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石田明生

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鳥のさえずり
 不思議なことがあるものだ。僕が使っている最寄り駅の階段やホームではいつも鳥がかしましくさえずっている。「チッ、チッ、チッ・・・ピーチク」オノマトペ(擬音)ではうまく表現できないが、というより表現できないほどにぎにぎしい。しかも驚いたことに雨の日も、深夜の十時過ぎになっても鳴いている。
 もちろん鳥籠などない。
 これはCDかテープで流されている、人工的な鳥の鳴き声なのだ。
 駅長の、我ら勤め人に対するささやかな思いやりかもしれない。朝の満員電車に乗ろうとすると、どうしてもすさみがちになる我ら乗客の心を、耳に心地よい音で少しでも和らげようという配慮なのだろう。もしかすると痴漢行為も減るかもしれない。
 深夜まで、鳥のさえずりがホームや階段でかしましいのは、一日の仕事で疲労困憊した我ら勤め人に、美しい音色による癒しの効果を期待する駅長の深慮かもしれない。


 それならば、我ら乗客は駅長の気配りに感謝しなければならないのだろうか。第一にみんなありがたがっているのだろうか。アンケート調査したわけではないし、僕自身周りの見知らぬ人に感想を聞いたこともないので、まったくわからない。近くの小・中学校あるいは高校で、社会の実習として調査すると面白い発表になると思うのだが・・・
 そこで、毎日同じ駅を利用している、近所の若者にその「さえずり」のことを聞いてみた。すると「えっ?」とびっくりして、「鳥が鳴いていましたっけ。どのへんでですか?」こんな思いがけない返事が返ってきた。
 「気付かないんですか?エスカレーターや階段を上るときなど、かしましいほどですよ。いつからかは忘れましたが。まさか冬は鳴いてなかったでしょうね」」
 「全然気付きませんでした。今度気をつけてみます」

 二・三日後、くだんの若者は僕の姿を見ると、「ええ、鳴いていますね。どうして気付かなかったのでしょう。きっと自然の鳥だと思っていたのでしょうね」
 確かに、うっかりすると、自然の鳥の鳴き声と思っている人も多いのかもしれない。ところが、一旦気付くとこれが気になってしょうがない。すると、近所の最寄り駅だけでなく、東京駅でもどこでも鳥がさえずっているではないか。どうやら、最初思ったように「駅長さん」の思いやりではなく、JR東日本という会社の「思いやり」なのかもしれない。
 駅のホームに鳥の鳴き声を流し始めたのは、僕の記憶によると京浜東北線の「鴬谷駅」だったような気がする。もちろん駅名にちなんで「ホーホケキョ」というウグイスの鳴き声だ。連れ込みホテルと娼婦街のこの町に、この効果音がふさわしいかどうかはともかく(夜は鳴いていないでしょうね)、勤め人たちの耳には心地よかったのかもしれない(今でもその時期には鳴いているのだろうか)。
 鳥のさえずりは、この「鴬谷駅」を嚆矢として、他の駅にも波及的に広まったということだろう。
 ところが、この季節感あふれたウグイスの鳴き声はよしとしても、他の駅で、天候、時間を無視して、ひねもす鳴かせるのはいかがなものだろうか。第一にどこの駅でも同じ(ような?)さえずりが一様に聞こえるのは、乗客への思いやりかもしれないが、人の社会の空疎さを露呈しているということにならないだろうか。鳥籠があってそこから聞こえてくるのならまだしも、たとえ自然から採取した鳴き声であっても、CDなどの機器で流す鳴き声は人工的な感を免れない。きれいなものならなんでもよいというわけではないのだ。
 たとえば、我が家の地区のゴミ収集車には「カトレア号」とか「スズラン号」とか名前がついているが、それも同じようにこっけいに感じてしまう。ゴミは確かにきれいではない、だからといって収集車に「きれいな名前」を付けてゴミ収集をさせているのは、すわりの悪いパラドクスのようであまりにセンスがなさすぎる。ここはやはり「一号車」「二号車」でいいのではないだろうか。
 駅での鳥のさえずりは、もしかするとこのゴミ収集車の命名問題よりも、深い問題をはらんでいるかもしれない。
 鉄道の駅という、きわめて人工的な環境の中で、自然の「音」を復元しようという試みは、まるでSFの人工的世界で、過去の自然を人工的に作り出しているのと似てはしないか。東京駅は別としても僕の最寄り駅はそこまで人工的世界ではない。現に本物の鳥も鳴いている。むしろたまに聞こえて来る本物を「本物と思わなくなる」ほうが怖いのではないだろうか。実際講義中に鳥のさえずりが聞こえてきた時、一瞬「やらせ」かな?という思いが頭をよぎったことを覚えている。これは異常事態だ。
 ラッシュと喧噪の中で、心地よい音を耳にして一瞬の錯覚を味わうのは、悪いことではない。むしろいいことかもしれない。しかし、どこの駅でも同じ仕掛けがあれば、それは心地よい一瞬の錯覚とはならない。まして、天候や時間を無視して聞こえて来るとするなら、それは心地よさから一転して不快すれすれになってしまう。スピーカーから流される人工のさえずりは、あくまで仮装された「だまし」でしかなく、とりわけ乾いた人間関係になりやすい駅のホームや階段では、そらぞらしくさえあるのだ。我々は月に作った人工の町にいるのではない。このことを考えねばならないと思う。
 JRのお偉方がこのブログを開き、この拙文を読むとは思えないが、なんらかの形で彼らの耳に入り、快適な駅環境づくりのために新たなアイデアが生まれんことを!!!

追記 : これを書いて半年、色々なご意見等があり、僕も少し勉強しました。その結果このことに関してますます不安になっています。続きは、2007年12月12日と2008年1月9日の記事をご覧下さい。
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オピニオン | 17:15:49 | Trackback(0) | Comments(1)
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2007-07-28 土 00:04:08 | | [編集]
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