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石田明生

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内視鏡手術顛末記
2月9日(木) 雪まじりの雨

 昨日は粥と素うどんとバナナだけで過ごして、ついに記念すべき日を迎えた。なぜ記念すべき日か。一日中茶と水だけを飲み一切の固形物(食物)を口にすることなく過ごしたからだ。今までこんな経験はなかったと思うし、これからもないことを祈りたい(でもあるだろうな)。もうひとつは、内視鏡による大腸のポリープ切除を受けたことだ(これは内視鏡的粘膜切除術と言うらしい)。もちろんこれも初体験だ(これからもあるだろうな)。今日一日食物が食べられないのは、もちろんこの手術のためだ。
 今朝9時に病院に入り、受付を通った後、担当の看護婦さんに病室へと導かれた。本人の気持ちの上でも、たぶん見た目もそうだろうが、けが人でも病人でもない僕の病室入りは、一泊旅行の気分だった。冷蔵庫(共同)、荷物入れ、テレビ(昔と違って無料)などなど、看護婦さんの説明もなんとなくビジネスホテルの部屋に案内されたかのようだ。事実は、ホテルのシングルどころか三人部屋で、隣には重篤そうな患者さんがいて見舞客と苦しそうに話をしているし、お隣との仕切りはカーテン一枚だし、バス・トイレなしだし、ホテルの快適さとは程遠い。ホテルの案内嬢ならぬ看護婦さんは、僕の書類を見て突然「あらっ、○○大学の先生ですか。子供が付属高校に行っています」いきなり親しそうな口ぶりになった。「ええ、でもあと2年で退職ですから、残念ながらご縁がなさそうですね」


 交代に若くて目元のきれいな看護婦さん(マスクをしているので目元しか見えない)がやってきた。浴衣のような病院の着物に着替えるように言われ、着替えるとすぐに点滴の針を刺され、点滴のスタンドにつながれた。こうして、浴衣姿でスタンドを先導しながら歩くと、立派な病人となった。おまけに、下剤を1時間ほどかけて1リットル強飲んだからたまらない。頻繁なトイレ通いをするために、点滴スタンドと一緒に歩き回る姿は、完璧な病人だ。この点滴、手術後もするから、一日中拘束されることになる。
 これを書いている今、もう3時間近く、昼食抜きで手術の呼び出しを待っている。こんなこともあろうかと思い、持参した小説は、クリスチャン・ジャックChristian Jacqの『光の王妃 アンケセナーメン』だ。これなら何時間待たされても、退屈することはない。というわけで、時間を忘れるほど読書の方ははかどるが、いっかな迎えに来ない。もしかしたら、死刑執行を待つ死刑囚の気持ちに近いのかも、などととりとめもないことをぼんやり考えていると、来た来た、看守、いや看護婦さんが。

[術後記]
 なんてことはない、ちょうどひとつ目の点滴が終わる頃合いを見計らって、彼女はやってきたのだ。看護婦さんは素早く二つ目の点滴(止血用だそうだ)に切り替えて、僕を手術室へと先導する。
 手術には全く痛みを伴わなかったが、内視鏡がポリープに向かって前進しているとき(テレビ画面に僕の腸内がくっきりと映し出された。きっと誰のでも同じのだろう、なかなかきれいだった)、大腸内に強い圧迫感があった。ちょっとつらいなと思った瞬間、カメラは目的地に達したらしく、停止してポリープらしき突起物に相対した。メスに当たる金属製らしい器具でそのポリープを切り取っている。その瞬間もテレビ画像で見ていられるから不思議な感じだ。術後、ポリープを見せてもらったが、画像を見て想像していた大きさとあまりに違って小さいのにびっくりした。コメ粒ほどだ。後の検査で、それが良性と出るか、悪性と出るか、それが問題だ。
 術後は、安静状態を保たねばならないということで、手術台から、横付けされたベッドに寝たまま移され、病室までの移動は、点滴スタンドを付けたベッドに寝かされたままだった。携帯電話が鳴って、ベッドを押している看護婦さんに用事ができたらしい。ベッドは突然スピードを上げた。長い廊下の天井に取り付けられた数々の電灯や無線LANルーターがどんどん走り去る。生まれて初めて見る光景だった。あっという間に病室に到着した。救急病院が舞台のテレビドラマの患者役を体験しているようだった。

[翌朝記]
 手術のあとは、夕食もない膨大な時間を、安静のまま過ごさなければならない。こんな時モノをいうのが『光の王妃 アンケセナーメン』だ。寝ながらにして退屈しのぎができる。ちなみに、アンケセナーメンとは、有名な孤高のファラオ「アクエンアテン」と「ネフェルティティ」の娘で、のちに「ツタンカーメン(物語ではまだアメン神信仰以前でアテン神の名前からツタンカーテンと呼ばれている)」の妃となる王妃のことだ。物語では、丁度今二人が結婚し、初夜を迎えたところだ。
 さて、眠るまでテレビで「報道ステーション」を見てなんとか暇つぶしを図ったが、消灯時間(9時)をとっくに過ぎて灯りをつけているのは僕のブース以外にない。カーテン一枚の仕切りなので電気を消して眠る努力をする。飛行機内の個人用照明のようなのがあれば、本を読みながら眠れるのだがそれもかなわない。
 眠ろうとしても結局は輾転反側、うつらうつらしながら周期的な眠りを眠る。隣の患者さんの苦しそうな溜息やベッドのきしみ、どこかの部屋の遠吠えのように何か叫ぶ老女の声、誰かのゆっくりゆっくりしたすり足の音、病院での一夜はまさに魑魅魍魎の世界だ。時計を何度見たことか、そのたびに失望する。夜はなかなか明けない。

2月10日(金)曇り
 それでも、いつの間にか時は過ぎ、うれしいことに目を覚ますと6時すぎだった。
 朝のニュースを見たり、本を読んだりしているうちに、待ちに待った朝食が運ばれてきた。絶食してから何時間ぶりの食事だろう。
 膳の上には四つの器が蓋つきで並んでいた。ひとつの器の大きさは湯飲み茶椀ほどで、中に重湯、具なし味噌汁、具なしコンソメ、ココアが入っている。要するに流動食というやつだ。知らされていたので、それほどがっかりはしなかったが、さすがにうーんという思い。だが、今は何でも口に入れたい飢餓状態なのだから、贅沢はいえない。一口飲んだ時のみそ汁の美味しかったこと、うまい順を言えばこれが一番だ。次にココア、次にスープ、最下位はやっぱり重湯。塩を一振りすればまだましなのだが・・・
 食事中、担当医が様子を伺いにやってきた。来週の土曜日に手術の結果について報告するという。
 入れ替わりに、看護婦さんが来て、また点滴を付けた。輸液用電解質液「エスロンB維持液」というラベルが貼ってある。何のことかわからないが、とにかく、無くなるまで2時間はかかるという。点滴スタンドから解放されるのは11時頃になるだろう。それまでは、完璧な病人というわけだ。
 今、「タオルセット」720円の集金に業者の人がやってきた。支払いはすべて退院時に会計で済ますものと思っていたので、ちょっと驚いたが、今着ている室内着やタオルなどは外注で別の会社がやっているのだ。要するに入院すると一日720円掛かる。実は、昨日の朝、この「タオルセット」を断ろうと思い、受付の係員にそのことを言ってみた。何しろ一泊だけだし、タオルも寝間着も自分で用意できるからだ。すると、「これは規則です」と言われ、申し込みをさせられた。結局こんな風にして、小さな会社が生きているのだな。
 現在時間は10時20分、点滴の瓶を見るとまだ半分以上残っているではないか。どうやら、無くなるまでは正午過ぎになるに違いない。当分病人をやめられない。

[退院後記]
 正午になると、昼食がやってきた。ツブツブがかろうじて残っているお粥の入ったお椀、鳥つくねとブロッコリーのケチャップ煮の入った小皿、冷奴の入った小皿、ヤクルト・ジョワ一本、これらがお膳にちんまり載っていた。まずお粥を一口、塩を持参すればよかったとつくづく悔やみながら、次につくねの団子に取り掛かる・・・鳥つくねとはいえやはり肉は肉美味しい。次にお粥の隣にある小皿に手を出した、口に入れてびっくり仰天。豆腐と思って口に入れたのに、中に入って味を主張したのはババロアだった。舌が慌ててギアーチェンジしてデザートモードになる。すると美味しく感じられるから不思議だ。ババロアの入っている器がつくねと同じだったから豆腐と思ったのだ。兎にも角にも、久しぶりの食事に舌鼓を打ってすっかり平らげた。腹くちくなったので(空腹だったせいか、それほど食べなくとも腹くちくなる)ごろりと横になり、続きが気になる『光の王妃 アンケセナーメン』を読む。こうして至福の時間を30分ほど楽しむと、看護婦さんがカーテンから顔を出し、点滴終了を告げた。ついに、病人状態から解放されたのだ。さっそく病人服を脱ぎ捨てて、元の服に着替える。一泊二日、内視鏡手術付きの宿泊料5.3660円なりの支払いを済ませて病院を後にする。
 病院内は暖かったのだなとつくづく思う。屋外に出るとピリッとした寒さに思わず身震いした。
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日常スケッチ | 21:51:35 | Trackback(0) | Comments(0)
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