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石田明生

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Je suis Bruxelles. (ブリュッセルに寄り添う)
 悲しいことがまた起こった。昨年に起きたパリのテロに続く悲劇となった。ブリュッセルといえば、そのパリを攻撃したテロリストたちの隠れ家があった町だ。しかも、その残党が何日か前逮捕されたばかりだった。パリ・ブリュッセルは繋がっている。
 オランド大統領は、また「テロとの戦争だ」とぶちまけているようだが、戦争は、互いが形態のある国家どうしの戦いであるのが前提だ。フランスやベルギーやアメリカは国家だが、ISは国家ではない。ISは国家と宣言しているが、フランスなどテロ攻撃を受けている側が国家として認めていない。下手に「戦争」などと言うと、まるでISを国家として認めているようではないか。
 だから、2001年の国際貿易センター攻撃から始まった一連のテロは、国家間の戦争とは根本的に異なる。一方は国家だが、もう一方は実体のない数々の団体であり、個々人であるのだ。標的となっている国々(主に先進諸国)は、ひとつずつテロリストの巣窟を潰し、犯人を逮捕し、裁判にかけるしかないのだ。
 


 と同時に、なぜ若者が過激なイスラムの思想に共鳴し、ジハーディストになるのか、先進諸国は自国の問題点を探り、その諸問題に取り組まねばならないだろう。例えば、フランスの場合は、若者の失業率の高さ(とりわけ移民労働者の師弟)が問題だ。エネルギーに溢れている若者がその力を注ぐことができないために、若者の心に本人も自覚しないうちに負の感覚だけが巣くっていく。いくら失業手当をもらっても、そういう感覚は拭い去ることはできない。
 そういう事態は、これは私見で想像の域を出ないが、フランスが徴兵制を止めてから顕著になったのではないかと思う。たった10ヶ月とはいえ、若者たちが共同生活をし、規律正しい生活を送ることによって、得るところが充分あったはずだ。何よりも、徴兵制のおかげで、若者の失業率が今ほど高くなかった。また、教育面においても、フランスの掲げる共和国思想、ライシテ、自由・平等・友愛の精神を普及させることができた。
 とはいえ、今更徴兵制の復活など唱えるつもりはさらさらない。
 どこにも行き場のない、何も信じることができない、貧しい若者たちが、自立して社会参加のできる環境作りが急がれる。日本でもそうだ。以前、大阪の小学校で児童の殺害や秋葉原で無差別殺人事件が起こったことがある。もし犯人が現在にいたら、ジハードを叫んでいたかもしれない。あるいはジハードを言い訳にしたかもしれない。フランスでもベルギーでも、ムスリムの宗教や思想に真に共鳴してのテロかどうか怪しいからだ(噂によると誰かわからないが聖典も読んでいなかった犯人がいたらしい)。

 今朝、布団の中で目が覚めると、繰り返し HK Les Saltimbanques の曲が頭の中に浮かんだ。以前紹介したことがあるかもしれないが・・・

https://www.youtube.com/watch?v=f3SDCmyhFrc

「憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく」Sans haine, sans armes, sans violence

«繰り返し»
憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく
反抗から不服従へと
俺たちの人生にもう何の意味もない、それは明白だ
夢が石油の値段でスライドされて以来

反乱はこの広場で始まる
我々に対峙するあの鉄兜たち
俺たちはそれに立ち向かう、訳の分からぬ馬鹿のように
憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく
俺たちは保護の埒外の人間なのだ
俺たちの陳腐さはプログラム化されている
俺たちは奴らの平安から消える運命なのだ
総決算される前に

資力など毛ほどもないのに
奴らは俺たちが走りまわって
山のように大量消費をしてほしいのだ
よーいドンの合図とともに
俺たちにその商品を持って来てほしいのだ
奴らの欲望そのものの品
奴らの大切な、奴らのハートの的
脳みそがものを欲しがる時間を
ああ、奴らはどれほど大切にしているかそのハートの的
その、脳みそがものを欲しがる時間を

憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく
聖なる金融の説教師よ
経済成長に固執した中毒患者よ
俺たちはお前たちに不服従の者たちだ
罵詈雑言を発する平民だ
俺たちを辱めるがいい、石を投げつけるがいい
お前たちの催涙弾で俺たちが黙り込むとでも思うのか
俺たちの闘いが尻切れとんぼで終わるとでも
俺たちの誓いが使い捨てだとでも思うのか

憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく
憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく

 歌の内容はテロとは関係ないが、題名となっている「憎しみもなく、武器もなく、暴力もなく」が耳にこびりつく。テロとの戦いは、「憎しみ」のない冷静な戦いでなくてはならず、本来は「武器も暴力」も必要のない人と人心と心のぶつかり合う戦いとなるはずだ。そのためには、1日でも早く格差社会を解消しなければならないだろう。この格差社会、資本主義の成れの果てなのだろうか。そうなると、宗教とテロの結びつきは必然ということになる。いやいや、やはりそこまでは信じたくない。
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雑感 | 06:20:15 | Trackback(0) | Comments(0)
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