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石田明生

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『サン・ドゥニの首を切った男』(2)
2.

 彼がメルクリウス神を祀る神殿が厳かに立つ目指す丘のてっぺんに到着すると、すでにたいていの場所が占領されていた。が、彼の友人、熊使いのベッラが自分の隣の草地の一角を彼のために確保しておいてくれた。チュバルデュスはそれですっかり上機嫌になった。そこは、神殿に登る階段のちょうど一段目で、申し分がなかった。細民と関わり合いたくない上客たちがよく佇むところだったからだ。煩わされることなく、その人たちは彼の芸を見ていられるし、芸が終われば必ずや彼の広げたマントにセステルス銅貨を投げ込んでくれるだろう。あるご婦人などは、彼の芸にだけでなく彼の押し出しにのぼせ上り、一ドゥニエ銀貨を投げ入れたことがあったほどだ。



 丘は活気付いていた。この日はユリウス・カエサル神の祭りの日で、パリシー人たちは、快晴のこの秋の一日を満喫しようと、朝早くからルテティアの島を抜け出てやって来た。この人たちは、田舎で食事をするのが好きだった。そして、ここには屋外での食事に必要なものはなんでもあった。焼肉屋は吹きさらしの中、長い棒の上でカエルの脚やうまそうな肉の塊を焼いていたし、果物屋は赤いりんごの山や金色をしたブドウ籠を並べていた。何よりも酒売りたちは数知れず、彼らのアンフォラはこの丘の地酒やスュレーヌの有名ブドウ園から運んで来た綺麗な薄色の赤葡萄酒で満ち満ちて溢れんばかりだった。
 ひとしきり、見物人たちは動物使いや曲芸師や手品師たちにすっかり気を奪われると、次いで演歌師や音楽家たちに耳を傾けた。蚤芸人が大当たりを取っていた。安上がりな占い師たちに手相を見てもらっている人がいれば、別のところでは、黒い大男のエチオピア人が上半身裸になって歯を抜いていた。その時発するしゃがれた掛け声で、客のうめき声が聞こえなくなるのだった。
 チュバルデュスがポーズをとるや否や、たちまち喝采を浴びた。彼の名前も赤マントも人気だったのだ。当然、この大勢のファンたちはシブチン揃いだった。が、ネロ皇帝の首を切った剣・・・そっくりの剣・・・を呑み込めば、どんなからっけつの財布でもどんな締まりのよい財布でもその紐をゆるめるのは確実だった。
 日はまだ天頂に達していなかった。が、チュバルデュスはすでに青銅貨であれ銅貨であれかなりたっぷりの額を集めていた。とその時、まっすぐ伸びたトランペットの大音響が総督の到来を告げた。脂肪太りで小男のフェスケンニウスが息を切らせて神殿に続く坂道をやっとのことで歩いて登って来た。民衆の受けを狙って、丘のふもとで駕籠を降りたのだ。彼はそれを後悔していた。というのも、なにがしかの行儀良い喝采・・・特に役人たちが声を出していた・・・を受けたとしても、ひどい疲労感を味わっただけだったからだ。立派ななりをした一群の側近たちを従えて、チュルバデュスのところまで来た時、顔に不機嫌が見て取れた。
 彼は、神殿の階段を登る前に一息入れようと足を止めた。すると彼はゲルマン人に目を落とした、というよりゲルマン人を見上げた。
 「なかなかの美丈夫だな !」甲高い声で言ったが、そこには幾分か妬みが混じっていた。
 「剣を呑み込む男で、チュバルデュスと言います」お供をしていた按察官の一人が媚びるように囁いた。「こいつめの仕事ぶりをご覧になりますか ?」
 フェスケンニウスは頷いた。常にそうだが、彼も出世街道を上がってきたのだった。
 チュバルデュスはすぐさま芸に取り掛かった。ローマの剣、ダキアの刀、ゲルマニアの剣(つるぎ)が、まるで捏ねたうどん粉でできているかのように次々と彼の喉の中へと消えて言った。彼はそれをつばまで飲み込んで、引き抜く時はまるで渋々抜いているかのようだった。ローマから赴任してきたばかりのこの総督が、亡きネロ帝の人物像についてどんな考えを持っているかわからなかったので、例の剣については意識的に説明を避けた。
 フェスケンニウスは興味深げだった。
 「見事なものだ」ついに彼は口を開いて、ぽっちゃりした手で、チュバルデュスの足元に大きな銀貨を一枚投げた。随員の者たちも、それを真似て、それぞれの権力や地位に合った額を投げ込んだ。剣呑み芸人は有頂天だった。
 「今日はヴォータン神が俺についているんだ、メリクリウス神でないとすると」彼は考えた。
 フェスケンニウスは神殿の階段をよじ登り、奴隷に運ばせた象牙椅子のところに行って腰掛けた。翼をつけた神の小像が載った移動式の祭壇が彼の右手に据えられた。その祭壇上で、香木の燃える火が馥郁とした渦巻き状の煙を空にたなびかせていた。
 「裁判が行われるのは本当だな」チュバルデュスがベッラに言った。彼の熊は念入りに四つ足を舐めている。
 「誰を裁くのかな ?」
 「すぐにわかるさ」
 「裁判が終わったら、シュレーヌ酒のアンフォラを空けに連れて行くよ」
 総督が合図をした。するとすぐ、一人の書記が立ち上がり、衣から小板を取り出した。彼は読み始めた。大道芸は全て止んで、書記の抑揚のない声が遠くまで行き渡った。彼は最初にドミティアヌス帝の称号と功績を並べ立て、ついで皇帝が広大無辺な善意に包まれて、ルテティアからその善意を踏みにじるキリスト教徒を一掃するために、総督のフェスケンニウスを送った旨を告げた。
 「やっぱりだな」チュバルデュスが言った。
 群衆の中に沈黙がいっそう重くのしかかった。
 書記は手に持った小板を閉じた。それからは彼が総督の名において話をした。総督は、彼の口を通して、市民は全て皇帝の神々を礼拝する心づもりをせねばならないと宣言した。うっすらとつぶやき声が湧き起こった。頷く声か不満の声かわからなかったが。
 舌舐めずりした後、書記は続けた。
 「何人かの人間が宗教儀式を全うすることを拒否したので、今日はその者たちを我が法廷に出頭させることになった。もしも、メリクリウス神を礼拝することを受け入れるならば、その者らは即刻解放され、あらゆる名誉と財産を取り戻すことになるだろう。反対に、その者が不敬な拒否をし続けるならば、裁きがなされ、財産は没収される」
 群衆は不安に怯えたまま聞いていた。こんな風にして、楽しみだったこの好日はおそらく血塗られた一日になるのだろう。
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翻訳 | 17:48:05 | Trackback(0) | Comments(0)
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