、あなたの幽霊話を聞いて一番沖縄を感じました。沖縄の思い出の人は、あなたです。ありがとう。
 タクシーのおかげで、予定よりよほど早く国際通りに到着することができた。集合時間まで2時間、国際通りをゆっくりとぶらついた。とりわけ、市場が集中する市場本通り界隈は散歩者にはたまらない。肉屋にしても魚屋にしても、我が家近くの市場とは全く様相が違う。強いて言えば、那覇の市場はフランスのそれに近い。店頭の魚にしても肉にしても、なんとなく sauvage だ。ということは、資本主義的価値観を度外視すれば、とても豊かな食生活を彷彿とさせるのだ。コンビニの薄っぺらな店頭とは違う。

那覇の市場

那覇の市場、魚屋      那覇の市場、肉屋.

 資本主義的といえば、国際通りにも、ファミリーマートという我が家の近くにもあるコンビニが一軒と巨大でド派手な店構えの「ドン・キホーテ」という店があった。前者のコンビニは通りから道路一つ分奥まって控えめで、ここに店を出させていただきます、という風情なのに対して、後者の店は、名前からして傲慢極まりないのだが(セルバンテス様、極東の島国のとある店があなたの生み出したヒーローの名を騙っています。大目に見てあげてください)、その名前が書かれたうんざりするほど目立つ看板を道行く人に見せつけている。前者のファミマは、「沖縄ファミリーマート」として沖縄に定着しているのに対し、「ドンキ」は内地からの遠征という感じだろうか。
 ともあれ、国際通りの賑わいは、夜になってもそのままに、主に沖縄料理店の前では呼び込み合戦が繰り広げられていた。僕たちは、正直言うと、沖縄料理とあのけたたましい三味線の音に食傷気味だったので、国際通りでやっと見つけたラーメン屋に入った。妻は豚骨ラーメン、僕は餃子とジョッキビール。狭い店内ではあったが、最初は空いていた席があっという間に満席となった。驚いたことに、周りじゅうから中国語が聞こえてくる。じっと観察していると、家族連れやらツアー仲間やら、皆嬉しそうにいわゆるラーメン屋の「中華料理」をついばんでいる。結局、我々を除いて、皆中国人だったのだ。隣の卓の女性と顔をあわせるとにこりと微笑んだ。中国人でも台湾系の方たちかもしれない。彼ら彼女らにとってラーメン屋の「中華料理」は、本場のとまた違って美味しいのだろう。この店の評判は、口コミだろうか、ガイドブックによるのだろうか。ちなみに、ラーメンも餃子も一級品だった。食欲旺盛な楽しい相客たちに囲まれて、こちらも嬉しくなりゆっくりしたかったが、満席の有様にビールのおかわりも憚かれた。
 というわけで、沖縄最後の夜は、フランス旅行の時のように、あのファミマでビールと泡盛(まさかワインとはいくまい)を買い、ホテルの一室で、打ち上げをした。安上がりと言えば、ひどく安上がりとなった。
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国内旅行 | 18:05:17 | Trackback(0) | Comments(0)
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