■プロフィール

石田明生

Author:石田明生
ホームページの方もよろしくお願いします。
文学雑感、旅行記、翻訳などを載せています。

■4travel

スキピオの旅行記(写真付き)もごらんください。

■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ

■最近のトラックバック
■リンク
■アクセス解析

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
広島の中3自殺で思うこと
 今、中学三年生が自殺した広島での事件がメディアを賑わせている。なんとも痛ましい事件だ。大事に育ててきた子供の自殺は、しかも間違いや学校のずさんさによって引き起こされた子供の自殺は、ご両親にとってどれほどのショックであったろうか。
 もう大人になったとはいえ、僕にも息子がいて、あの多感な時期を家族で過ごしてきたという経験から、どうしてもこの問題を自分のこととして、自分に引きつけて考えてしまう。

 もしも、三者面談の時、担任の先生から「息子さんには万引きの過去があるので、推薦状を書けません」などと言われたら、どんな反応をするだろうか。頭の中でめまぐるしく想像の翼が飛び交う。
 「えっ! 本当ですか。そんなことありえません。すぐ息子に聞いてみます。今うちにいるはずですから、電話します」こんな反応だろうか。それとも、
 「えっ! 本当ですか。何かの間違いではないですか。Aという苗字はありふれていますから、他のお子さんではないですか」


 それとも、「えっ! そんな馬鹿な、万引きなんて。どんな状況だったか、詳しく説明してください。冗談じゃない」こんな反応だろうか。
 少なくとも、小学校から中学まで息子が万引きをしたことなどあるはずがないと思っている親である僕は、「万引き」と聞いただけで、まさに青天の霹靂、頭が真っ白になってしまうだろう。とにかく事実かどうかの確認を急ぐと思う。まずは母親に向かって「そのことを知っていたか」と問う。次に担任の教師に詳しい状況を聞く。もし、説明が整然としていたら、すぐに息子に電話をして確認する。
 「万引き」という単語が担任教師の口から発せられた瞬間の三者面談の風景が目に浮かぶ。
 他の親御さんたちも、そうではないだろうか。ずっと育ててきた子供が、今まで万引きの「ま」の字と無縁に過ごしてきた子供が、万引きをしたと言われた時、喫驚し、唖然としない親がいるだろうか。
 新聞記事以上の情報がないので、それだけで考察するしかないのだが、この度の事件で不思議に思ったのは、次のような記事を目にした時だ。

«三者面談は12月8日、生徒が現れなかったため、担任と両親で実施。担任は両親に「平成25年10月6日の万引で専願はできない」と説明。母親は「10 月は祭りが多いので気がゆるむ」、父親は「万引をする子はずっとする」などと発言したという。しかし、「(三者面談まで)万引は聞いたことがなかった。先生が言うので事実なのかと思った」とも話した。三者面談から帰宅した父親が、生徒が自殺しているのを発見した。»(産経新聞)

 記者の筆遣いの問題もあるかもしれないが、このかわいそうな子供のご両親の反応は、あまりに僕の想像上の反応とかけ離れている。もしかすると、僕ほど自己主張の強い方たちではなかったのかもしれない。あるいは、教師に対して絶対的な信頼を寄せていたのかもしれない。もしそうなら、信頼していただけに教師のミスによる最愛の子供の自殺は悲痛なものになるのも当然だ。もしも、もしも、上にあげたご両親の反応が記事通りであったとしたら(実は、僕個人としては信じられないが)、子供を一番かばってやるべき親が、「まあ、万引きぐらいしょうがない。息子も一度ぐらいしたのかな」と、ぼんやり考えていたことになる。
 それとも、こんなことも考えられる。というのも、息子が小学校時代に、彼の同級生かその兄弟か知らないが、近所の店で万引きをしたという噂が立ったことがあったからなのだが、この事件の起きたこの地域の子供たちの間でも、しばしばあるいは時々、万引き騒ぎがあったのだろうか(わが町と同様に)。そうだとすれば、この地域の保護者たちの間で、子供の頃には「たあいない万引きぐらい」は仕方がないと思われていたのかもしれない。子供から思春期にかけて、子供たちの間ではしばしばゲーム感覚で万引きをして遊ぶ場合があるからだ。そんな地域の環境なら、このかわいそうな子供のご両親の反応も、百歩譲って諾うこともできる。「うちの子は、万引きなんてしたことはないと思っていたが、以前子供たちの間ではやったことがあったので、そのとき巻き込まれたことがあるのかな」くらいの反応だ。
 ご両親の「先生が言うので事実なのかと思った」という感想は、そのことを想像させる。要するに、その地域、あるいはその地域の学校環境では、慢性的に万引きが行われていて、大人たちは万引きを極めて深刻な問題と捉えていなかったということだ。

 また、こんな記事もあった。

«報告書によると、担任は昨年11月の生徒との面談で、生徒が「万引のことは家の人に言わないで」と話したため、万引の事実を確信。»(同紙)

 この生徒の反応は、担任の発言しかないので、事実確認が難しいが、解釈としてふたとおり考えられる。一つは、担任が嘘をついて、生徒の発言を捏造したということ。もう一つは事実だということ。
 もしも前者ならば、何も言うことはない。教師以前の問題で、人として失格、保身のためなら何でもやる、まるで2時間ドラマに登場させたくなるような悪徳教師ということだ。
 だが、もしも後者ならば、様々なことを想像させる。例えば、今述べたような環境だったので、万引きということが子供たちにとって、それほどかけ離れたものではなく、身近なことだった。だから、本当に万引きをしたかどうかは別として、そんなつまらない問題で親とぶつかるのが面倒だと思ったのか(「お前も万引きしたのか」と親に叱られるのが嫌だ)。あるいは、バレていないと思っていた万引きがバレていたので、慌てて担任に口止めをお願いしたのか。
 ちなみに、他の新聞には、少年は、上記の引用中の発言の前に、「えっ」「あ、はい」と言ったと報告されている。「えっ」は多分驚きを表しているのだろう。何を驚いたのか? 万引きをしたことがないのにしたと指摘されたこと、つまり濡れ衣を着せられていることに驚いたのだろうか。それともかつてしたことがあった万引きがどうしてバレてしまったのかという驚き・意外の反応だろうか。
 学校推薦で希望校に行きたいと思っていた彼は、どうして教師の言葉に激しい反応を示さなかったのだろうか。「どうせ言っても聞いてもらえない」と、普段友人に漏らしていたそうだが、どうして「濡れ衣」のことを友人や両親に言わなかったのだろうか。僕なら、たぶん「頭にきて」教師に食ってかかったかもしれない。それができないなら、友達に怒りをぶちまけ、家に帰って親に「濡れ衣」のことを言うだろう。そして、僕の親の性格からして憤然として学校に赴き抗議するだろう。でも、人は千差万別だ。広島の中学生は、おとなしい性格の少年だったのだろう。とても残念だ。勇を鼓して、誰かに相談したり、ぼやいたりしていれば(それどころか誰かに八つ当たりしても構わなかった)、こんな悲劇は起こらなかったのに。

 もちろん、学校側がずさんなデータ保存をし、それに基づいて進路指導をしなければ、担任がほんのわずかの配慮をしてやれば、こんな悲惨な結果にならなかったのは言うまでもない。

 今日、伊藤美誠選手(卓球)の卒業式の風景が、テレビで流れていた。昨日は、件の中学の卒業式の様子だった。思えばどちらも15の春真っ盛りの少年少女なのだ。同じ卒業式でもなんという違いなのだろう。卓球少女とは何の関係もないが、テレビ画面は残酷だ。
スポンサーサイト
雑感 | 15:37:46 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad