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『第三の男』を聞く・・・恵比寿駅
 若者たちは、映画『第三の男』(キャロル・リード監督、1949年、イギリス)と聞いて、どれだけフムフムと共感するのだろうか。もっとも偉そうに「若者たち」などと、書き出したが、かくいう僕にとってもこの映画は歴史に属するものだ。
 僕の『第三の男』体験は、なんといってもその音楽からだった。
 高校生となった僕が、音楽に対する生来の劣等感から、なんとかこれを打破できないものだろうかと考えて、入ったクラブは「ギター愛好会」だった。女子学生が多く、別の意味でも楽しそうだったし、これで音楽劣等感から解放されるなら、まさに一石二鳥というものだ。


 この愛好会のレパートリーはクラシックと言ったものの、実際は本当のクラシック音楽ではなく、いわゆる軽音楽だった。エレキギターを使ったベンチャーズやビートルズ全盛時代に、クラシックとはなんと地味なと思われるだろうが、本当は僕だってビートルズをやりたかったのだ。けれど、なにしろ基礎がゼロだったので、まずはクラシックで基礎をというわけだった。
 愛好会のレパートリーは、思い出すままに列挙すると『禁じられた遊び』『エブタイド(引き潮)』『鉄道員』『ブーベの恋人』・・・などで、今考えると、映画音楽が中心だったようだ(女子学生が主導権を握っていたからか?)。その中に『第三の男』(アントン・カラス作曲)があった。
 僕は次の発表会のために『第三の男』の楽譜を相手に毎日練習に励んだものだった。実はその時この音楽が映画のテーマ曲であることも、ましてその映画が超有名な映画であることも知らなかった。
 発表会はどうだったか、ですって?二十人以上での合奏だったから、僕は一番後ろで、「弾いている振りをしていろ、絶対音を出すな」と言われて、従順にその忠告に従った。やはりなかなか劣等感から抜け出せないものだ。まあ、これは余談だが。
 だから、僕にとって『第三の男』はなんといってもギター曲だった。のちに、映画を見て、あのオーソン・ウェルズとジョゼフ・コットンのスリリングなシーンと、僕がついに完成できなかった曲の美しいメロディーとが見事に解け合い、相乗効果を発揮していることを知った。練習していた曲があんなにも偉大な曲だったとは・・・うれしい体験だった。

 さてこの辺で、高校生時代の思い出話から足を洗おう。
 今、この曲が、山手線にある「恵比寿駅」の発車用ベルの音として使われていることをご存知だろうか。僕は週に一度、この駅を利用しているので否応なく、「ラララ、ラララララ、・・・ラッラ」を聞いている。しかも、このメロディーが流れているときは急がなくてはいけない。この曲の持つメッセージは「不気味な第三の男の存在を暗示する」のではなく、「もうすぐ扉が閉まりますよ」なのだ。だから、この曲が軽快に流れるとだれもが忙しくなる。
 この話をある人にすると、「そういえば、ヱビス・ビールのテレビコマーシャルのとき、流れていますね」とおっしゃっていた。
 ふむふむ、そうか。こうして、合点がいった。
 というのは、この「恵比寿駅」にはやたらと「ヱビス・ビール」の看板が多いこと、そしてなによりも「ビールの名前が駅名となった」というように書いてあること、あれもこれも、ビール会社と駅との合作だったのだ。国鉄時代には考えられなかったことかもしれない(とはいえ、駅名が「恵比寿」となったのは、国鉄時代だったし、ヱビスのビール工場があったのも確かだ)。おそらく、ヱビス・ビヤーガーデン等、ヱビス・ビール工場の跡地に新しい町が開発されたからだろう。
 そういう経緯で、恵比寿駅の発車ベルならぬ発車音楽が『第三の男』になったのだ。
 この「恵比寿駅」の発車音楽の話をその曲名を含めて学生にしたとき、ある学生がびっくりして、こんなことを言った。
 「えっ、あの恵比寿駅のメロディーは、恵比寿駅用の曲ではないのですか?」
 作曲者のアントン・カラスもリード監督も、名優ウェルズやコットンも、この学生の発言を聞いてどう思うだろうか。
 人は音楽と様々な形で出会う。たとえば僕にとって『トロイメライ』は小学校の校内放送の喚起曲、『天国と地獄』は運動会、『ウィリヤム・テルの序曲』は西部劇のオープニングという具合だ。ベートーヴェンの『エリーゼのために』なんて、ザ・ピーナツの『情熱の花』だったのだ。
 そして、こういう音楽との出会いはやはり人との出会いのように良いときもあれば悪いときもある。まあ、これも人との出会いと同様、概して悪い出会いはないものだが。
 だが、名曲『第三の男』との出会いが、駅の発車ベルというのはいかがなものだろうか。それだけではない、初めて聞いた人ならずとも、ほとんど毎日のように耳にしている乗客たちにとって、この名曲の持つイメージはどう変わっていくだろうか。テレビコマーシャルのBGMとしてなら、それなりの演出があってのことで、それはそれでいい。また、百歩譲って、駅構内のBGMとしてこの曲が流れているならならまだしも許せるだろう。しかし、発車ベルとして使われるとは、こんなことを予期していなかったであろう作曲家アントン・カラスに、監督キャロル・リードに失礼ではないだろうか。失礼どころか、彼らに対する侮辱、と言ってもいいくらいだ。
 手元に、少し古い版だが『洋画ベスト150』(文春文庫、1988年)という、イチ押し映画のアンケート結果と解説の書かれた本がある。映画通366人が選んでいるというふれこみだ。
 『第三の男』はこのアンケートによると、得点制で532点獲得して、第二位となっている。この結果にどれほどの重みや意義があるのかは別にして、映画の好きな人たちが、これまでの鑑賞可能な映画の中で必ずや話題とし、ベスト5以内に入れる名画であることは間違いないだろう(注)。
 藤子不二雄A(漫画家)は次のように言っている。
《『第三の男』は”完全映画”です。『禁じられた遊び』もそうですが、あのテーマ曲と一体になって忘れられません》
 もう一度言おう。恵比寿駅はこのテーマ曲を「発車ベル」にして、罪悪感を抱かないのだろうか。芸術作品に対して敬意のかけらもないことを世間に露呈しているだけではないか。
 他の駅でも、発車ベル代わりになんらかの名曲が使われているのだろうか。もしそうなら、やはりそれなりに色々と感じる方も多いのではないだろうか。喜びや満足もあるだろうが、不快や幻滅もあるかもしれない。発車ベルという、どだい無機質な合図として使われる音は、結局は無機質な音のほうがいいのではないだろうか。おまけにその音が耳に心地よければ、言うことはないのだが・・・。

 ちなみに、歯医者で抜歯したおりに、麻酔をうってもらったが、その時に音楽が流れたのにはびっくりした。『星に願いを』という曲だった。麻酔は患者に恐怖をもたらすので、安心感を与えるためだそうだ。変な感じはしたが、音楽にメッセージ性がないし、一時的なので、メロディーが流れてもかまわない。それどころか、何の曲だろう、なんて考えているうちに麻酔が終わってしまうのは、患者にとっていいのかもしれない。あの器具には色々な曲が入っていて選択できるのだろうか。それなら、おもしろいのだが。


 (注)先ほどの映画アンケートの一位は、以前このブログで紹介したことのある(「パリの20区・・・ベルヴィルからメニルモンタン」)フランス映画『天井桟敷の人々』(1944年)でした(673点)。なお、三位はアメリカ映画『市民ケーン』(1941年)(488点)。
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オピニオン | 21:30:06 | Trackback(0) | Comments(0)
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